第27話 俺はこれを忘れていたんだな……
俺は中学時代、現実から逃れるために漫画を描いていた。そして心身共に成長し現実と向き合えるようになった時、その漫画を恥として封印した。
だがその漫画に使っていた紙は、父さんがどこかから手に入れた特殊な物で、ただの概念でしかなかった美那萌に、妄想を現実に出来る力と自我を与えてしまった。結果、俺は己の弱さを切り捨てた報いを受けることとなった。
俺は三人を取り戻したい。だがそのためには、どうしても美那萌を納得させる必要がある。二つの世界を行き来できる力を持つのは彼女だけだ。彼女の力がなくては俺が泣こうが喚こうがどうにもならない。
だが、きっと彼女はもう二度と俺の前に姿を見せないだろう。探し出そうにも、まだこの世界に留まっているかどうかすら定かではない。
彼女はただの高校生じゃない。とびきり規格外で、常識なんてまるっきり通用しない相手だ。それなら俺だって、規格外で常識に囚われない手段を用いなくては手が出ない。
「俺の記憶が正しければ……まだあるはずなんだ……!」
中学三年生の頃、俺は描いていた漫画を恥に感じて、封印することを決めた。その時、残っていた紙をどうした?
全てを綺麗に使い切ったわけじゃない。途中で封印したのだから、あの不思議な力が宿った紙は今もどこかに残っている。
それは恐らく、俺の部屋の押し入れの中。このいらない物でごった返した窮屈な空間のどこかに、あの古びた紙を押し込んだはず……。
「────あった、これだ!」
中学時代に使っていた筆箱、それとクリアファイル。そこに俺が漫画に使った紙が数枚残っていた。
俺がここに漫画を描けば、それは美那萌の手によって現実のものとなる。それこそが彼女の役割であって、目的とは別だと自分で言っていた。
だとすれば、目的が達せられた今でも、俺が描いたことが現実になる可能性は残っている。
「4月8日午前七時半……今、この瞬間を舞台に設定すれば……!」
何かが起こるかもしれない。俺が美那萌の説明を間違って理解しているなら、この仮説は全くの見当はずれとなる。それでも、現時点で俺が考え付く最良の作戦であることに変わりはない。
「漫画を描くのも半年ぶりか。なんか変な感じだな……」
二度と描くことはないと思っていたのに、人生何が起こるかわからないものだ。相変わらず俺の絵は見るに堪えないほど下手くそで、漫画と呼ぶのもおこがましいほどの落書きでしかない。
それでも、妄想のまま、理想のまま、誰の目を気にするわけでもなく殴りつけるみたいに描きまくっていたあの頃は楽しかった。ペンを握って用紙に向かえば、その頃の気持ちが蘇って来る。
「俺はこれを忘れていたんだな……」
気を引き締め、ペン先を紙に擦り付ける。後先を考えて躊躇ったりはしない。あの頃の俺と同じように、ただがむしゃらに、頭に思い浮かんだ絵を目の前の真っ白な世界に叩きつけていく。
この状況を打開し、理想を掴み取るための展開。やはりそれは、俺が美那萌の前へ行き、彼女を説得する以外にない。
美那萌が宇宙の果てに居ようが、別世界に居ようが、あっという間に彼女のもとへとたどり着かせてくれるゲートさえあれば、それが可能になるはずだ。
4月8日、眞貝宗作は家の庭に突如出現したゲートに飛び込み、鏡美那萌のもとへと向かう。そんな展開を勢いに任せるがままに描き上げて、俺は庭に飛び出した。
入学式の日に設定した展開は、かなり形が変わってはいたものの、ちゃんと入学式の日に起こった。それも登校中という時間帯までピッタリ。
そして俺が今描き上げたページは、現時刻のこの場所を舞台にしている。ならば俺が描いた通りの展開が起こるはず。
「……何も起きないな」
────待つこと十分。指定した時間はもう過ぎてしまった。だが一分単位で正確に実現すると確定しているわけではない。まだ希望はある。
「クソ……やっぱりこんな急造じゃ駄目なのか……?」
うちの庭はいつもと変わらずそこにある。どこをとっても普段の景色と変わらない普通の庭だ。
俺は庭のど真ん中に扉が出現する絵を描いた。円形の扉で、枠がボンヤリと光っており、その内側は異空間と繋がっているみたいにぐにゃりと光が屈折している。
扉は浮遊していて、空間そのものに穴を開け、強引に繋げたような構造になっている。なので扉とはいっても、ドアノブを回して開閉するわけではない。ただその穴に飛び込むだけだ。
……そういう設定にしたのだが、何も起こらない。
「だったら他の方法を……」
もう少し時間を遅らせてみるか、と考えて屋敷の中へ戻ろうと一歩踏み出したのだが────その足は地面を踏みしめることなく、宙をかいた。
「えっ?」
俺の画力の問題なのか、美那萌の嫌がらせなのか、あるいは元々描いてある内容とズレるのが仕様なのか、それは俺の足元に何の前触れもなく現れた。
まさしく落とし穴。俺の描いたゲートは予想とは大きく違う形で出現した。半分足が入り、完全に重心を崩してから落ちたと気づいても遅すぎる。
しかもこの穴、歪んだ光で満たされていてその先がどうなっているのか全く分からない。すぐ向こう側に繋がっているわけではなく、縦長のトンネルみたいな構造になっているようだ。
つまりここを移動するということは、即ちいつ底が見えるかわからない穴に落下することを意味するわけで。
「嘘っ……だっ……⁉ うわあああぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」
そう気づいても、俺の反射神経では枠に手を引っかけて堪えることもできず、つるんと滑って落ちていく。
大体理想通りの展開になったはずなのに、俺はもの凄く情けない声を出しながら扉をくぐる羽目になった。
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