大学入学時から噂されていた美少女三姉妹、生き別れていた義妹だった。

夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん

第1話 噂のタネ

 全国でも上位の偏差値を誇る旧白埼しらさき大学。その食堂の中で——。


「はあ。弟か妹がほしい」

「あはは……。これまたいきなりだなぁ」

 4月の中旬。

 大学二年になる山下遊斗ゆうとは、昼食を取りながら最近できた友達にこんなツッコミを入れていた。


「だってよ、オレがこの大学に入った理由って妹か弟がほしかったからだぜ? 合格したら考えてやるって言われてさ」

「え?」

 初耳の遊斗である。


「だからクソほど勉強頑張ったのに……」

「えっと、その……やる気を出させるための罠だった?」

「ああ、見事に引っかかった。『歳だから無理だ』って。だからお詫びで連れて行ってもらった回転寿司でクソほど食ってやったぜ」

「な、なるほど」

 したり顔で悪い表情を作っているが、かなり良心的な行動だろう。

 金銭を考えた仕返しをしている辺り、優しさが伺える。


「そういや、遊斗には妹さんがいるんだっけな? マジで羨ましいんだが」

「うーん。いると言えばいるんだけど……いないと言えばいないんだよね」

「んえ?」

 100人中、100人が聞いても同じ反応をすることだろう。

 遊斗はそれを察していたように説明を続けるのだ。


「これは複雑な話なんだけど、妹とは幼少期に生き別れて……。それも再婚してできた妹だったから、血の繋がりはないんだよね」

「ほ、ほお……。って、生き別れてってことは、義理の母親と離婚して別々になったってことか?」

「そんな感じかな。一応連絡先は持ってるらしいけど、やり取りはしてないと思う」

「なんかお前……結構ごちゃごちゃしてんだな」

「ははっ、よく言われるよ」

 産みの親は遊斗が1歳の頃に病死。二人目の母親とは6歳の時に離婚。それからは独り身で育ててくれた父親である。

 幼少期はなにかと大変だったが、行きたい大学に行かせてくれて、一人暮らしをさせてくれていることを含め、本当に感謝していること。


「じゃあ生き別れた妹さんとは全然会ってないってことか」

「もう10年以上は会ってないかなぁ。酷い話だけど、名前も覚えてないくらいで」

「なるほどなあ」

 二人目の母親と父親の婚姻期間は1年。

 子どもの時期に起きたことで、両手で数えるほどの長い刻が経っているせいで、思い出せなくなったもの。

 古傷を抉らないためにも、シングルファザーの父親には聞こうにも聞けないこと。

「自分の一つ下なのは記憶にあるから、大学に入っているなら新一年生になってるね」

 こうは言ったものの、妹——妹たち三姉妹の性格も覚えている。

 長女はみんなをまとめるしっかりもので、甘いものが大好きな子。

 次女は大の甘えん坊で、お風呂に入る時にも突撃してきたような子。

 三女は人見知りでおとなしく、外に出る時はいつも手を繋ぐように言ってくるような子。

 三つ子だけあって顔は似ていたもの、性格はそれぞれ違っていた。


「てかさ、妹って言えば今年の新入生にバカ可愛い三姉妹の三つ子が入ってきたの知ってるか?」

「ああー、まだ見たことはないけど、噂で聞いたよ。確か入学試験の時から噂になってたよね」

「そうそう。ちなみに全員彼氏持ちじゃないらしい」

「へえ……」

「ちょ、なんだよその興味ない反応。今のは『マジか!? じゃあ狙うか!』ってところだろうよ!」

「いや、もちろん興味がないわけじゃないよ? 興味がないわけじゃないんだけど……生き別れた妹も三姉妹だったから重なる部分もあって」

「はあ!? お前妹三人もいたのかよ!!」

「珍しいことに三つ子の三姉妹」

「お、お前マジかよ! それ人生の勝ち組じゃねえか!!」

「う、ううん?」

 妹の数が多かったからか、珍しさがあったからか、とりあえず興奮しすぎた友達。

 口から飛んだ米粒がピストルの弾のように遊斗の目の横を通りすぎていった。


 * * * *


「みんなただいまぁ〜。って——」

 とあるマンションの一室。

 ちんまりとした女の子が玄関からリビングに移動した瞬間。


「——こらっ。またそうやって漫画を散らかして! ちゃんとお片づけしなさい!」

腕に手を当ててお母さんのように注意する光景があった。


「ちょっとくらいいいでしょ。読み終わったら戻すんだから」

「そんなこと言っていつもわたしが片づけているんだからね! いい加減にしないとお姉ちゃん怒るからねっ!」

