第33話 私たちが必要なんでしょ?
「うぅ……なんか体が寒い」
俺は体を擦って熱を発生させ、分厚い布団に潜り込む。それでも一向に体は温まってこない。これは本格的に風邪を引いてしまったみたいだ。
先日、美那萌の作った世界から無事に帰還できた時のことだ。現実に戻ってこられたことはいいのだが、まさかあそこまで酷い土砂降りになっていようとは。
お陰で庭に転がっていた俺の体は水浸しになっていた。下手したら水溜りに顔が沈んで窒息していたんじゃないかというぐらいだ。
「ま、無事に帰ってこられたわけだしいいんだけどさぁ……」
風邪の治療に専念するため眠りたいところだが、そうもいかない。去り際に美那萌が放った言葉が頭から離れないのだ。
俺は漫画のことを記憶から消したいと思っていたが、今回の件で思い直し、ずっと心に留めておくことにした。人に見られると恥ずかしいことに変わりはないので封印は続行するが、それによって美那萌の目的は達成されたはずだ。
だがそれで終わりではなかった。彼女はまだ俺に何かをさせようとしている。彼女の目的は一つではなかったということらしい。
それが一体何なのか、俺は一体何をさせられるのか、気になっておちおち寝てもいられない。
「宗ちゃん? 入るよ?」
襖がガラリと開いて、お盆を持った優里が入室して来た。その上にはお粥とコップ一杯の水が乗せられている。
「食欲はある? お昼ご飯用意したんだけど、食べられそう?」
「ありがとう。もらうよ。風邪といっても、割と元気だから」
ちょっと寒気はするが、熱も上がっていないし、吐き気や咳もない。薬を飲んで一日寝ていればすぐに治るだろう。
「一般階級の人間は軟弱ね。私は上流階級だから風邪なんて引かないけれど」
「馬鹿だから風邪引かないだけじゃないの?」
「は? 私のどこが馬鹿なのよ」
「そりゃ頭でしょ。それ以外どこがあるの?」
襖の向こう側で出雲と希蝶がグチャグチャ言い合っているのが聞こえる。頼むから静かにしてくれ。頭痛はないが、大きな音を出されると頭に響く。
出雲以外の二人は、今回の件を現実の出来事だとは思っていないようだ。驚くほどリアルな夢とか、そのくらいの認識だろう。
俺だって何も事情を知らず、いきなりあんな世界に飛ばされ、いつの間にか戻って来ていたら、夢か幻だと思っていたはずだ。
二人にもいつか全てを説明しなくてはいけない時が来るかもしれないが、出雲の反対もあってそれは先延ばしにすることにした。
こんな非現実的な話は普通に言っても信じてもらえないからな。きっと話すべき時がそう遠くない内に来るはずだ。
「じゃあ、これお薬ね。食べ終わる頃にまた戻ってくるから」
優里が退室し、俺はまた部屋に一人になった。言い争っていた二人もそれに続いてどこかへ移動したらしい。辺りは一気に静寂に包まれる。
だが、寂しさはもう感じない。この広い屋敷は随分と賑やかになった。足音だけが異様に響き、どこからも生気を感じない幽霊屋敷はもうない。少し歩けばどこかの二人組の喚き声が聞こえてくる。
「ちょっとうるさすぎるのは難点だけどな……」
独り暮らしの長かった俺は、この賑やかさに慣れるまで時間がかかりそうだ。だがもう厄介だとは思わない。今はこの四人での共同生活に期待すら抱いている。
少し前の俺ならば、誰かと同居なんて考えられなかった。一人は少し寂しさもあるけれど、それが俺の生きる道なのだと思っていたから。自分の家に他人の気配がするなんて耐えられないとか、そんなことを言っていた。それが今では、どこかから聞こえてくる足音に安心感を覚えるとはな。
「ん……? 誰か来るな」
その足音は徐々に近づいてきて、俺の部屋の前で止まった。そのまま俺に確認を取ることなく襖が開けられ、鉄仮面の少女が入って来る。
「おま……美那萌⁉ いつの間に家に……⁉」
俺が現実に帰って来た直後、出雲と希蝶と優里の三人も、家に帰って来た。だが美那萌だけは姿を見せないまま、一夜が明けていたのだが。
「塀を跳び越えて勝手に入った」
「……あの塀を跳び越えたのか」
どんな身体能力だよ。今すぐなにかスポーツをやった方がいいぞ。何をやっても天下が取れそうだ。
「それより、今日が何の日か憶えてる?」
「……何の日か?」
え? 何? 記念日を憶えてるか定期的にチェックしてくるタイプの彼女かな?
