第6話 Side三姉妹
「二人ともただいま」
「おかえり
「おかえりなさーい。今ご飯の準備をしてるからね」
それから一時間ほどカフェで勉強を続け、帰宅した次女の美結。
リビングにはキッチンに立って料理をしている真白と、取り皿やお箸を並べている心々乃が体を動かしていた。
「……あ、ごめん。すぐに洗濯物やるから」
みんなが家事をしている姿を見て、すぐに宣言する。
料理は長女の真白が担当。
洗濯物は次女の美結が担当。
皿洗いは三女の心々乃が担当。
それ以外は全員で担当。
これが昔から変わらない三姉妹の基本スタイルだが——。
「洗濯物はわたしがやった」
「えっ?」
今日は少し違った。
「心々乃がやってくれたの?」
「うん、やった」
「うっそだ」
体調が悪かったり、用事があったり。
そんな時以外は、一人一人が担当していることをしっかりこなすようにしているのだ。
今日、この二つのことに該当していない美結が疑うのは当然のこと。
器用に片眉を上げて訝しみながら廊下に出て、洗濯機の中を確認すれば、入っていた衣服はなにも残っていない。
次に衣服棚と収納棚を開ければ、昨日着た服や下着が綺麗に畳んである。
「……」
実際に目の当たりにして本当にやってくれたことを理解する美結は、すぐにリビングに戻る。
「いや、マジでしてくれてるじゃん。どういう心境の変化?」
「今日はいいことがあったから、美結お姉ちゃんにもおすそ分け」
「な、なにそれ。一応お礼は言っとくけどさ……」
姉妹からされる“嬉しいこと”は、なんともむず痒くて気恥ずかしいもの。
ぶっきらぼうにお礼を言い、平常心を偽るようにスマホを取り出しながらソファーに座る美結。
そんな妹らの様子をキッチンから微笑ましく見つめながら、料理の手をズバババッと動かし続ける真白である。
「てかさ、心々乃の『いいこと』ってなにがあったわけ? 久しぶりにこんなことされた気がするんだけど。真白姉ぇはもう聞いた?」
「ううん、美結が帰ってきてから教えてくれるらしくて」
「ふーん。そんなに引っ張るってことは相当いいことあったわけね」
「うん。美結お姉ちゃんが帰ってきたから教えるね」
いつも物静かで大人しい心々乃だが、今日の声色はとても明るい。青の瞳もキラキラ輝いている。
その様子のまま、少しドヤッとした顔で言うのだ。
「今日ね、通ってる大学ですごく優しい男の人に会った」
「えっ、心々乃も? わたしも今朝にとっても優しい先輩に会ったの」
「え、二人とも? 大学じゃないけど、あたしもカフェで会ったんだけど」
「え……」
『どんな人に会ったの!?』なんて聞き変えされることを想定していた心々乃は、まさかの流れにあわあわする。
それでも絶対に確信していることがある。
「でも、わたしが会った人が一番優しい」
「いやいや、あたしが会った人が一番優しいから」
「わ、私が会った人が一番だと思う……よ?」
「……」
「……」
「……」
容姿に違いはあれど、似ているところが多い三姉妹なのだ。
それぞれがライバルだと気付いた瞬間である。
無言の中、三つの視線が絡み合う。この時ばかりは真白の手も止まっている。
「違う。わたしが一番優しい人に会った」
「あたしが一番だって。マジで」
「私が一番だと思うなあ……」
全員が全員いいことがあったのだ。一番だと思えるくらいの出来事に遭遇したのだ。
こうなるのは当たり前で、そう信じるのも当たり前だろう。
「じゃあわたしが一番なの説明する」
「あたしだって説明するし」
「私も説明しようかな……」
そうして突然と始まる情報交換会である。
* * * *
「いや、ちょっと待って。それ絶対二人とも話盛ってるでしょ。普通に考えてそんなのありえないじゃん」
「なにも盛ってない」
「私もだよっ!?」
それぞれの話を聞いた後、真っ先に声を上げるのは美結である。
「だって、初対面の相手でしょ? 商品を譲ったからってその飴をほぼ全部渡されることなんてないでしょ。しかもシールをつけてくれて、お礼のメモまで入れて、どんだけ気配りできるのって話じゃん」
「でも、これがその証拠」
心々乃は折りたたまれたメモを再度広げる。
そこに書いてあるのは、『お気遣い本当にありがとうございました』の文字。
教えられたこととリンクするような内容である。
「じゃあ、真白
「こ、心々乃みたいに証拠はないけど、本当のことだもん! だから一番って言ったのっ」
「……お話盛ってるって言う美結お姉ちゃんがお話盛ってたり」
「は、はあ!?」
「アルバイトの休憩中に大学の課題を教えてもらって、ケーキとか飲み物奢ってもらえるなんて普通はありえない。優しすぎる」
「それがマジで本当なんだって! 教えてもらった内容ノートに取ってるから、いつでも証拠出せるし」
姉妹がみんな『話を盛ってる』なんて思っても不思議ではないほどの話。
それが今行われているわけである。
「てかこれ言うのはなんだけど、マジであたしが一番だよ? その行動以外のことを挙げれば、休憩中なのに嫌な顔せずに勉強教えてくれたし。なにより下心を感じなかったし」
「それはわたしも一緒。だから名前聞こうとしたけど、聞けなかった。聞かれもしなかった」
「私もそうだよ! 『当たり前のことだから』っていうような感じだったから」
「ちょ、ここまで被ることないってありえないでしょ……」
三姉妹は中学校の頃から、特に高校から数多くの告白を受けてきた。街に出ればナンパされることも珍しくないほど。
そんな人目を惹く彼女らであるからこそ、異性からの『下心』には敏感で、その度にうんざりとすることもあるのだが……今日の彼にそれは当てはまらない。
名前を聞かれない時点で、一期一会のようなものなのだから。
「あの人は絶対に綺麗な彼女さんがいると思う」
「……確かにいない方が不思議なくらいだったなあ。心々乃と私が出会った人は別の男性だと思うけどね」
「なんさか、そんな頻繁に優しい人に会えるなら、遊斗
「……」
「……」
真白も心々乃も、この言葉に反論は浮かばない。
それでも迷惑がられずに顔を合わせたいからこそ、こんな言葉が三女から出る。
「……今日会った人が遊斗お兄ちゃんなら嬉しいのにな……」
「こら、そんなことは言っちゃダメ。私たちのたった一人のお兄さんなんだから」
「ごめんなさい」
言わんことはわかるが、今のは声にしてはいけないこと。
「え、二人ともそっち派なの? あたしは今日会った人が遊斗
「えっ? 美結の方が珍しい意見だと思うよ?」
「確かにそうかもだけどさ、あ、あんなに優しかったらさすがにアレじゃん? なんていうか、ちょっと変な目で見そうっていうか……」
ぎこちない言葉。
いの一番に反応したのは真白である。
「そ、それは……言いたいことはわかるなあ……」
「二人ともチョロい」
「は? そんなこと言って、心々乃が一番ザコじゃん」
「そんなことはない……」
作っている料理が冷める一方、ガヤガヤと盛り上がるリビング
そんな三姉妹が彼と再び出会うのは、もうすぐ先の話である。
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