 実際にはもう怒っている。怒りプンプンである。

 しかし、残念なことにその怖さは一切伝わっていない。

 可愛い着ぐるみを着た人が怒っても怖くないのと同義で、それは間違いなく見た目のせいだろう。


「真白ぇうるさい」

「うるさっ……!? わたしをうるさくさせてるのは美結みゆなんだから!」

 長女の真白と言い合いをしているのは、髪を金色に染めた次女の美結。


「……美結みゆお姉ちゃんはしっかり注意を受け止めた方がいい。20回に一回くらいしか片づけてないから」

 そしてその間に入るのは、散らかった漫画を拾い、当たり前に読み進める三女の心々乃ここのである。


「ねえ、心々乃ここのは美味しい思いをしてるんだから、あたしの味方をしなさいよ。あなたお得意の拾い読みができなくなってもいいわけ?」

「……真白お姉ちゃん。いじめはダメ」

「もーっ!」

 至極真っ当なことを言ったものの、買収されて味方がいなくなる。

 頬を膨らませてズババババッと漫画を抱える真白は、シュタタタタッっと片づけて戻ってくる。


「はあ、はあ……。もう美結のお料理には大嫌いなミニトマト入れちゃうんだからね!」

「あっ、今日は真白ねぇのためにいちごプリン買ってきたよ?」

「えっ!?」

 その言葉を耳に入れ、すぐ冷蔵庫を開けた真白は目を大きくする。


「わ、わああ! わたしが食べてみたかったお店のプリンだあ! えっ、順番並ばなかったの!?」

「まあ、今日は人が少なかったからラッキーっていうか。5分で買えたよ」

「……一時間待ったって聞いた」

「っ、心々乃は余計なこと言うな!」

「あ〜」

 もちもちのほっぺを美結から引っ張れる三女。それでも無抵抗のまま拾った漫画を読み続けている。

 水を差すだけ差しておいて、すぐに自分の時間に戻る心々乃。

 真実を聞いた真白と真実をバラされた美結は目が合う。


「こ、こほん。わかりました。今日はミニトマト入れないようにします」

「いや、別に一時間も待ってないし」

「それでも今日はミニトマトを入れないようにします」

 照れ隠しなのはお見通しである。


「うふふっ、プリンだあ。ご飯食べ終わったらみんなで食べようね〜?」

「ん」

「わかった」

 家でご飯やおやつを食べる時は、毎日のように三人で同じ時間に食べてきたのだ。

 仲の良さは誰にも負けないと言っていいだろう。


「じゃあすぐにご飯作っちゃうね!」

「よろしくー」

「お願いね」

 長女は料理担当である。

 壁にかけた小さなエプロンを着て、さっそく料理の準備を始める。


 冷蔵庫を開け、上段にある味噌を取ろうと爪先立ちする。

「む、むぅぅぅう……」

 手をブンブンとさせて残り数センチ先にある味噌を取ろうと全力で爪先立ちする。

 距離が0.5センチほど縮まったが、結果は変わらない。


「あたしが取ろうか? 真白ねぇちっちゃいからそこ届かないじゃん」

「……っ」

『ちっちゃい』その言葉によってピタリと動きが止まる。

 ゆっくりと後ろを振り返り、瞳孔を開きながら美結に言うのだ。


「……ミニトマト、絶対入れるからね」

「ちょ、あたしは気遣っただけじゃん!」

「……毎回そうなるから、下の段に入れればいいと思う。保存場所に最適なところが上の段でも多分変わらない」

「……心々乃にはしいたけ絶対入れるからね」

「私はアドバイスしただけなのに……」


 次女の美結、身長165センチ。

 三女の心々乃、身長155センチ。

 長女の真白、身長145センチ。

 一番のお姉ちゃんでまとめ役の真白だが、コンプレックスに触れると理不尽の鬼と化し、二人を黙らせる。

 そうしてもう一度上段に置かれた味噌取りに挑戦する長女と、その光景を『だから届かないって……』というようなジト目で見る美結と心々乃。


 結果は予想する通りである。


「……ふう」

 諦めたように息を吐き、隅に置いた踏み台を移動させて味噌を手に取った真白がリビングを見れば、ジト目でこちらを見る二人がいる。


「なんですか。二人のそのなにか言いたげな目は」

「なんでもない」

「……私も」

 理不尽な目に遭わされるからこその返事である。

 そんなやり取りがあり、迎えた食事。




「——えっ、わたし達が通ってる大学に遊斗お兄さんも通ってるの!?」

「えっ?」

「え……」

 同じ反応をする三姉妹の母親からの電話を取った真白は、この声をリビングに響かせるのだった。


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