第28話 今は私を安心させなさい!
俺はジェットコースターが苦手だ。なぜなら怖いから。あれを楽しむ人間の感性が理解できない。
凄まじい速度で急降下することによって疑似的な落下体験をしているわけだが、それの何が楽しいのか。体に普段の数倍の重力をかけ、危険を垣間見ることに一体どんな快感を見出せというんだ。
スリルが楽しいという奴もいるが、絶叫系のマシンは基本的に100%安全だという大前提のもとで乗るものだろう。
99%安全だけど1%事故を起こすジェットコースターに乗った上で、スリルが楽しいというのなら理解できる。共感はできないが、そういう感性もあるんだなと思う。
しかしそんな奴いないだろう。誰だって皆、絶対に事故らないマシンに乗りたがるものだ。果たしてそこにスリルがあると言ってもいいのかどうか甚だ疑問である。
だから奴らはスリルとかじゃなく、ただただ純粋に落下体験を楽しんでいるのではないかというのが俺の仮説だ。
だからジェットコースター好きとは、両手を挙げて「きゃー」とか言って、地面との距離がみるみる近付いて行くのを喜んでいる変態の集団なんだ。
────無限にも思える時間落下していた俺は、今改めて、この感覚を楽しんでいる奴らの感性の異常さを思い知った。
地面に突然穴が空き、奈落に引きずり込まれる感覚は、まさしく地獄だ。ジェットコースター好きの変態たちは、もしかしてこの感覚すらも「いえ~い」とか言って乗り切るのだろうか。だとしたら認めてやってもいい。お前らは本物の変態だと。
とはいえ、結構早い段階で気絶してしまったので、落下している時の記憶はあんまり残っていない。
もしあれ以上意識を保っていたら、精神がポップコーンみたいに爆ぜるところだったろう。俺の意識のブレーカーは見事役割を果たしたと言える。
「ここは……どこだ……?」
俺が寝そべっていたのは、芝生の上だ。どうやら広大な庭の一角らしい。丁寧に剪定された木によって区分けされ、あちこちに花が咲き誇っている。
顔を上げれば、世界遺産とかでしか見ないような絢爛な豪邸が視界に入る。一瞬まさか異世界の全く知らない文化圏にでも飛ばされたんじゃないだろうかと思ったが遠目には見覚えのあるビルや山なんかも見えるので、それは無さそうだ。
「こんな豪邸、近所にあったかな……?」
山の形はどこもよく似ているが、地元の山かどうかぐらいわかる。というか、あの奥に見える山はうちの屋敷がある山で間違いない。
ならばこの豪邸はうちからそう離れていないということになると思うのだが……いくら何でもこんな巨大な建物が近所にあれば知っているはずだ。なにせ俺は産まれてから十五年間、ずっとこの街で育ってきたんだからな。
「ってことは……これも美那萌が具現化したもの? いや、それか、ここが俺の脳内世界ってやつなのか……?」
だとすれば、この豪邸には一つ心当たりがある。俺の漫画ではもっと雑な描写だったはずだが、とにかく巨大で豪華な洋館を描いた覚えはある。
そこに住んでいるのは、おしとやかで、少し世間知らずなところはあれど、その独特の空気感で周囲を和ませるお嬢様────
「あら? あらあら⁉ 大変! 庭に一般階級の平民が紛れ込んでるわ!」
俺の理想のお嬢様像をぶっ壊す甲高い声が聞こえてくる。だがそれは俺が待ち望んでいた声でもあった。
「あなた、自分が何をしているかわかってる? 不法侵入よ! 学が無さそうだしそんな法律は聞いたことがないかもしれないけど、知らないなんて通用しないのよ!」
「待て待て! 俺だ!」
コソ泥扱いされそうになり、慌てて顔を前に突き出して身元を示す。
「あなた……眞貝君⁉」
良かった。ここが現実とは全く別の世界線とかで、希蝶が俺のことを知らない可能性もあるかと思ったが、その心配はなさそうだ。
「なんで……どうして泥棒なんかになってしまったのよ……」
「い、いや違う! 泥棒になったわけじゃない!」
「実際、不法侵入してるじゃない」
「うぐ……っ」
そう言われるとぐうの音も出ない。こっちとしては自分の家の庭に居たら穴に落ちて、気づけばここにいるだけなので泥棒だなんて言いがかりも甚だしいと主張したいところだが、不法侵入してしまっているのは紛れもない事実だ。
第一、俺は美那萌の所へ繋がるゲートに設定したはず。しかし俺が辿り着いたのは希蝶の前だ。
俺の設定がそのまま反映されるわけではないというのは知っている。ヒロインたちの性格が漫画内と大きく違っていたのが何よりの証明だ。
しかし根本的に全くの別人になっていたわけではない。名前や容姿、その他基本設定は忠実に再現されていた。
にも関わらず、ゲートに関しては行き先が全く別。つまりは根本的に別物になってしまっている。ここには明らかに美那萌の意図が噛んでいると見るべきだろう。
俺とは会いたくないのか……まあ、そりゃそうだよな。今さらどの面下げて会うつもりなのか。彼女に会って何を言うか、まだハッキリと決めているわけじゃない。
とにかく後先考えず思いついた作戦を実行しただけだ。練られていない計画には想定外の事態が付き物。上手くいかなかったとしても、深刻に考える必要はない。
それに、美那萌の所へ行けなかったからといって、失敗というわけじゃない。俺はちゃんと、目的の一つを果たすことができた。
「けど、良かった……また会えて」
消えた三人が、まだ存在しているという保証すらなかった。美那萌の口ぶりから言えば、存在自体を消したということはないはずだと思ってはいたが、確証があったわけじゃない。
「な、なによ。泣いてるの?」
「泣いてない」
「え? ちょっと泣いてるんじゃない?」
「茶化すなよ。せっかく感動の再会だってのに」
「私はまた会えると確信していたわ。だから感動なんてしていないで、ちゃんと上流
階級である私に挨拶をしなさい?」
相変わらずのふてぶてしさに、俺は安心する。けれど、言葉とは裏腹に、希蝶の表情は迷子の子供みたいに弱々しくなっていた。
「お前こそ、泣いてるんじゃないのか?」
「泣いてないわ」
「えぇ? でも────」
「もう! 不安になって何が悪いのよ! 気づいたらいきなり家の前に居て、お父様もお母様も、使用人も誰もいないし! 街にも人の気配がしないし! どうなってるのよ……! もう! もう‼」
希蝶は怒り半分、涙半分で、よだれやら鼻水やらでべっとべとになった顔のまま俺の胸にダイブして来た。
「うわっ! おま……汚いぞ!」
「うるさい! 制服ぐらい後で弁償してあげるわよ! 今は私を安心させなさい!」
人一倍ワガママで、どこか子供っぽくて、意地っ張りな少女。俺の理想とは大きくかけ離れているけれど、そんな彼女も可愛らしい。
俺は力強くしがみついてくる希蝶にされるがまま、しばらく彼女に胸を貸した。
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