第25話 美結②
「おっ!?」
時刻は20時10分。
休憩中の遊斗が声を上げ椅子からバッと立ち上がったのは、レジの前に設置された防犯カメラに映った一人のお客さんを見て。
店員にも負けないほど愛想よく注文している金髪の女性を見て——ポケットに財布を入れる遊斗は、鏡を見ながら急いで髪型を整え、服の乱れを直してスタッフルームから飛び出る。
向かう先はレジ。早足で近づけば、すぐに目が合った。
「……お! にひひっ、今日も来ちゃった」
「あははっ、ご利用ありがとうございます」
あざといを全開に出すように小さく舌を見せるのは三姉妹の次女、美結である。
よくしている仕草なのか、目を奪われてしまうほど似合っていた。
実際に彼女の注文を受けつけたレジ担当(男)は、まばたきを忘れて彼女のことを見つめている。
「えっと美結さん。もしかしなくても注文終わっちゃった?」
「そだよ? まあ注文するためにレジに行くわけだしね?」
「そっか……。一足遅かったかぁ……」
『髪型を整えたり、服の乱れを確認しなかったら間に合ったのかな……』
後悔から反省の念が芽生えるも、“だらしない格好を義妹に見せるわけにはいかない”という考えもあったのだ。
「なんか残念そうね?」
「ドリンクとケーキを奢る約束があったから、せっかくのタイミングを逃しちゃったなって……」
「ぷふっ、マジ? あれ覚えててくれたから急いで出てきてくれたんだ? ……嬉しいことしてくれるじゃん」
目を細める美結は本当に嬉しそうで、照れ隠しをするように頬を掻いている。
「まあ約束がなくても急いで出てくるんだけどね? 美結さんとお話できるのはやっぱり楽しいから」
「っ、まあ……関係が関係だもんね? あと今のはちょっとズルいって」
「ん?」
「なっ、なんでもないなんでもない」
両手をパタパタして『独り言』とまでつけ加えた美結は、話を戻すように言った。
「じゃあさ、今日あたしが帰る時にドリンク奢ってくれない? ケーキはまた今度ってことで」
「ありがとう。じゃあその流れで」
「その『ありがとう』って約束を叶えさえてくれて的な?」
「うんっ」
「そ、そんな笑顔で答えなくてもさ……。あたしが奢ってもらう側なんだから……」
「そう?」
「いや、そうだって……」
美結がやられっぱなしになるのも無理もない。
高校を卒業し、大学に通い始めたばかりの彼女は、この手の大人な男性と関わる機会がなかったのだから。
実際にこんなお礼を言えるような男はそうそういないだろう。
そんな矢先である。
美結が注文したドリンクを渡し口に運びながら、こちらに声をかけてくる店員(遊斗のパートナー)がいた。
「ゆ、遊斗さん? その方と知り合いなんスか?」
「うん、見ての通りだよ」
「にひひ。この人のカノジョだから、そこんトコよろしくね」
「へッ!? 遊斗さんこんなに可愛い彼女いたんスか!? てか彼女いないって言ってたじゃないスか!!」
「み、美結さん。悪い冗談言わないの」
「ご、ごめんごめん」
コミュニケーション能力を最大限に発揮し、堂々とした態度で、
「ちゃんと訂正すると、この人の愛人でさ」
「あ、愛人!?」
「美結さん……?」
「ごめんって。実は
「い、いいいい許嫁!?」
「み、美結さん……」
『その辺で』とのニュアンスは伝わったようだ。
「ごめんね、いい反応してくれるからつい。ピュアで可愛い店員さんだったから」
「ちなみに自分と同い年だからね」
「げ……」
この声でわかる。状況を理解したのだと。やらかしの声を漏らし……大きな目をパチパチさせる美結はすぐ頭を下げていた。
さすがの大学生。上下関係はしっかりとわかっていたが、コレに目くじらを立てるようなパートナーでないことを遊斗は知っている。
「いやいや、全然いいっスよ〜! オレそんなガツガツ踏み込んでくれる人も好みっスから!」
「本当? そう言ってくれるとマジ助かるよ」
「ちなみに美結ちゃんはオシャレなレストランとか興味ある? オレ最近見つけたんスよ〜」
「えっ、ガチ!?」
興味ありげな明るい声を出し。そして——
「——ね、遊斗
「それ自分も思った」
二人共に一オクターブ声を落とす。遊斗に至っては二オクターブだろうか。
「仕事中に、さらには家族がいる前でナンパするのは……ちょっと頂けないなぁ」
「……ん、え? に、
冷や汗をダラダラ流し、あからさまに動揺している店員。
「ま、そういうことだよねー」
「へ、へへ……。今のはほんの冗談ですやん遊斗の兄貴……」
「絶対に冗談じゃなかったでしょ……もう」
容姿もよく、性格もよい美結なのだ。異性から言い寄られるのは仕方がないことだろう。
遊斗も遊斗でナンパをするなと言っているわけではない。せめて自分がいないところで……と言っているわけである。
「あ、この流れで申し訳ないんだけど、店員さんに一つ質問してもいい?」
「は、はいなんスか?」
「遊斗兄ぃってさ、このカフェでよく女の人に声かけられてたりするの? 全然プライベートのこと知る機会なくってさ」
「えっ?」
『なんでそんな質問!?』との表情を見せる一方で、店員は口を開く。
「あー、女性の常連さんからは基本そうっスよ。日によっては奢られすぎてお腹タプタプにしてるくらいっス」
「へえ……」
ジロっと視線を向けてくる美結。
「おい、モテてんじゃん」と、なぜか肘打ちをしてくる。
「これはモテるとは言わないって……」
「めちゃくちゃ言うし。てことで、嘘ついたお詫びに休憩時間あたしに付き合うこと。いいね?」
「えっ、付き合っていいの?」
「いやぁ……あのさ? むしろあたしが付き合ってほしいんだけど」
「……」
「……」
意外な表情と呆れた表情がぶつかる。
お互いの意見が一致しているのにこんなすれ違いを起こしてしまうのは、十数年ぶり会った影響だろう。
「本当!? じゃあ早く席行こ! 時間も時間だから!」
「ふふっ、そだね」
そんな会話が終わり、渡し口に置かれた商品を手に取る美結。
「じゃあ店員さんありがとね。さっきは失礼なこと言って本当にごめんね」
「いえいえ! またお越しくださいス!」
そうして最後の接客を終わらせた店員は……ボソリと呟く。
「なんか……距離エグい近くね?」
心の距離もそう。妹の懐き度もそう。雰囲気もそう。
そして『兄妹』にしてはあまりにも……と思えるように肩を合わせて空席に向かっていく二人を見ての独り言だった。
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