第5話 ギャルっぽい女の子

「ご利用ありがとうございましたー!」

 時は過ぎ、日も暮れた時間。19時55分。

 3限が終わり、そこからすぐにバイト先のスターバックに移動した遊斗は、レジに立ってたくさんのお客さんを捌いていた。

 ここは駅近えきちかのカフェ。人が多く集まる場所だからこそ忙しい店舗でもあり、忙しさゆえに『もうこんな時間!?』となることも多い職場である。


「ふう……」

 働けば働くだけ疲れは当たり前に溜まるもの。

 お客さんに見られないようにまた一息ついた時、一緒に働いている従業員の一人が気の利いた声をかけてきた。

「遊斗さん、もうそろそろ休憩の時間っすよね? ってことで、ここはオレに任してくれていいっすよ!」

「あっ、それじゃあお任せしていい?」

「もちろんす!」

「ありがとう。それじゃあ20時40分に戻ってくるね」

「了解っす!」

 遊斗の本来の休憩時間は20時からだが、臨機応変にするようにというのが店の方針。

 店員同士で決めあっても特に問題はない。

 そうして45分の休憩を取りにスタッフルームに入った遊斗だが、その中で休憩するには適していない状況に見舞われるのだった。


「アイスティーを一つ」

 そんな注文を終わらせた遊斗は、冷たいカップを持ちながら店内を見渡して席を探していた。

 この時間はお客さんの出入りが激しくなる時間でもある。

 タイミングがタイミングなだけあって、空席がなかなか見つからない。

(い、いやぁ……。これはどこにも座れそうにないなぁ……。かといってスタッフルームに戻るのもなんだし……)

 キョロキョロ首を動かし、困り声を心の中で漏らしていたその時だった。


「——あ、そこのお兄さん」

「は、はい?」

 アピールするように手を挙げたそのお客さんを見れば、ギャルっぽさが窺える容姿をした金髪の女の子が声をかけてきた。

 艶があり毛先まで整った髪を一つに束ねた彼女は、なぜか今朝と昼に出会った女の子とどこか似た雰囲気がある。タイプは全く違うことを含めても。

 鋭いながらも大きな青の目。整った鼻筋にピンクの唇。

 整った容姿をしていることもまた同じだった。


「お兄さんってこのカフェの店員さんよね? ちょっと前にあたしのお会計してくれたの覚えてるし。キョロキョロしてるけど席探してんの?」

「あっ、そうですね。今は休憩中なので席の方を探してて……」

「んじゃ、よかったらここ座りなよ。空いてるし」

 ネイルの施した爪を立ててその場所を示す彼女。

 彼女が座っているのは小さなテーブルの二人席。そこに一人座って勉強しているために空いているというもの。


「あ、あの……本当に甘えてもよろしいんですか?」

「うん。あたしは特に気にしないから。チャラい人とかならまた話は別だけどさ?」

「あ、ありがとうございます。それではお邪魔させていただきます」

 今までにこのようなことを体験したことはもちろんない。

『ありがたい』と『戸惑い』の気持ちが混合する中、彼女のコミュニケーション能力の凄さに驚嘆する一方である。


 スペースを空けてもらってその席に座る遊斗は、アイスティーを飲みながら話題を考え——。

「——あのさ、ここのカフェってスタッフルーム的なとこで休憩できなかったりすんの?」

 さすがのコミュニケーション能力である。先に話題を振ってくれる。

 それも一度勉強の手を止めて、こちらに目を合わせてくれながら。


「あー。いつもはそこで休憩しているんですけど、今日は裏で店長さんが仕事のお電話をしてたので……」

「空気を読んで出てきた?」

「あはは……。そんなところです」

「なるほどねー。スタッフルーム的なとこで休憩できないなら不便じゃね? って思って。まあ、ここでゆっくりしていきなよ。客のあたしが言うのもなんだけどさ」

「いえいえ、本当に助かります」

 会話を引っ張ってくれるからか、初対面の印象がなにもない。

 もしかしたら何度か利用してくれているお客さんなのかもしれないが、忙しい職場でもあるために遊斗に彼女の記憶はない。

 そして、普段なら感じる気まずさはなく、むしろ話しやすささえ感じるのが不思議なところだ。


「あの、お姉さんはお勉強を?」

「ん、そだよ」

 話題を振ってくれた分、こちらも話題を返す。

 テーブルの上に置かれているのはカフェドリンクと大学生用の教科書、ノートに可愛らしい文房具。

 聞かずとも勉強しているのはわかるが、今はやり取りすることが大事なのだ。


「一人でコツコツ頑張ってるの偉いでしょ?」

「あはは、確かにそうですね」

 失礼な言い方だが、遊んでそうな見た目でかなりの努力家なのは、ノートの取り方を見ただけでもわかる。

 わかりやすく復習できるように、蛍光ペンで色分けもされている。

 大学の教科書には付箋ふせんも貼ってある。


「これはその……受験勉強ではないですもんね?」

「そ。普通に大学の予習。あたしには姉と妹がいるんだけど、その二人がめちゃくちゃ頭よくってさ。ダサいこと言うけど、こうして影で勉強しないとついていけないんだよね。昔から」

