第24話 美結①

「う、うう……。ようやく回復してきた……」

 お腹を摩りながら眉間にシワを寄せて言う遊斗。


 甘いものの食べすぎによる胃もたれ。

 たい焼きのあんこにクレープの生クリームのコンボが相当効いた遊斗は、気持ち悪さに耐えながら無事に講義を終えていた。


(年上としてあのメールはすぐにでも送らないとだったけど、なんせ気持ち悪い状態だったし、講義も始まる時間だったんだよなぁ……)

 今でも後悔しているのはこれ。

 真白にあのメールを送ったのは、講義中の隙間時間。教授の気まぐれによって作られた5分の休憩時。

 言い訳がましくなってしまうが、それくらいに不誠実な人だと思われたくないのだ。


「と、とりあえず不誠実だと思われてなければいいな……。本当に……」

 三姉妹の長女、真白と同じくらいに真面目な遊斗は、こんなことを思いながらバイトに行く準備を進めるのだった。


 ちなみに友達に送った謝りのメールには返信があった。

 ざっくりまとめると『オレの分まで幸せになれよ。今日オレらは忘年会してくる』と。

 4月で忘年会をするのはどうなのだろう……。返信するにも困る内容だったため、とりあえずグッドのスタンプを送る遊斗だった。


 * * * *


「ねえねえ、Instaインスタに投稿してた男の人、美結ちゃんのお兄ちゃんなんでしょ!? ちょっと紹介してくれよい、うりうり!」

「うちにも紹介してくれい、うりうり!」

「は? 二人とも迷惑かけそうだからヤダ」

 肘で左右をぐりぐりされながら、二人の友達に詰め寄られているのは三姉妹の次女、美結である。

 艶のある金色の髪にシャープな青の瞳。脚出しコーデを着こなす美結は、無抵抗に攻撃されながら断固とした態度を貫いていた。


「ええー、そんな硬いこと言わずに言わずに。先っちょだけ先っちょだけ」

「そうだそうだー! あんなお兄さんいるとか教えてもらってないぞー!」

 わーわー言われる美結だが、歓声を浴びているようにドヤッと言う。


「案外イケてたっしょ? あたしのおぃは」

「いやいや、ぶっちゃけ案外ってレベルじゃなくない? 『今度紹介して』とか『お兄ちゃん連れて一緒に遊ぼう』とかたくさんコメントきてたくらいだし」

「あれはモテる要素がいろいろ詰まってるよねー。さらに頭もいいんだし」

「にひひっ、まあね」

 義兄のことを褒められてご機嫌な美結。

 昨日は寝室でInstaインスタの反応を見て、ニヤニヤしながら眠りについたほどなのだ。


 正式上、彼は『家族』ではないが、美結にとっては大切な家族の一人でありたった一人の兄である。

 そんな人を褒められるのはなによりも嬉しいこと。


「ちなみにガチで優しいよ。バイトの休憩中なのに勉強を教えてくれたり、めっちゃ気も利かせてくれるし、気持ちまで汲み取ってくれるし」

「美結っちお兄ちゃんのことめちゃ好きで草」

「好きなのかい!? 美結ちゃんはお兄さんのことが好きなのかい!?」

「まあ……家族なんだから当たり前じゃん? 別にブラコンってわけじゃないけど」

 ニヤニヤとからかわれるが、美結に動揺の色はない。


「いやぁ、その理論はわかるけど……兄妹はまた別じゃない? 私は兄貴のこと嫌いだしい」

「美結ちゃんのお兄さんが特別なだけだよね、絶対。そんなに優しい人と喧嘩できるわけないし」

「言われてみれば確かにそうかも」

 義理の兄だから特別だということもあるが、優しさの度合いが特別だということもそう。

 実際に遊斗のような人物がお兄ちゃんだったら、妹側に問題がない限り兄妹仲が悪くなるはずがない。それが美結の考えること。


「ちなみに今日もお兄ちゃんのバイト先にお邪魔するん? 美結っちは」

「(今日バイトしてるかわからないけど)そうするつもり」

「うわー、いっぱい可愛がってもらうつもりだ」

「あたしのお兄ぃなんだから当たり前じゃん」

 真白と心々乃には見せない独占欲を露わにする美結。


「そんなに気に入ってるお兄ちゃんねえ……。どこでバイトしてるか本当に教えてくれよ〜い」

「美結ちゃんの友達として仲良くさせてくれよ〜い」

「絶対教えないって。完全に狙ってるじゃんその顔」

 ジト目で言い返す美結は、意地でも関わらせないように立ち回っていた。


(てかモテてるんだけど? 遊斗兄ぃ。話が全然違うんだけど)

 頭の中で遊斗の頬を思いっきり抓る。なんて想像を働かせながら、美結は彼の休憩時間を考えて来店する計画を立てていた。

 二人きりで一緒に過ごせる時間はここしかないと考えて。


(遊斗兄ぃバイトしてるといいけど……。なんか顔見たくなっちゃったし……)



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