第8話 再会の日①

 約束の当日、日曜日。


「みんな準備できた〜?」

 音符が全身から溢れているようにご機嫌でほわほわした声が、とあるマンションの一室に響いてた。


「真白お姉ちゃん待って……。まだ準備終わってない……」

「あたしもちょい待って。髪が整ってなくってさ」

「もー!」

 昨日から家を出る時間を決めていたのにも拘らずこれである。

 牛のような鳴き声を漏らし、プリプリしながら妹を一人ずつ確認していく長女、真白である。


「心々乃〜?」

 自室をノックしてドアを開ければ、いつも綺麗な部屋を服で散らかしたまま、姿鏡の前立っていろいろな服を吟味していた。


「もぅ。昨日のうちに準備するようにお姉ちゃんは言いました」

「昨日はちゃんと準備してた。でも、今日になって似合わないって思ったの……」

 髪型のセットはバッチリ。いつも目にかかっている前髪は、十数年ぶりに会う義兄に覚えてもらうために横に流していた。

 あとは本当に服装だけ。

「全部似合うものをお家から持ってきたんだから、自信を持って大丈夫だよ?」

「でも、あと5分……」

「……はぁい。できるだけ急ぐようにね」

「うん……」

 少し目を潤ませている心々乃を見て、できる限りの猶予を与えた真白。

 13時の集合時間から、15分前に待ち合わせ場所のファミレスにたどり着けるようにスケジュールを立てていたため、5分の時間では遅刻にはならないのだ。


 心々乃と話をつければ、次に洗面台に。

 そこにはワックスで前髪を作っている美結がいる。


「もー、マジで決まんない! 今日に限って決まんないんだけど!」

「お姉ちゃんは決まっていると思います」

「いや、もっとこう……あるじゃん? めちゃくちゃ久しぶりに会うから、『これだ!』ってやつでいかないとさ」

「5分は時間ができたから、ちゃんと間に合わせること」

「ん、急ぐ」

 美結の場合、服装がバッチリであとは髪をセットするだけの状態。

 親指を立てて再び髪を整え始める次女の美結を見て、真白は玄関に移動する。


「あと5分、5分……」

 こちらにも時間の猶予ができたことで、玄関に備えられた姿鏡を見て二人同様に確認を取っていく。

 小学生だと間違えられるような見た目をしている真白だが、中身はしっかりとした大学生なのだ。

 毛先が乱れていないか、寝癖が立っていないか、大人っぽい服装ができているか、服にシワがついてないか、いろいろなことを真剣に確認する。


 十数年ぶりに義兄と再会できる! なんて思いが強いからこそ、入念に——。


「……」

「……」

「——ぁ」

 ふと真白が隣を見れば、すでに準備を終わらせた二人の妹がジト目でこちらを見つめていた。


「真白姉ぇが一番準備遅いじゃん」

「うん、一番遅い」

「ち、違うよ!? 二人が準備する間に——」

「——あたし達が準備終えてもう3分経ってるし」

「全然気づいてなかった」

「そ、それは早く教えなさいっ! って、あっ……香水振ってなかった!」

「ほら結局一番遅い」

「急いで」

「本当にごめんね!?」

 同じようなやり取りになることをこれっぽっちも狙っていないが、自然と同じようになってしまうのがこの三姉妹なのだ。


「……よしっと。まあいい感じかな」

 そして、先ほどまで長女が使っていた姿鏡を見て最終確認を終わらせた美結は外に出る。

 同じように姿鏡を見て声を出す美結も外に出る。


「ん、大丈夫……」

 同じく姿鏡を見て確認を終える心々乃も外に出る。


「うん! 完璧っ!」

 両腕を広げながら最後確認を終えるのは、柑橘系の香水を振った真白だった。


 * * * *


『な、なんかあそこ異様にヤバイな』

『周りがキラキラしてるくね……?』

『間違いなくモデルさんだろうな』

『ちっちゃい子の歩幅も可愛すぎる……』

 一人でいるだけでも注目を浴びる三姉妹だが、全員が揃えばそのインパクトは破格のものになる。

 特に今日はオシャレを施している三人でもある。

 すれ違う人々の視線を集めながら、美結と心々乃の二人が真白を挟むようにして駅に向かって歩いていく。


「真白お姉ちゃん、集合場所はファミレスだよね?」

「うんっ、遊斗お兄さんはアルバイトが終わった後にすぐにくるそうだから、先に四名で取るようにだって」

「遊斗ぃバイトしてるんだ? あたしも最近バイトしようと思ってるんだよね」

 食いつくのは美結である。


「お母さんから聞いたお話だと、スターバックでアルバイトしてるんだって」

「ふーん。スターバック……か」

「じゃあ遊斗お兄ちゃん絶対オシャレさん……。そのお店、わたし入れない」

 大学がある時以外は家の中で過ごし、人見知りな心々乃である。自分にとって敷居の高い場所がたくさんあるのだ。


「……って、今思ったんだけど、4人席なら誰かが遊斗ぃの隣にならなきゃじゃん? 席の位置はどうすんの?」

「……わ、わたし遊斗お兄ちゃんの隣はダメ。緊張するから」

「私も緊張しちゃうな……」

「あたしもだかんね? それ」

「……」

「……」

「……」

 昔はとても可愛がってもらった、たった一人の義兄との再会なのだ。

 緊張からくる変な姿を見せたくないという思いから、NGを出す三人は顔を見合わせる。


『じゃあどうする?』との言葉を以心伝心させる間である。


「じゃんけんぽんぽん……する?」

「まあそれしかないよね。絶対決まらない流れだし」

「うん」

 真白の提案をすぐに呑む二人。


「じゃあかけ声いきますっ!」

 そして始まるじゃんけん。


 ——実際のところ、コレになった時点でもう勝敗は決まっていたのだ。


「「「——じゃんけんポン」」」

 パーが一人に対し、チョキが二人という結果。

 小さいことにコンプレックスを持つ人物が、グーチョキパーで一番大きな形を取ることを知っている次女と三女である。


「はい、真白ぇが隣決定」

「じゃんけんだから、文句はなし」

「うぅぅ……。今度から言い出しっぺにならないようにするんだからぁ……」

 純粋な真白はじゃんけんで負け続けることに気づいているも、毎度毎度この迷信を信じているのだった。


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