第10話 転校生が来るんだってさ
突然住人が三人も増えた我が家だが、部屋だけは無駄にあるので寝床に困ることはない。まさかこの大量の部屋が役に立つ時が来るとはな。
風呂は広いし、トイレも複数箇所ある。四人で住むことになったとしてもなんら問題はない。どちらかといえば、こんな広い家に一人で住んでいたことの方がおかしいのだ。
夜は色々考え事が頭を巡り続けていたせいで全く眠れず、結局朝まで一睡もできなかった。
俺の当面の目的は、消えた漫画の残り部分を探すことだ。それがこの奇妙な現象について詳しく調べる唯一の手掛かりだろうからな。漫画そのものも重要だが、より重要なのは漫画を持っている人物の方だ。そいつが今回の黒幕である可能性が高い。
漫画の登場人物を現実に持って来れる相手……だと考えるとかなり不気味だが、このまま放置しておくわけにはいかない。なにせ俺の人生最大の恥の大部分を未だ所有したままなのだ。絶対に捕まえて、口を封じておかなくては。
「それ以前に……こっちはこっちで問題だな」
今日は入学式の翌日。昨日欠席した俺にとっては初の登校日だ。高校生活のスタートダッシュをどうするのかという当初の問題は何一つとして解決していない。
こんな超常現象が起こった後では実に小さな悩みのような気もするが、今後の三年間を大きく左右することなのだから、決して軽く見ていい問題ではない。
「────ほら、忘れ物ない? 筆箱は? 生徒手帳は? 教科書は?」
一体どうやって教室に入ろうかあれこれ考えている間にも、俺の周りを優里が心配そうにうろうろしている。
まるで手術室の前で待っている患者の家族みたいな動きだ。ただ学校に行くだけなのだからもう少し落ち着いてほしい。
「なぜこうも早く家を出る必要があるのかしら? 車で三十分程度でしょう?」
希蝶は早起きを強いられたせいか機嫌が悪い。あるいは昨日の醜態がまだ脳裏にこびりついているかもしれない。
「車で行かないからでしょ」
対して、出雲は元気そうだ。俺と同じで朝に強いタイプなのかもな。
「……冗談でしょう? ここから学校まで歩いて行けというの?」
「電車に乗るんだよ。歩いても行けないことはないが、それならもっと早起きしないと間に合わないな」
「あたしは全然余裕だけどね。交通費考えたらそっちの方が得だし」
出雲はその場で軽快な腿上げを披露してみせた。よく見るとかなり引き締まった筋肉を持っているし、身体能力は俺より上かもしれない。
「送迎車がないなんて、不便極まるわね」
「希蝶は体力無さそうだもんね~車じゃないと疲れちゃうかぁ」
「ち、違うわ。別に余裕よ。ただ、その、時間がかかると思っただけよ。私はあなたたちとは違って色々やることがあるのだから」
「というかそもそも、俺たち揃って家を出る必要があるのか?」
俺がボソリと呟いた一言に、三人の視線が一気に集まる。
「な、なんだよ。ただそれぞれの都合で同居してるだけなんだし、一緒に学校に行く意味もないよなって思ったんだけど……」
急に見つめられると妙に緊張して、やたらと早口になってしまう。俺みたいな人種はあんまり人に見られるのに慣れてないんだ。あんまり注目しないでくれ。
「そんなこと言っちゃだめよ宗ちゃん。ちゃんと皆で一緒に行かないと」
「わ、私は別にどうでもいいけど……松江さんが道に迷うかもしれないし」
「え? あたしが? うーん、その可能性は無きにしも非ずかも」
正直登校の時は一人の方が気楽というか、ただでさえ家が同じなのだから、それ以外の時間は別で行動したいのだが、そんな願いはあえなく却下された。
ヒロインが複数いるラブコメを読むたびに、こんな美少女に囲まれるなんて羨ましいにも程があると思っていたが、あれは距離を置いて見てるからこそだったんだな。
いくら可愛いからといって、こんな訳のわからない連中と一緒に住まなければならないなんて負担が大きすぎる。せめてもう少し常識を備えていてくれさえすれば、気も楽なのに。
何より正体不明だってことが一番怖い。漫画のキャラクターが現実になった存在だと、昨日は結論付けたが……一晩明けて改めて考えてみると意味不明すぎる。結構本気で怖くなってきた。
これ、滅茶苦茶大掛かりな詐欺だったりしないよな? うちは家が大きいだけで、金はそんなにないぞ?
