第14話 また……このパターンかよ……

 あちこちからざわざわと声が聞こえてくる。注目の的になっているのはもちろん俺たちのチームだ。


 クラスでも随一の存在感を放つ活発なスポーツ少女と、高貴な雰囲気を漂わせる生粋のお嬢様と、不思議な空気を纏った謎の転校生と…………誰?

 一番目立たないはずの俺だからこそ、この場では一番目立ってしまっている。なぜあのメンツの中によくわからない男が混じっているのか。そんなことは俺の方が聞きたいぐらいだ。


「何だか、私たちは注目されているようね」

「当然でしょ。優勝候補なんだから」

「いや、そんな問題じゃないと思うが……」


 目立つことに慣れていない俺にとっては、ここはまさに針山地獄だ。無数の視線がチクチクと俺の体を貫き、俺のちっぽけな心に穴を開けていく。


「運動なんてあまりしたくないのだけれど、こうも期待されているのなら手を抜くわけにはいかないわね」

「当然でしょ。足を引っ張らないようにしなさい」

「こっちのセリフよ。ここで無様な姿を見せようものなら、網蜘蛛家末代までの恥になるわ。やるからには必ず優勝するわよ」


 授業のレクリエーションだってのに、やけにモチベーションが高いな。バレーなんかやったことないが、二人は相当張り切っているのでなるべく迷惑をかけないようにしたい。

 とはいえ運動神経の鈍い俺は確実に足を引っ張る側なんだが……どうしようか。


「────試合が始まる」


 耳に息がかかるほどの至近距離でボソッとそんなことを言われ、俺は思わず三歩ほどよろめいた。声の主は俺の間抜けな反応を見て喜ぶこともなく無表情を維持し、ただその双眸に俺を映し続ける。


「み、美那萌か」

「前を見た方がいい」

「え?」


 そう言われて振り向いた瞬間、俺の顔面に何かが勢いよく激突した。


「ナイスレシーブ!」


 ……これは多分出雲の声だな。どうやら俺がボサッとしている間に、試合が始まっていたみたいだ。というか、これのどこがナイスなんだ? 見事に脳天撃ち抜かれてるんですけど?

 これが筋肉ムキムキの男子が放った弾丸サーブだったなら、俺の人生はここまでとなったかもしれないが、幸運なことにこの試合は授業中のお遊びだ。肩より上の高さからサーブを打つことができるのは女子だけ。おかげで命拾いした。


 あまり寝っ転がってもいられないので、ヒリヒリ痛む顔を抑えながら慌てて体を起こす。


「任せて! あたしが!」

「私が打つわ! どいていなさい!」


 ボールは一つしかないのに、その下に二人の少女が同時に駆け込んでいく。出雲は右手を振りかぶり、希蝶は左手を振りかぶる。

 仲が良いのか悪いのか、全く同時に跳び上がった二人は見事に空中で激突し、お互いのタックルに耐え切れず吹っ飛ばされた。


「ちょっ! 何すんの⁉」

「あなたこそ!」


 地面に倒れ込み、ぎゃーぎゃーと喚き合う二人。

 この二人をこんな関係に設定した覚えはないんだけどなぁ……やっぱり昨日の逆立ちの件を根に持っているのだろうか。


 二人がボールに全く触らなかったので、未だボールは中に浮いている。二人が喧嘩を今すぐ中断して、手を伸ばしたとしても間に合いそうにない。このままネットの手前で自由落下し、こっちのコートに落ちるだろう。


