第13話 なら、私もここに混ざる
いくら何でもそんな勝手なことは許されなかったようで、1分後には美那萌を引きずった優里が教室に戻って来た。引きずられている最中でもずっと真顔だったのはなかなかにシュールだ。
彼女の席は最前列。教卓の正面だった。彼女はそこで背筋を伸ばして着席したまま微動だにせず、授業中であろうと休み時間であろうとその場で硬直していた。
机の上には教科書も出さず、前に立って話をしている教師の顔を穴が空くほど凝視し続ける。俺からは見えなかったが、話によれば瞬きの一つすらしていなかったらしく、これには教師陣も気が散って授業に集中できていない様子だった。
生徒がしっかり先生の目を見て話を聞くというのは、授業の受け方として理想的であるはずなのだが、何事にも限度があるということだな。
「にしても、一体何者なんだ……あいつ……」
しばらく美那萌のことを観察していたが、やっぱり思い出せそうにない。彼女もまた他の三人同様に漫画のヒロインなのだとすれば、自分で描いたキャラということになるのだから、流石にそろそろ少しぐらいは思い出しても良い頃だと思うのだが、その気配は一向にない。
最初に握手をして以降、彼女の方から接触してくることもない。クラスメイト達もどう接していいのかわからないようで、声をかける者はいなかった。ただ噂話を盗み聞きした限りでは、密かな男子人気を獲得しつつあるとか。
あの気だるげな態度と、人間味のない言動が、一部の男子に刺さりまくっているのだとか。このままいけば、希蝶と出雲の二大巨頭に対抗する第三勢力が誕生することになるかもしれない。
俺としてはそんなことより、早く彼女の正体を掴みたいところだ。もう少しヒントというか、思い出すためのきっかけみたいなものを見せてくれるといいんだが。
「────あんた、そんなとこで何突っ立ってんの?」
美那萌を遠目に見ながら考え事にふけっていると、いつの間にか出雲が隣に立っていた。
午後の体育の授業にて。今日は初回の授業ということもあり、クラスメイトとの親睦を深めるため、体育館でバレーボールを行うようだ。
早速チーム分けが始まり、各々仲の良い人や、仲良くなりたい人などに声をかけてメンバーを集めていく。
言うまでもないが、俺は誰かに声をかける勇気などないし、誰かに声をかけられるほどの人気もない。
なのでこうして、端の方で突っ立って、靴紐でも結ぶフリをしながらボンヤリと美那萌を眺めていたというわけだ。
「見てわからないか?」
「チーム組む相手がいないけど、それを誰かに気づかれてお情けで声をかけてもらうのも惨めになるから、こうして誰もこなさそうな場所で息を潜めてる」
「……見ただけでそんなにわかるのか?」
相変わらずこいつは……人の内心をアッサリ看破してきやがる。暴力女のくせに人の心とかわかるんだな。
「今、すっごい失礼なこと考えたでしょ?」
「お前もうエスパーだろ」
表情から読み取っていい情報量を超えてるぞ。どうなってるんだよ。
「そっちがわかりやすすぎるだけでしょ」
「そんな馬鹿な。俺はいつだってポーカーフェイスなはず」
「……本気で言ってるなら、ちょっとヤバイね」
割と大真面目に言ってるつもりなのだが、俺ってそんなに顔に出やすいタイプだったのか。ここまで言われるなんてよっぽどだぞ。
「どうしても心を読まれたくないならお面でも被った方がいいかもね」
「お面被って生活しろと?」
「そうそう。顔は……見せない方が都合が良さそうだし」
「おい、待て。その間はどういう意味だ?」
見せて得になるような物ではないって自覚はあるけどな。そんな可哀想な物を見るような目で見られると、流石に心が砕けるぞ?