「宗ちゃん。そろそろ行かないと遅刻しちゃうんじゃない?」
「え? あ、ああ、そう……だな」
時計を見れば、昨日俺が出発したのと大体同じ時刻を指していた。昨日は入学式だということもあって早めに出たのだが、今日も念のため余裕をもって登校した方が良さそうだ。
なにせ隣にはこの変人たちがいる。急に出雲が豹変して俺をブン殴ってきたり、どこからともなく車が現れて二人だけを乗せて行ったり、そういう突飛なことが起こらないとも限らない。
不測の事態はどれだけ想定しておいても足りない。昨日がまさにそうだったように今日もまた登校を断念せねばならないほどのトラブルが起きる可能性は大いにある。
「それじゃ、出発! ほらほら、行くよー」
意気揚々と先頭に立つのは出雲。ブツブツと文句を言いながらも、希蝶がその後に続く。俺はしつこく忘れ物チェックを促してくる自称姉の優里を振り切り、最後尾につけた。
「なんで縦に並ぶのよ。これじゃ会話できないじゃない」
「何? 私たちと話したいの?」
「ちが……そういうわけじゃ……」
ちなみに俺は全然話したくない。今は自己紹介のフレーズを考えるので頭が一杯なんだ。狂人たちとの会話に興じる余裕はない。
「ああ、そういえばさぁ。あんた、なんで昨日学校に居なかったの?」
「…………」
「聞いてる? えっと……あんた名前なんだっけ? あれ、よく考えたら一度も名乗られてなくない? うーんと、優里の弟くーん」
「変な呼び方するな! 俺の名前は眞貝宗作だ!」
優里を姉として扱われるのは違和感が凄い。父さんは俺の姉だとして認識していたが、俺はまだ認めたわけじゃない。ただ認めざるを得ないような状況に追い込まれているだけだ。
「で、宗作はなんで入学式いなかったの? え、いなかったよね?」
「どっかの誰かに蹴り飛ばされて気絶してたからな」
「え? 蹴り飛ばされた? それ酷くない? ちゃんと警察に行った?」
「お前のことだよこの暴力女! なんで忘れてるんだよ⁉」
俺が絶叫すると、出雲は数秒間ボーっとした後やっと思い出したようで、気まずそうに頬を掻いた。
「い、いやぁ~なんか登校中にドン臭い人がいたから勢いでブッ飛ばしちゃったんだよねぇ。あれが宗作だったのかぁ」
「どんな倫理観の世界で生きてんの? 鎌倉時代の武士じゃないんだから。目の前に来た人をいきなり攻撃したら駄目なんだよ」
「ちょーど膝蹴りが入りそうな位置に頭があったからさ。あまりの丁度良さに思わず体が反応しちゃったんだよね」
これ弁明する気あるのか? 何が思わず反応しちゃったんだよね、だ。普段から人を蹴り飛ばすことだけを考えて生きてるのか?
「そもそも、よく彼が学校に居なかったことを把握してるわね」
希蝶は出雲の野蛮さには一切反応せず、シレっと話題を変えてくる。
「ん? あたしは結構人の顔と名前覚えるタイプだよ? あの高校、生徒そんなに多くなかったからすぐに頭に入ったし」
「すごいわね。私なんてあなたの名前ももう忘れたのに」
一瞬嫌味を言ってるのかと思ったが、これは多分本気だな。その証拠に、出雲が立ち止まって振り返った理由が分からず、あたふたしてるし。
「……あんたやっぱ馬鹿じゃん」
「ばっ……馬鹿じゃない! 憶え辛い名前してるあなたが悪いんでしょう!」
「普通忘れないって。あたしの名前なんてむしろ憶えやすい方でしょ」
希蝶は猛抗議するが、こればかりは出雲が正しいと思う。俺も人の顔と名前を記憶するのは苦手だが、それでも二人の名前は憶えたからな。
まあ、昔自分がつけた名前のはずだし、憶えて当たり前か。正確には思い出したと言うべきだな。
「────あ、そういや宗作。あんたは休んでたから知らないと思うけど、今日からうちのクラスに転校生が来るんだってさ」
「は?」
雑談の延長で気軽に放り込まれた爆弾発言に、俺の足が硬直する。
まだ、入学二日目なのにもう転校生? それ、前の学校入学前に辞めてない?
この意味不明な展開。嫌な予感がする。猛烈にする。とりあえず転校生をぶっこもうという雑な感じには、実に中学時代の俺の妄想らしさがある。
「俺……もう帰ろうかな……」
今日もまた、高校生活スタートダッシュは切れないかもしれない。そんな絶望を感じ、俺は呆然と空を見上げるのだった。
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