第19話 真白①
「ま、まさか遊斗お兄さんと同じ講義を受けることになるなんて……」
「あはは、大学ならではだよね」
周りの迷惑にならないように小声でやり取りをする二人。
現在は一限の講義中である。
シャーペンを握って黒板にある文字をメモしていく遊斗は、なぜかこっちに視線を向けている真白にもう少し話題を振る。
「そう言えば、昨日は連絡先交換してくれてありがとうね。まだ言葉でお礼を伝えられてなかったよ」
「お礼なんてそんなっ。私も交換できてすごく嬉しかったですから……」
「そう言ってくれると自分も嬉しいよ」
もし『嬉しくない』と言われていたのなら心は折れていた。
「あっ、それと昨日作り置きしてくれた朝ご飯、美味しく食べさせてもらったよ。すぐに完食しちゃった」
「ふふっ、お口に合ってよかったですっ。お料理を作るのは大好きなので、また作ってほしい時があればいつでも呼んでくださいね」
「本当? じゃあ毎日作ってくれる?」
「っ!?」
「ははっ、冗談だけどね」
目をまんまるくする真白にすぐネタバラシをする。
本音を言えば毎日食べたいほど美味しかったご飯だが、その気持ちに甘えるわけにはいかない。
電車での移動時間や、料理への労力を考えれば当たり前のことである。
「あ、危なかったです……。毎日お邪魔してしまうところでした」
「そっち!?」
「もちろんです」
本気と思える声だった。そして見た目通りの純粋さだった。
これからはこの手の冗談は控えようと心に決めたその時である。
「……嬉しいなぁ。冗談でもそう言ってもらえて嬉しいなぁ……」
隣からほわ〜と聞こえてくるのは真白の声。
本来なら聞こえない声量だろうが、講義中という静かな状況と、真隣という距離であるために聞こえてくる。
講義の内容を続けてメモしていく遊斗は、チラッと真白を見て気づく。
三姉妹のまとめ役でしっかりしている彼女が全然講義に集中できていないということ。
嬉しそうな目が未だにこちらを捉えているのだ。
偶然会えた喜びもあるのだろう。それは遊斗も同じだが、このまま自由にさせるのは学費がもったいない。
先輩としても、義理の兄としても正しい行動ではないだろう。
「真白さん、講義講義」
「っ!」
シャーペンでトントンとノートを叩きながらそう言えば、ハッとしたように正面を向いてくれる。
本当の妹ではないが、(これを口にすると怒られるかもしれないが)一番妹らしく見えるのがこの真白だった。
「……な、なんだか今日は集中ができない日なのかもしれません」
「ははっ、その時はノート見せてあげるね。汚い字なのは申し訳ないけど」
「あ、ありがとうございます。よし……っ」
背筋をピンと伸ばし、ぎゅっと空色のシャーペンを握った真白。
やる気スイッチを入れたような彼女を見て、自分も引き締める遊斗だった。
* * * *
(やっぱり遊斗お兄さんは優しいな……)
講義の内容をメモしながらチラッと隣を見る。
そこには当たり前にいます。
集中して講義を受けている真面目なお兄さんが。時折頷きながら、しっかり内容を理解しようとしています。
本当に予想もしていなかった光景です。
「……」
チラッとお兄さんのノートに目を向ければ、一つの嘘を見つけます。
それは『汚い字』なんて言っていたこと。実際にそんなことはありません。
復習ができるように丁寧に書いています。
力強い筆圧なのは、とても男性らしいです。
(……美結が言っていたこと、私もわかったかも……)
今、三姉妹全員で着手しているイラスト。その中で美結が狙っている『背徳感』というコンセプト。
美結と心々乃が知らないところで、私は遊斗お兄さんと一緒に授業を受けています。
二人が知らないところで、私はお兄さんと関わっています。
そんな二人は昨日、こんなやり取りをしていました。
『いやあ、あんなにいい人ならもっと早く会いたかったよね〜』
『う、うん。もっとは早く会いたかった』
『マジでこれからの大学楽しみじゃない!?』
『ん』
ご機嫌に促す美結と、コクコク頷いて即答する心々乃。
目の前で見ていたからこそ、二人には申し訳ない気持ちがあります。でも、偶然だから仕方がないという気持ちもあります。
まさしく背徳感を感じる状況です。
(で、でも……偶然だから、二人に遠慮はしなくていいよね? 少し甘えても怒られないはず……だよね。だって、十何年も会いたかった人にこうして会えているんだから……)
今の時間は本当に貴重なもの。
できることなら独り占めしたいもの……。
「あ、あの、遊斗お兄さん」
「うん?」
「ゆ、遊斗お兄さんは、次の講義……どうなっていますか?」
「次? 次は入ってないよ。今日は一限と三限の二つしか入れてなくて」
「っ!」
今とてもよいことが聞けました。
あとは、わたしがちゃんと言うだけです……。
「あ、あの……ですね、実は私も二限は空いていて……美結と心々乃は二限の授業を入れてて、その……わ、私一人なんですっ」
(とっても恥ずかしいことを言ってしまっています……。ちゃんと伝わっているかな……)
デートに誘っているわけではありません。でも、顔がとても熱くなってしまいます。
「……」
「……」
そして、遊斗さんからの反応はありません。
不安になってチラッと上目遣いで見てみれば、『あっ!』とした表情を作ってました。
「それじゃあ駅周辺で二限の時間一緒に潰す? 休み時間まで含めると結構余裕があると思うし」
「よ、よろしいですかっ!?」
「うん。真白さんがこの講義を頑張れたらね?」
「で、でしたら頑張ります……っ」
『やった!!』とした気持ちを今は必死に抑え、遊斗お兄さんに笑顔を返します。
このお話がおじゃんにならないように、真剣に向かい合う——。
——そんな中で一つ、ふと脳裏によぎった思い出がありました。
十数年前、遊斗お兄さんを巡って三姉妹でよく喧嘩していたことを。
『ましろねえ、ひとりじめしないで』
『みゆこそ、ひとりじめしないの!』
『ふたりとも……ひとりじめしないで……』
『ここのもひとりじめしてるくせに』
『ねっ!』
『ふたりよりもしてない……』
三姉妹でギャーギャーといつもこんな感じだった。
「…………」
昔と変わっていないこと。
お兄さんと関われば関わるだけその気持ちが再燃していることを密かに実感する私でした。
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