 ────と思ったのだが。


 どこからともなく現れた美那萌が、ギャグみたいな超人的跳躍力を見せ、オーバーヘッドシュートみたいに、頭上にあったボールを相手のコートにバク宙しながら蹴り落した。


「……はっ?」


 美那萌以外、この光景を見ていた全員が同じリアクションをしたことだろう。もちろん俺だって例外じゃない。


「足は反則だった?」


 自分が見られていることに気づいたらしい美那萌が、俺に確認を取ってくる。


「い、いや、別に反則じゃないが……」

「……?」

「普通は手で打つ……かなぁ」

「わかった」


 彼女は小さく頷く。俺たちは決して足を使ったことに驚いているわけではないのだが、彼女はそこまで理解しているわけではなさそうだ。


「あ、あたしらも負けてられない!」

「そ、そうね。うん……そうね」


 思わぬ伏兵の登場に、出雲と希蝶は一時停戦する。あんな身体能力を見せつけられては、他の相手と競っている余裕はなくなるだろう。


「次、こっちのサーブだけど、誰が打つ番?」

「ああ、それならローテーション的に……」


 俺と出雲と希蝶は、揃って美那萌を見る。美那萌は黙ってボールを受け取ると、コートの外に出てサーブの体勢に入った。


「ジャンプサーブ……?」


 かなり後方まで下がったので、どうやら助走をつけて打つつもりらしい。バレーのことは詳しくないが、難易度の高いサーブなはずだ。


 天高くボールが投げられ、その真下に向かって美那萌は走り込む。小柄で手足も長いとは言えない彼女のパワーでは、ちゃんとボールが相手コートまで届くのかどうかすら怪しい。


 ────が、それはあくまで一般論だ。美那萌はふわりと宙に浮かぶような跳躍を見せると、ゆったりとした動きで腕を振る。

 その手がボールに当たった瞬間。銃声にも似た破裂音がして、気づけば相手のコートから煙が上がっていた。数秒遅れて、ラインぎりぎりにサーブが打ち込まれたのだということに気が付く。


「だ、弾丸かよ……」

「えぇ……あれ何かしらの反則になるんじゃないの?」

「ルールは守ってるのに卑怯なことをしてる感じがするわね」


 美那萌は涼し気な顔で俺たちに歩み寄って来て、手を顔の横辺りに出し、俺の目を見てくる。


「……ハイタッチしたいのか?」

「隣のチームはしてる」


 体育館内には三つのコートが立てられ、6チームが並行して試合をしている。その様子を見て影響されたらしい。


 別に断る理由もないので、ハイタッチに応じてみた。その次に出雲や希蝶とも同じようにする。


「これで良し」


 表情は全く変わらないが、美那萌はどこか満足げだ。本来のバレーならここでもう一度美那萌のサーブなのだろうが、今回のルールではサーブは両チーム交互に打つことになっている。

 そのルールがなければ、これ以降美那萌以外の誰かがボールに触れることはなかっただろう。


 それにしても、またさらに謎が深まったな。出雲も身体能力は高そうだが、美那萌のそれは別次元だ。シレっとした顔をしているが、今のプレーは高校一年の女子にしては規格外にもほどがある。

 素人目にはプロ級の動きに見えたのだが、センスのある奴なら案外あれぐらい簡単にやってのけるものなのだろうか。


 うーむ……何にせよ、美那萌がただの転校生でないことはもう間違いないな。しかしこれでもまだ、俺は彼女の存在を思い出せそうにない。こんな超人設定のキャラなんていたか……? いたらよっぽど忘れない気がするけどな……。


「────何か考えてる?」


 ふと気づけば、またしても美那萌の顔がすぐ目の前に迫っていた。彼女の眉上で切り揃えられた前髪が、俺の額に擦れている。


「ああ、いや、考え事っていうか……なんというか……」

「多分、君の予想はちょっと外れてる。私は君に作られた存在じゃない」


 海のように清く、澄んでいて、かつ底の見えない深い瞳が、俺の眼球とくっつきそうなぐらい寄せられる。


「お前……今……なんて……」


 美少女の整った顔立ちが超至近距離にある。そんな高揚感を容易く消し去るほどに聞き捨てならない言葉を、美那萌は口にした。


「君の様子をもっと近くで見せてほしい。今日から私も君の家に住まわせてもらうことにした」

「お、おい、何を言ってる? お前は一体……」

「今は、私よりも前を見た方が良い」

「前?────」


 死角から飛んで来たボールが、またしても俺の頭部を殴る。美那萌はその直前で一歩離れていて、容易く難を逃れた。


「ナイスレシーブ!」


 地に伏す俺とは対照的に、ボールは宙に上がる。


「また……このパターンかよ……」


 結局聞きたいことは何一つ聞き出せないまま、俺の意識は暗闇の中に放り込まれるのだった。

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