「そ、それにしては難関大学が使うような教材使ってません?」

「そんなことないって。ぼちぼちだよぼちぼち」

 なんて謙遜をしているが、同じ教材を使って大学の勉強をしている遊斗なのだ。

 見た目に騙されたりはしない。


「……んー」

「……」

「……うーん」

 英語の教材を見て、眉間にシワを寄せながら手が止まっている彼女。


「はあ……? マジでなんでここで『Any』じゃなくて『Some』が使われるわけ……? 別にAnyでも間違いじゃないじゃん……」

 その声にいち早く反応するのは、アイスティをテーブルに置く遊斗である。


「もしよかったらだけど……ちょっとその教材見せてもらってもいいかな?」

「え? 別にいいけど」

 勉強中であるにもかかわらず、嫌な顔をせずに教材を見せてくれる。


「あー。ここで『Some』になってるのは、『Some』はポジティブな文章やリクエストとか質問で使われる単語だからだと思うよ」

「えっ、そなの!? それ完全に頭から抜けてた」

「もちろん例外はあるんだけど……基本的にその形で覚えてもらえたら大丈夫かな」

「えっと、ポジティブな文章、リクエスト、質問……」

 彼女は早速ノートに取っていく。スラスラ書いているのに字も上手である。


「って、これ余裕で答えたお兄さん何者? 見た目的に大学生っぽいけど、めちゃくちゃいい大学通ってない?」

「ぼちぼちです」

「……あたしの言葉パクんなし」

「あはは、それはすみません」

「ねっ、お兄さん。じゃあこっちがこうなってるのはわかる?」

「ちょっと読み込ませてもらうね? …………あー、これはね——」

 そうしていつの間にか始まるのは、彼女がわからないところを遊斗が教えるというもの。

 体を休める時間ではあったものの、この時間はなんとも楽しいもので、すぐに45分の時間が過ぎるのだった。


 * * * *


(マジであのお兄さんヤバすぎ。めちゃくちゃわかりやすかったんだけど)

 彼が去ってすぐ。ノートを両手で広げながら書き記した箇所を読み直す美結みゆ


(この店初めて来たけど、あの人いたら最高じゃん……)

 まさか勉強を教えてもらえるとは思っていなかったからこそ、当然こんな気持ちになる。


(よしよし。これで真白姉ぇと心々乃との差がちょっと縮まったかな)

 ずっと苦楽を共にして、ずっと同じ生活している姉妹だからこそ、学業においても置いていかれたくはなかったのだ。その気持ちがあるからこそ、難しい大学に入ることもできたのだ。


(さて、この調子でもっとやっちゃおっと)

 調子がさらに上がったところで、再び勉強に取り組もうとしたその時だった。


「先ほどはお席の方をありがとうございました。これよろしければどうぞ」

「え?」

 声をかけられ、顔を上げればそこにはさっきの彼がいた。

 スターバックの制服に着替え、Y,Yのイニシャルが書かれた名札をつけ、ショートケーキと紅茶のおかわりが乗ったトレーをテーブルに置くお兄さんが。


「ちょ、待って。これお兄さんの自腹でしょ? さすがにこれは悪いって。休憩時間だったのに勉強まで教えてもらったんだから。あたしは」

「いえいえ、楽しく休憩を取らせてもらいましたので。っと、すみません。それでは仕事中なので失礼します」

「あっ……」

 客がレジに来たことを見た彼は、頭を下げてすぐにレジに戻っていく。

 目の前に残るのは、奢ってくれたショートケーキと紅茶。


(……マジでさ、こんなことある? 普通……。行動ズルいって。あのお兄さん絶対モテてるじゃん……)

 チラッとレジを見れば、愛想よく接客している彼がいる。


(……とりあえず真白ぇと心々乃に自慢してやろーっと)

 目を細めてふっと微笑む美結は、ふとそんなことを考えるのだった。

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