第18話 翌日の大学
「な、なんだろ。この感じ……」
翌日のこと。
大学に近づけば近づくだけ肌を刺すようなナニカを感じる遊斗がいた。
腕や足を確認するが、もちろんなにもなっていない。
だが——。
「気のせいじゃないよね? う、うん……」
暖かくしているはずなのに鳥肌が立つ。なぜか身震いするような動きをしてしまう。
「と、とりあえず中に入ろう……」
肩を摩りながら正門を潜り、早足で校舎へ向かっていく。
「……」
チラチラと四方八方から視線を感じる。
少し歩くペースを遅めながら右を見るが、すぐに視線を逸らされる。
次に左を見れば、またしても逸らされる。
「な、なんだかバケモノみたいに見られてるような気がする……」
今までに体験したこともない状況。
とりあえず肩身を縮めて影を薄くしようとしたその時だった。
「——よお遊斗」
「ッ!?」
背後からボン! と手を置かれ、骨が軋むような強さで握られる。
ゆっくりと後ろを振り向けば、黒のオーラを滲ませて立っていた。弟か妹が欲しかったばかりにこの大学に合格した友達が。
「お、おはよう……」
「おはよ」
目が笑っていない。
「んでさ、なんかお前、昨日はお楽しみだったみたいじゃねえか。休日デートだったっけなあ?」
「……デ、デート?」
「いやあ、お前のこと心配してたんだよ。生き別れの妹に会うってことだから、ちゃんと馴染めるのかって。楽しい時間を過ごせるのかって」
「…………」
遊斗の声はなにも届いていない。
「それはもう心配した。心配したさ。んで心配した結果、よくもこんなイチャイチャ見せつけてくれやがったなぁ? おい遊斗」
ミシミシと鈍痛が走る。
そんな中で友達に見せられるのは、
三姉妹と自分の四人で撮った写真と、『デート♡』の文字・
「楽しかったかあ? デートは」
「デートじゃないけど、楽しかった……」
「そうかそうか。んで、オレのメールまで無視してたっけなあ」
言われて思い出す。『オマエ゛、コロス』の送信があったことを。
「あ、あはは……」
引き攣った笑みで視線を合わせれば、まばたきをせずに目を合わせてくる友達がいる。
まるで感情を失っているロボットのように。
「……」
「……」
この時、遊斗は決めた。
肩を掴まれるその手を優しく撫で……込められた力が弱まった瞬間——。
「——ッ!」
「お、おら待て! 殴らせろ!」
「嫌だよっ!?」
走って逃げる。
「おいA班、右行ったぞ! 死ぬ気で止めやがれ!」
「おう!」
「任せとけ!」
「な、なんでっ!?」
友達を振り切ったと思えば、木の影から増援が現れる。一応は見知った二人でもある。
右に体勢を大きく変え、左にステップ。フェイントを入れてギリギリで撒く。
「おいお前らなにやってんだ! ハーゲン奢ってやんねえぞ!」
「あ、あいつあんなに足速ぇのかよ!?」
「だから最初にそう説明したじゃねえか!」
「さすがは三つ子ちゃんとデートしてただけあるな……」
「お前も早く追いかけろ! B班、A校舎入口封鎖しろ!」
朝から始まるのはそんな逃走中だった。
* * * *
「はあ、はあ……。はあー……。あ、あれはヤバい。ネタにしてもフォーメーションも組んでたし……」
息を大きく切らしながら一限の講義室に逃げ込んだ遊斗は、安堵の気持ちで椅子に腰を下ろしていた。
フードを頭に被って容姿を隠していた。
「はあ……はあ。とりあえずメール無視したことは謝っとかなきゃ……。」
スマホでLAINアプリを起動さえ、友達とのメッセージ欄にさせる。
「え、えっと……全然思い浮かばない……」
先ほど襲われた今、全体的に酸素が不足してる中、考えがまとまらない。
どんな文面にしようか……。そう頭を回転させ続けること3分。
「あ、あの……すみません。お隣を失礼しても大丈夫ですか?」
「……あっ、どうぞ」
「ありがとうございますっ」
ほわっとした女の子の声がかかり、スマホを見ながら大きく頷いて答える遊斗。
本来なら顔を見て返事するのだが、再び襲われる可能性が高いからこそ、スマホから一瞬でも離れる余裕がなかった。
「おいしょ……」
その女の子は長机に背中を向け、重量がある背負いバッグを机上に下ろして腕を抜いていく。
小さな身長だからか、膝を折ることもなく体で押し込むようにしてバッグを乗せていた。
(へえ、頭いいなぁ……。重いからそうやって準備するのか……。って、こんなこと考えてる場合じゃない……)
横目で確認する遊斗だが、すぐに現実と向き合う。
その間、ちんまりとした女の子は、バッグの中からポンポン教材を出していく。
授業にワクワクしていそうな取り出しのスピードだ。
「うん、忘れ物もなし……」
小さな指をさしながら確認を取る女の子は、両腕でバッグを抱えて床に下ろす。
(体が小さいと大変そうだな……。って、そんなこと思ってる場合でも——)
ハッとするようにスマホに文字を打ち込もうとしたその時。
柑橘系の香水が鼻腔をくすぐった。
一度嗅いだことがあるような香水。いや、昨日匂ったその香水。
「え……? 真白さん?」
フードを脱ぎ、隣を向けば思っていた通りの人物がいた。
「えっ、遊斗お兄さん!?」
「ちょっ、声が大きい……」
「す、すみませんっ!!」
まんまるとした青の目をさらに大きくしながら、両手で口を押さえる真白だがもう遅かった。
『お、おい。あれって噂の三姉妹の……』
『お兄さん?』
『今お兄さんって言ったよな……?』
『真白ちゃんに、お兄ちゃん?』
教室から乱れ突きのような視線が、遊斗に突き刺さるのだった。
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