「こういうのはあれだろ? 大体誕生日だろ?」
「全然違う。私に誕生日なんてない」
外したか。けどそれ以外には何も思いつかないぞ。付き合って一年の記念日とか答えようとしたが、俺と美那萌は言わずもがな付き合っていない。
「やっぱりまだまだ、君にはやってもらわなくてはならないことが多い」
不正解ということで、見事に美那萌さんの怒りを買ってしまったらしい。どうしよう、本当に思い出せないんだけど。何だ? 何かあったか?
「4月9日、この日に起こるイベントがあったはず」
「……イベント? この日に?」
美那萌がこういうのだから、当然漫画の話だろう。言われてみれば、三人の同居者が現れて数日経った頃、俺の漫画では次の展開が起こっていたはず。
「そうか、お前、俺が漫画の内容を忘れてるから……」
「忘れることを止めたのなら、まずは内容を全て思い出すところから始めるべき」
それは……正論ではあるな。あの漫画を腫れ物みたいに扱うのは、過去の自分を否定することにもなる。感謝こそすれ、嫌悪することではないはずだ。そう考え、俺はあの漫画を忘れることを止めた。
ただ、内容を全て思い出したわけではない。自分の描いた漫画の展開を思い出すのは精神的にダメージが……というか、別に細かい展開まで思い出す必要はないのではないかと思ってるんだが……。
「言ったはず。私は彼女たちのことを気に入っていると。君が作り出した少女は三人だけではない」
「……お前、まさか⁉」
「これから書物の内容を全て現実にする。全登場人物を君と出会わせ、君の記憶に焼き付ける。そうすれば私は、彼女らと一つ屋根の下で一緒に暮らせる」
「ばっ……止せ! ヒロイン全員なんて現実に連れてきたらとんでもないことになるぞ!」
「だから君にはやってもらうことが多いと言った。これは自分の作り出したものに責任を持たなかった罰だと思うべき」
美那萌は言いたいことを全て言い切って満足したのか、クルリと体を半回転させて引き返していく。
「ちょっ……待て! 待てって! 考え直してくれ! いくら何でも全員だなんてそんな無茶な……⁉」
体の寒気も忘れて布団から飛び出し、美那萌の後を追おうとした直後、庭の方から爆発のような凄まじい音が聞こえてきた。
「ぐあっ……⁉ なんだ⁉」
いつの間にか姿を消してしまった美那萌を追うのは断念し、廊下を走って庭へと向かう。
そこには普通自動車ぐらいの大きさをした楕円形の物体が突き刺さっていた。その表面には金属のような光沢があり、銀と黒の中間みたいな色をしている。
「この展開……薄っすらと記憶が……」
「どうしたの⁉ さっきの音は何⁉」
「あんた、また何かやらかしたの?」
「なんで私のせいにされるの⁉ またって何! 私がいつやらかしたのよ⁉」
音を聞きつけた三人も加わり、固唾を飲んで見守る中、地面に刺さった金属の物体の一部に穴が空き、中から一人の少女が顔を見せる。
「はー! やっば! ちょっとミスったかも! いやぁ~どうしよう……思いっきり動力逝ったかなぁ~これじゃあ星に帰れないよぉ~」
うわぁ、すげぇ馬鹿そうな奴が出て来た。いや、そんなことはどうでもいい。それよりも、この超非現実的で無理矢理すぎる展開。これは明らかに美那萌の仕業だ。
「漫画の展開を現実にできるなんて言っても、限度があるだろ……」
びっくりするぐらいコッテコテの宇宙人だ。宇宙船が不時着して星に帰れなくなるという親の顔より見た展開。
これ、残念ながら俺は描いた記憶があるぞ……。何を思ったのか唐突に宇宙人キャラを出したんだよ。特に細かい設定もつけず、ただ宇宙人と……。
「え、えっと……宗ちゃん? お友達?」
「そんなわけないだろ」
「上流階級の出番じゃない? ほら、何とかして来てよ」
「む、無理よ! そもそも誰なのよ! ひ、飛行機? でも、あんな飛行機見たことないわ」
三者三様の反応を見せるが、美那萌の力を知っている出雲だけはどこかうんざりしたような顔をしていた。
「ちゃんと始末つけなさいよね。私たちが必要なんでしょ?」
「……うぅ、俺にどうにかできる範囲なのか……これ……?」
ただ一つ言えることは、これをどうにかしないと美那萌は許してくれないということだ。こうなったら覚悟を決めるしかない。
俺の現実は、随分とおかしな方向へ向かってしまった。それでもこれが現実だというのなら向き合うしかない。
また妄想に逃げたら、今度はその妄想が現実になってしまうかもしれないしな。
「ともかく……これからまた賑やかになりそうだな」
ようやくこっちに気づいたらしい宇宙人と目を合わせながら、俺は忘れてしまった次の展開を必死に思い出すのだった。
俺の描いた妄想100%ラブコメが現実になっているかもしれない 司尾文也 @mirakuru888
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます