第17話 神と宇宙人は同系統なの?
屋敷の離れは、元々使用人の住む場所だったという話を聞いたことがある。今の我が家にはそんな人を雇う経済的な余裕はないので、ただただ定期的に掃除をしなくてはいけないだけの用途の無い建物だ。
しかし屋敷の中で密談をしようと思うなら、ここ以上に適した場所はない。母屋からは少し離れていて周りには何もなく、誰かが近づいて来れば窓から見えるので、盗み聞きされる心配はない。
「ここなら落ち着いて話ができるだろ」
建物内で最も大きい和室で、向かい合うように座る。美那萌は惚れ惚れするほど綺麗に正座しているが、俺は気にせず胡坐をかくことにした。
「それで……色々聞きたいことがあるんだが」
「可能な限りで答える」
「じゃあ、単刀直入に聞くが、俺の漫画を持ち出して、その登場人物を現実に引っ張り出したのはお前か?」
「そう」
美那萌は悩む間もなく答えた。あまりにも早い解答に、俺の心の準備の方が追い付いていない。
「え……それは、イエスってことでいいんだよな?」
「松江出雲、網蜘蛛希蝶、眞貝優里を現実に召喚し、君と引き合わせたのは私なのか否かという質問に対する私の答えは肯定。そう理解してもらって何ら間違いはない」
黒幕にしてはアッサリしているというか……もっと色々な証拠を集めつつ追い詰めていくものかと思っていたのに……急に出てきて普通に認めたな。自分から正体も白状しているし、隠すつもりはないのか。
「聞きたいことはそれだけ?」
「なっ、いや、これだけのわけないだろ! まだまだ沢山ある!」
しかし随分と唐突過ぎて、大量にある疑問を上手く整理しきれない。一体何から聞いていけばいいのか……。
「まず……そうだな……お前は一体何者なんだ? 漫画のキャラを現実に持って来てるってことは、信じ難いけどもう認めるしかない。でも一体どうやってそんなことをしてるのか……」
「それは答えられない」
さっきの質問には簡単に回答した美那萌だったが、今度は首を横に振った。
「……なんでだよ。散々好き放題やったんだぞ? それぐらい教えてくれてもいいんじゃないのか?」
「答えられないというのは、情報を開示できないという意味ではなく、そもそも情報を理解することが不可能という意味」
「……不可能? どういうことだ?」
「君の理解力では、私の説明を聞いても内容を解せない」
「俺が馬鹿だから説明しても意味ないってこと?」
「そう」
「そう、じゃねぇよ。なに澄ました顔でとんでもないこと言ってんだ⁉」
しかし彼女の発言も、決して悪意によるものではない。どう考えたって、こんな超常現象、俺の理解の範囲内で収まるものじゃないからな。聞くだけ無駄というのは一理ある。
「それなら、具体的に説明してくれなくてもいいからさ。ザックリでもいいから。何もわからないってのはちょっと気持ち悪いし」
「どうしても答えが欲しいなら……私のことは架空という概念だと思ってくれればいい」
「……概念?」
死ぬほど訳がわからなくなってきたな。普通ならとんでもない電波女ってことで今すぐにでも家から摘まみ出すところだが、こいつが今回の件の黒幕であることはほぼ間違いないからなぁ……実際にトンデモないことをしでかしているからには、このトンデモ発言にも一定の信憑性が生まれてしまうわけで。
「これでは説明が足りないか。けれど、もし私の素性を一から説明しようと思えば話がとても長くなる。それでもいいなら説明しても良い。そうしたところで君には理解できないことに変わりはないけれど」
「わかった……わかった。お前の正体を聞くのはやめよう。えっと、多分、神様とか宇宙人とか、そういう系統のあれだろ。きっと」
「神と宇宙人は同系統なの?」
「俺にはよくわからんという点では同じだ。とりあえず……人間じゃないってことなんだろ?」
「そうとも言い切れない。今の私の容姿はどこからどう見ても人間であり、肺で酸素を取り込み、心臓から全身に血液を送り、脳で物を考えている。三大欲求も備わっているし、こうして人間とコミュニケーションも取れる。そもそも人間の定義が曖昧であることからも、私を人間ではないと断言するのは難しい」
うーん……もう意味が分からない。もう一人誰か通訳が欲しいなぁ。こいつと二人きりでの会話は頭が痛くなってくる。
「わからないなら、生物の脳とこの宇宙を自由に行き来できる存在だと思ってくれればいい」
「余計にわからなくなったんだが?」
「君の脳から、君の漫画に描かれていた登場人物たちを、この宇宙に連れて来た。それができるのが私。それだけ理解できれば充分」
宇宙だとか脳だとか、相変わらずとんでもないスケールで話が進んでるが……もうこれ以上この部分に突っ込むのはよそう。どうせわかりっこなさそうだ。それに俺が知りたいのは多分こういうことじゃないと思う。
「じゃあ、次の質問だ。お前の目的は?」
「答えられない」
「……また理解できない話か?」
「そうではなく、私の目的を君に語ると、私の目的が達せられなくなる。だから話せない」
秘密にしなければならないってことか。それにしては簡単に素性を明かしたが、目的を達するために近くに置いてほしいけど、その目的が何かは言えないってことなのか……?
「それは随分と都合の良い話じゃないか? 何を考えているのかわからない奴を家に置けって言うんだろ?」
「駄目?」
「そりゃ……駄目だろ。常識的に考えて」
「でも、あの三人は普通に住んでる」
「うぐ……いや、だって、あいつらは……」
出雲たちも、ただ美那萌ほどの不気味さはないってだけで、美那萌と同じくらい正体が謎な存在であることに変わりはないんだよなぁ。
そういう意味では、じゃあ自分だって問題ないはずだという美那萌の主張には一定の正当性がある。
「そもそも。あいつらに家に泊まっていいって許可を出した覚えはないんだよな。過去の俺が良いって言ったらしいんだけど、それもお前の仕業ってことだろ?」
「私のしたことが原因ではあるけど、私が意図的にしたわけではない。彼女らをこの宇宙に連れて来るにあたって、世界が再構成されただけ。君が改変前の世界の記憶を維持しているというだけで、過去に許可を出していることは事実なはず」
「ああ、そうだ。それも聞きたかったんだ。父さんは優里の存在を知ってたけど、俺は知らないってのはどういうことだ? なんでこんな齟齬が生まれる?」
「彼女らは元々、君の脳内で産まれた者たちだから。君の認識まで再構成されてしまうと、パラドックスが起こる可能性がある。君に最初から姉が居たら、君は架空の姉を産み出すことはなかっただろうから」
「……なるほど」
理屈は辛うじて理解できたが、相変わらずスケールの大きい話だ。俺は今、美那萌の話を半信半疑どころか、どこか虚言のようなつもりで聞いている。
これは事実なのだろうと認めなくてはいけないことは理解しているのだが、いかんせん俺の頭はそう柔らかくない。
「他に聞きたいことは?」
俺が信じる信じないに関わらず、美那萌はただ淡々と俺の質問に答える。まだまだ聞きたいことはあるが、これ以上情報を詰め込まれても処理しきれそうもない。
そういえば、まだ大事なことを聞いていなかった。これを聞かずして美那萌への質問を打ち切るわけにもいくまい。
「お前は漫画のキャラであるあの三人を、俺の脳内から現実に連れて来た。その方法は説明しても理解できないし、動機は目的を達成するために説明するわけにはいかない……と、そういうことでいいんだな?」
「それで概ね間違いはない」
「ということはだ。お前は蔵から漫画を持ち出し、読んだということなんだな?」
「解釈次第ではそうとも言える」
「その漫画は今、どこにある?」
「私の中に」
「……中?」
「あの書物はこの宇宙での私の依り代になっている。あれがあるからこそ、私はこうして君の前に具現化できているし、人間らしく振舞えている」
美那萌の発言に、猛烈な嫌な予感を覚える。何だか最悪のパターンが俺を待っているかのような、一番聞きたくない事実を聞かされるような。
「俺の漫画が……お前の依り代?」
「そう。あの書物こそが、私という概念と、この宇宙を繋げている」
「って……ことはさ、お前ってもしかして、俺が描いた漫画そのもの……とか、そういう話になっちゃったりするわけか?」
「漫画そのもの……うん、そうか。君にわかりやすく伝えるなら、そういう説明の仕方もあったか。そう、私という概念は君の描いた書物によって、人間らしい自我を獲得した。それはあの書物の内容が私の意識を構成する要素であると言えるわけで、捉えようによっては、私はあの漫画そのものであると言ってもいいのかもしれない」
そう言い切った美那萌の声を聞き、俺の体温が急速に下がっていくのを感じる。過去とは封印しようが、逃げようが、無視しようが、絶対に追いかけてまとわりついてくるものであり、必ず目の前に立ちはだかる。
俺の一生の恥が、ついに自分の足で俺の前に現れやがった────どうやら、その事実を俺は認める他ないらしい。
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