俺の描いた妄想100%ラブコメが現実になっているかもしれない
司尾文也
本編
妄想ヒロインは常識外れ
第1話 ごめんね~蹴っ飛ばしちゃった?
あの若かりし中学時代、俺は毎日のように漫画を書きなぐっていた。今となっては思い返すだけで顔から火が噴き出そうなくらい恥ずかしい超駄作だ。
人間は自分に都合の悪い記憶を上手い具合に消去して生きていく生き物だ。その恥ずかしい過去も高校生になった今、大半が忘却の彼方にある。
しかしそう都合よく、忘れたい記憶を忘れられるわけでもないので、覚えている部分もある。それが風呂に入ってる時や、寝ている時なんかに、唐突に脳裏に蘇ってきて、俺を悶え苦しませるのだ。
漫画の内容はこんな感じだった。
勉強もそこそこ、運動もそこそこ、顔の出来もそこそこ、そんなどこにでもいる冴えない中学生、
この妄想自体はまあ、そこまで恥ずべきことでもないのだが、問題はここに登場する眞貝宗作というのが作者である俺自身だという点だ。
俺は自分自身を自作の漫画の中に登場させ、次から次へと登場するヒロインたちに何の理由も脈絡もなく惚れさせていったのである。
あれは口に出すだけで血反吐を吐きかねない危険なものだ。二度と人目につかないように、家の蔵の奥深くに封印し、存在を抹消したのが半年前のこと。あの機密文書のことは誰にも知られてはならない。そして俺も、サッサと忘れることにしようと心に決めた。
「そんなことより、現実のことを考えないとな」
成長することを見越して、やや大きめに仕立ててもらった制服。何を持っていけばいいのかよくわからず、とりあえず文房具と教科書類を大量に詰め込んだ鞄。この日のために新調したピカピカのスニーカー。
そう、今日は高校の入学式だ。自作漫画の第一話が、高校の入学式から始まっていたので、ふと思い出していたのである。
なので忘れたい思い出を頭に浮かべては、苦虫を噛み潰したような顔をしている暇などない。今、俺がすべきことは、いかにして高校生活のスタートダッシュをバッチリ決めるかを考えることだ。
とりあえずキャラ付けから決めないとな。中学までの、何の属性も持たない、無味無臭で、パッとしないキャラとはおさらばするとして、高校ではどうするか。
学校行事に鬱陶しいほど真剣に取り組む熱血キャラか、はたまた周りから一歩引いた位置で見守るクールキャラか、所構わず女子を口説きまくるキザキャラか、一言でクラスを爆笑の渦に巻き込む芸人キャラか。
どの路線でいくのか、自分の力量とも相談しながら、予め決めておかなくては高校生活のスタートダッシュに失敗する羽目になる。
とはいえ、俺にはそう選択肢が多く用意されているわけではない。これといって特技がなく、自慢できることもなく、何の能力も持たない俺にできることなんて限られている。
そうだな……せいぜい、クラスメイトを束ねるリーダー……の背中に張り付いてイエスマンを務める腰巾着キャラが関の山かな。
しかしあれはあれで、己を殺して徹底的に他者を礼賛し続けなければならない苦行だからな。俺にそんな精神力があるかと問われると怪しい。
だったらいっそ突き抜けて不良キャラとかどうだろう。机の上に座ったり、同級生に焼きそばパンを買いに行かせたり、授業をサボったりするだけなら、何の能力もいらないし誰でもできそうだ。
……まあ、そんなものになって何が楽しいんだという気もするが。俺はあくまで高校で浮きたくないだけであって、個性的なキャラになりたいわけじゃないんだ。
「ううむ……マジで選択肢がないな。俺だけ周りの奴よりスキルポイント少なすぎやしないかねぇ? 神様も適当な仕事しやがる」
自分の能力を伸ばすための努力をこれといってしてこなかった俺が悪いのだが、入学式を二時間後に控えた今になってそんな後悔をしても遅すぎる。
こんなことなら、漫画なんか描いてないで、何かスポーツでもやっておくんだったなぁ。そうしたらバラ色の高校生活がエンジョイできたっていうのに。
高校まではあと二十分ほどで到着する。このままじゃ、高校も中学同様つまらない三年間になりそうだな。また漫画を描いて現実逃避……なんて、あんな過ちは二度と犯したくないっていうのに。
「そういや、あの漫画は登校中から始まるんだよな……」
早く忘れたいはずなのに、こうしてうだうだ悩んでいると勝手に頭に浮かんできてしまう。
確か高校入学初日、学校へ向かう道のりの途中で、あのベタなセリフが聞こえてきて────
「────いっけな~い。遅刻遅刻!」
そう、確かそんな感じだった。まったく、我ながら一体いつの時代のラブコメだっていうのやら。そもそも、俺は朝に強いんだ。遅刻しかかってる女子生徒と遭遇するような時間帯に登校したりしない。
……って、待て。今、本当に何か聞こえなかったか?
「この角の向こうから聞こえたような……」
ここは住宅街なので、あちこちに人がいる。きっと誰かの叫び声を空耳しただけだろう。そうは思いつつも、念のため、生け垣の角から恐る恐る声のした方向を伺ってみる。
「────はい、邪魔! どいてどいて!」
その瞬間、脳みその中心で爆発でも起こったかのように、ぐらりと視界が歪んだ。
「ぐはっ……⁉」
数秒遅れて理解する。顔を出した瞬間、走り込んで来た通行人が、狙いすましたかのように俺の顎に膝蹴りを叩き込んで来たのだと。
「な……何事……⁉」
「あれっ、ごめんね~蹴っ飛ばしちゃった? でもさ、男の子なんだから女の子の蹴りぐらいかわせて当たり前じゃない? それができなかったってことは、そっちの怠慢だよね? じゃああたしに責任はないってことで!」
朦朧とする意識の中、そんな傍若無人なセリフと、馬の尻尾のように揺れる金色の長髪だけを辛うじて捉える。そして気絶寸前、シャットダウン直前の脳みそで思い出す。
ああ、俺が描いた漫画の展開も、確かこんな感じだったなぁ────と。
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