「────おーい、出雲ちゃん!」
遠くから男子生徒の叫ぶ声が聞こえる。全身を大きく左右に動かして手を振り、体全体を使って出雲の気を引こうとアピールしている。
「呼ばれてるぞ。チーム組みたいんじゃないのか?」
今日やるバレーはレクリエーションのための変則的なルールのため、男女合同で行う。男子のみアタックやブロックが禁止で、サーブも下から打ち上げる方式だけ。
とにかく力勝負と高さ勝負の要素を排除し、ラリーを続けることに重きを置いた形式にして遊ぶようだ。
女子と一緒にプレーできるルールである以上、男子諸君はほとんど例外なく女子と組みたがるに違いない。そうなれば出雲に声がかかるのは当然と言える。
容姿端麗であることはもちろん、明るい彼女がチームに入れば華やかになる。味方に膝蹴りを入れる危険性に目を瞑りさえすれば、いの一番にスカウトしたくなる逸材だ。
「うーん? あの人はいいや」
出雲は蝿でも追い払うように手を振って、雑に拒絶の意思を示した。
「なんでだよ。あいつ、クラスの中心人物っぽいけどな」
「それが一緒にバレーやる上で何か関係あるの?」
「え? それは……」
「バレーとクラスでの立ち位置なんて、全く関係ないんじゃない? クラスに友達が多ければバレーが上手くなるの?」
真剣な顔で詰められ、俺は何も言えなくなってしまった。
そうだよな。一緒にスポーツをやるんだから、一番に考えるべきなのは自分と相手のレベル差だよな。
あまりに実力差が離れていたら楽しくないだろうし、だからといって運動音痴ばかりが集まってもラリーが成立しない。実力のバランスがなるべく均等になるようにした方が対決も盛り上がる。
「自分みたいなボッチは誰にも誘われなくて当然って考えてるでしょ?」
「……いやぁ、それは……まぁ」
「はぁ……そんなマイナス思考だから余計誘われないんだよ。ただでさえ顔面のクオリティがキュビズムなのに」
「うぐ……酷い言い草だな……」
でも、出雲の言ってることは正しい。そんなことは俺だってわかってるんだ。俺自身が誰とも仲良くなれなくて当然、仲間外れにされて当たり前、みたいな空気を醸し出してるから誰も近づいて来ない。
まるで悲劇のヒロインでも気取ってるみたいに、自分が誰にも相手にされない最下層の人間でいることに安心感を抱いている。
実は俺はそんなに友達が欲しいと思っていないのかもしれない。人付き合いなんて妄想の世界に逃げ続けた俺には重たすぎる。
「あんたって、本当に陰キャなんだねぇ」
「なんだよ。今さら」
「いやいや、ねちねち下らないこと考えてそうな顔してたから」
「本当に何でもお見通しだな……」
「あんたとは、昨日会ったばかりって感じがしないからね」
彼女は俺が中学時代に描いた漫画のヒロインだ。改めて考えてみると頭が爆発しそうになるほど無茶苦茶な話だが、そうとしか考えられない。
そのせいで長い付き合いのように感じるが、彼女とは出会ってまだ二日目だ。その経験の浅さで俺という人間のことをこれだけ理解しているのだから、出雲の観察眼の恐ろしさが際立つ。
「ひょっとして、あんたとあたしって、もっと昔に会ってるんじゃない?」
「……そんなわけないだろ。お前はこの辺に住んでるわけじゃないんだろ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
彼女たちがどういう存在なのか、俺にはまだ何もわかっていない。その正体を突き止めるためには、彼女ら本人を問い詰めるのが一番手っ取り早いのかもしれない。
だがあの漫画のことを本人に話していいものかどうか。それをしてしまうと、何となく彼女らの存在そのものを否定することになるような気がして、今までは避けてきた。
「うーん、なんだろうなぁ。こんな感覚、初めてなんだけど」
どこか遠い目をし、不思議な感覚に困惑している様子の出雲。そんな姿を見せられたら、問い詰めてやろうなんて気持ちは余計に薄れる。
「……うわっ⁉ ちょっと⁉」
俺が出雲の肩に手を置くと、彼女は猫みたいに身軽なジャンプを披露した。
「な、何? セクハラ?」
「違う。ちょっと触ってみたくなっただけだ」
「それをセクハラって言うんじゃないの?」
彼女の肩からは確かに体温や筋肉の動きを感じた。彼女はどこからどう見ても、どう考えても、どう切り取っても人間だ。その感覚が確かに掴めただけで、俺はどこか安心したような気持ちになる。
「次やったら殺す」
「わ、わかったよ。次からは許可を取る」
「許可を出すと思ってんの……? まったく……あーあ、仕方ないから、あたしがあんたと組んであげようかと思ってたのに、気が変わりそうかも」
「え? お前が俺と? そんなことしたら、お前の評判が────」
「だから、そんな気持ち悪いねちねちしたこと考えるなって!」
勢いよく突き出された出雲の人差し指が俺の鼻先に突き立てられる。
「あんた鈍臭そうだし、チームのバランス的にあたしと組んだ方がいいでしょ。あんたもそう思うでしょ?」
「ちょっと、なぜあなたが仕切るのよ。私は同居しているメンバーでチームを組んだら面白いかなと思ってここに来ただけよ」
いつの間にか俺の背後に立っていた希蝶が、出雲と恒例のいがみ合いを始める。
「────なら、私もここに混ざる」
睨み合う二人の間にひょっこりと頭を突き出したのは美那萌だ。相変わらずその表情は人形のように変わらない。
「え……お前が?」
「駄目?」
「駄目じゃないけど……」
「じゃあ決まり」
1チームにつきメンバーは4人。俺、出雲、希蝶、美那萌、とこれで全員集まってしまったことになる。
「……マジで?」
ただの授業中に行う余興だったはずのバレーが、何だか面倒な方向に向かい始めた瞬間であった。
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