第4話 物静かな女の子
「うお、今日は特に学食混んでるなぁ……」
午前の講義が終わり、その昼休み時間。いつも通り食堂に向かえば、そこには人
学生食堂に入る時間が遅れたこともあるが、新入生も少しずつ環境に慣れ始めたことでこの状況が生まれているのだろう。
(……んー。今日はコンビニでいっかな)
友達は午後からの講義なため、今は遊斗一人である。
量に対する値段は学食の方が優しいが、こればかりは仕方のないこと。
大学内に設置されているコンビニ——ファミマートに足を運ぶことにする。
(よしよし! あったあった。今日はいい日だ)
いつも売り切れの焼きそばパンにコロッケパン、そして唐揚げおにぎりを無事に買い物カゴに入れる。
(もしかして、今朝に新入生を案内したことが影響してるのかも……)
いいことをしたらいいことが返ってくると言う。
まさにその通りの出来事が起き、ほかほかとした気持ちになる。
(それにしてもあの新入生の女の子、物腰も柔らかくて可愛らしかったな……。小学生だと勘違いしちゃったけど……)
大学内にいたからこそ在校生だとわかったが、それ以外の場所なら大学生だとの判別は難しいだろう。
一つ言えることは、幼い見た目から繰り出される大人な立ち振る舞いやその雰囲気のインパクトが強烈だったということ。
(でも、なんであの子はあんなに話しやすかったんだろう……)
幼い容姿だったから子どもを相手にするように接することができた。というのはまた別な気がしている遊斗。
(不思議なこともあるもんだな……)
そんなことを思いながらお菓子コーナーに移動し、これまた残り一個となった人気商品——遊斗もお気に入りのいちごミルクに手を伸ばしたその時だった。
「あ」
「あ……」
隣から急に伸びてきた白魚のような手と触れたのだ。
すぐに隣を見れば、今朝の小さな子とどこか影が重なるような女の子がいた。
宝石のように綺麗な青の瞳に、うっすらとかかった茶色の長い髪。色の薄いピンクの唇。
お人形のような歪みのない顔立ちで、大人しそうな印象。
「……」
「……」
そんな彼女と無言で目を合わせること3秒。
先に脳内処理を終わらせ、手を引いたのは遊斗だった。
「あっ、すみません。あなたが先だったのでどうぞ」
「あ、あなたが先……です」
「いや、自分が後だったので気にしないでください」
「わたしが後……でした」
人見知りがあるのだろうか、もしくは男が苦手なのか、触れてしまった手を胸の前で抱えて目を合わせないように立ち回っている彼女。
さらには聞き逃してもおかしくないほどの小声だ。
「あ、あの……自分はまだいくつか残ってるので、本当に大丈夫です」
「わたしも、いくつかあります……」
「自分は10個くらいあるので」
「じゃあ……わたしは15個……」
(『じゃあ』って言っちゃったよこの子。絶対15個も持ってないでしょ……)
しかもいちごミルクの飴は15個入り。
一袋まるまる残っているのにもう一袋買おうとしている計算になる。
もちろんお気に入りの商品をたくさんストックする人もいるだろうが、『じゃあ』と口にした彼女にそれは当てはまっていないはずだ。
(……でも、こうして張り合ってくれたのは、俺に譲ろうとしてくれてのことで)
自分も食べたいはずなのに、譲ってくれようとしてくれる。本当に心優しい子である。
その性格や人柄が十分伝わっているからこそ、遊斗だって譲りたいと思えるのだ。
ここで使うのは
「あの、これはお答えできたらでいいんですが……あなたは新入生です?」
「……」
「うん?」
質問に対してなにやら考えるような無言。無意識に首を傾げた矢先、言われる。
「わたしは……4年生」
「えっ!?」
「4年生だから、最上級生」
(マジか……)
おずおず。おどおど。
そんな様子を見せているだけに新入生かと思っていれば違かった。
挙句に遊斗が考えていた切り札をそのまま使われる。
「だから……先輩が譲ります」
「え、あ、先輩でしたか……」
「先輩……だよ?」
自信のない態度からはどう見てもそう思えないが、彼女がそう言うのならばそうなのだろう。
「だから、あなたがどうぞ」
「そ、そう……?」
「うん」
「……」
「……」
再び訪れる無言に負けるのは遊斗である。
「……で、では、お言葉に甘えて……ありがとうございます」
「大丈夫だよ。わたしは先輩……です」
遊斗だって『先輩』という最強の切り札を使うことで譲ろうとしたのだ。
逆にその切り札を使われてしまったら、こうなってしまう。
自分に先輩だと言い聞かせているような彼女だが、これもまた気のせいだろう。
「……それじゃあ、わたしはまだ買い物するね」
「わ、わかりました。それではこれで……」
「うん……。ばいばい」
手をひらひらとさせた後、逃げるように別のコーナーに早足で去る先輩。
出会った瞬間に逃げる選択をする某メタルスライムのような彼女と目が合ったのは、最初に手が触れた時くらいだろうか。
そんな小動物らしい性格の彼女ともここでお別れである。
欲しいものを全て買い物カゴに入れ終えた遊斗はレジに向かい、店員に会計をしてもらう。
「お会計が617円になります。袋は有料ですがご利用になりますか?」
「あっ……」
店員にこう聞かれ、途端に妙案を考えつく。
「すみません、袋は二つでこちらの飴と分けていただけますか? シールもつけていただけると助かります」
「かしこまりました」
そうして会計を済ませ、一旦コンビニの外へ。
飴の袋を丁寧に開け、中から5個ほど手に取った遊斗は、その飴をポケットに。
「えっと……」
次に大学やバイト先の両方で使っているメモ帳をポケットから取り出して文字を書く。
そして、丁寧に畳んで袋に入れて戻す。
これがついさっき考えついたこと。
再びコンビニの中に入った遊斗は、サラダを見ている先輩を見つける。
「あの、すみません先輩」
「っ!? な、なに?」
『なんでまだいるの!?』と、高速で振り向いてくる某メタルスライム先輩。
「これどうぞ」
「え……? これ……?」
渡した袋を手に取ったことを確認すれば、遊斗はすぐに頭を下げる。
「それでは失礼します」
「あっ……」
相手が年上だからこそ、巻き返されないうちに撤退する。
(今日はいい人とたくさん関わるなぁ……)
そんなことを思いながらクスッと笑い、いちごミルクの飴を口に入れるのだった
* * * *
その先輩——実際には“新入生”の心々乃は、恐る恐るもらった袋の中を開ける。
「っ」
そこに入ったのは、先ほど譲ったいちごミルクの袋。
細い指先で数えれば、なんと10個も入っていた。
「……」
それも、購入されたかどうかを証明するシールつきで。
これで未支払い等のトラブルに襲われることもない。
彼はこのリスクを考えてシールをつけてもらったのだろう。
「無料でこんなにもらっちゃった……」
個数が袋に示されたパッケージである。15個入りの飴だというのは心々乃も知っている。
つまり、彼は半分も手に取らず譲ってくれたということ。
『まだいくつか残っている』と言っていたからこその数なのだろうが、この飴は彼が全て出したお金。そんなことをする義理はない。
(すごく優しい人……。お金返したかったな……。お名前知りたかったな……)
心々乃が目を細めながら心の中で呟いたのは、
『お気遣い本当にありがとうございました』
袋の中に入っているこのメモを読んでからのことだった。
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