第3話 これ、ドッキリってやつ?

 おかしい。何かがおかしい。何もかもがおかしい。もはや呪われてるんじゃないかというレベルだ。


 一体俺が何をしたというのか。よりにもよって、高校入学初日という三年間で最も大切な日にこの仕打ち。何かとんでもなく罰当たりなことをやらかしたとしか思えない。しかし俺にそんな心当たりはない。


「クソ……何がどうなってんだ」


 とりあえず、もう絶対に間に合わない入学式は諦めて、俺は家に帰ってきていた。


 なんかもう、学校に辿り着く気力も失せてしまった。入学式に途中参加なんてしたら異様に目立つだろうし、俺は耐えられない。学校に行ってもどうせ中に入れないんだったら、もう帰ってしまっても同じことだ。


 きっと今日、式が終わった後で自己紹介とかするんだろうな。そこで気の合いそうな友達を作ったり、ひょっとしたら一目惚れした相手に告白していきなり付き合い始めたりするかもしれない。


 俺はその流れに完全に乗り遅れてしまった。この遅れは非常に大きい。

 例えるならば、100メートル走のスタートで、ピストルの音が鳴るのを聞いてから靴を履き始めるくらいの遅れだ。もう致命的に逆転不可能な差がつく。


 要領の良い奴ならまだ挽回の余地はあるかもしれない。自己紹介の場などなくとも自ら積極的に動いて関係を作っていき、存在感をアピールして、クラスでの居場所を確保する。

 上手い奴なら一日で成し遂げてしまうだろう。だが俺には三年かかってもできない芸当だ。


 なんというか、経験の差ってやつなのかな。そういうのは中学時代からバリバリ活躍していた実績があるからこそ自信を持ってやれるわけで、俺みたいな中途半端な奴がいきなりそんなことできるわけがない。

 他人に自分がどう見られるのかを気にしておどおどしている奴には無理だ。やっぱり現実はクソだな。フィクションの世界に逃げたい。


「……って、そういうのは卒業したんだっての」


 現実逃避はもうやめると誓ったんだ。自分だけに都合の良い世界なんて存在しないのだから。ちゃんと目の前の現実に向き合わなければ。


 しかし……今日のところは逃げてもいいことにしよう。流石にイレギュラーが重なりすぎた。これは撤退もやむなしだ。俺の判断は間違ってない。入学式をサボって家に帰って来るのも仕方のないことだ。


 そんな誰に向けてのものなのかもよくわからない言い訳をしながら、俺は家の門をくぐった。


 父方の先祖がここら一帯の大地主だったとかなんとかで、家はやたらと広い。

 昔ながらの和風屋敷で、部屋は旅館が運営できそうなぐらいあるし、バスケができるほど広い庭もある。

 しかし別に大金持ちというわけではない。大昔はすごかったのかもしれないが、今となっては持っている土地もここだけだし、それも考古学者の父さんの稼ぎじゃ税金を払うのも一苦労だから、売り払おうかと検討しているところだ。


 俺としても、無駄にある部屋を掃除するのはかなり手間なので、家が小さくなるのなら大歓迎なのだが、先祖代々の土地というのは手放すのにも色々としがらみがあるらしい。

 そのせいで、うちは大した金もないのにだだっ広い家に二人暮らしをする変な家族になっている。しかも父さんはほとんど家に帰ってこないので、実質的には一人暮らしだ。


「ただいまー」


 誰もいない家に挨拶をする。返事などあるはずもないのだが、昔の名残でついついしてしまう。


「────はいはーい、おかえりー」


 …………ん?


 おかしいな。今何か聞こえたような気がしたんだが。きっと幻聴だよな。うん。頼むからそうであってくれ。


「随分早いじゃない? 入学式はもう終わったの?」

「うわあああああっ⁉」


 あまりにもハッキリ返事が聞こえてきて、思わず絶叫してしまった。これでは幻聴だと思い込むこともできない。明らかに誰かの声がしている。


「……何叫んでるの? ゴキブリでもいた?」


 廊下の奥から姿を見せ、ゆっくりと玄関に向かって来るのは栗色の髪の女性だ。長さは顎まで届く程度で、ふわりと丸みがかった毛先からは優しげな印象を受ける。

 恐らくは二十歳前後だと思われるが、小動物のようにくりくりとした丸い目をしていて、やや幼いイメージを与えてくる。


 ……いや、そんなことはどうでもいい。なんだコイツは。なんで家にいるんだ。


「何? なんでそんなポカンとしてるの? 死人でも見たような顔して」


 彼女はさっきから、自分がここにいるのが当然であるかのように振舞っている。そうも堂々とされると、ひょっとして俺がおかしいんじゃないかと思えてくる。


 しかし何度考えても、ここは絶対に俺の家だし、こんな女を俺は知らない。この家はそこそこ山奥にあるから、周りに住宅はない。なので天地がひっくり返ったとしても隣の家と間違えるなんてことは有り得ない。


 それに、そもそもこの人、俺を知っている様子だ。ひょっとして、俺が記憶にないほど大昔に一度だけ会ったことのある親戚とか?

 親戚の集まりにはあんまり出ないので把握していないが、眞貝家には親戚が大勢いるらしいからな。いとこだって何人いるのか知らないし、その内の一人がひょっこり顔を出したとしてもわからないだろう。


「あぁ……えっと……悪いんだけど、どちら様ですか?」


 もし昔に一度会っているのなら、心苦しいところではあるが、ここは変に知ったかぶっても仕方あるまい。素直にわからないと伝え、名乗ってもらわないことには話が進まない。


「えぇ? 嫌だなぁ、もう。宗ちゃんったら」


 宗ちゃん……? あだ名だと……⁉

 俺をあだ名で呼ぶような人間がまだこの世にいたのか? そんなに親しかったのなら絶対に忘れないと思うのだが。

 俺はただでさえ交友関係が狭いんだ。宗ちゃんなんて呼んでくる人がいたら記憶に残るに決まっている。


 それに、宗ちゃんと呼んだということは、やはり俺の名前を知っているということだ。これで空き巣に入ったが、予想より早く住人が帰ってきたので、知り合いのフリをして逃れようとしている頭のおかしい奴という線は薄くなったな。

 まあ、ブカブカのTシャツ一枚にホットパンツというラフな格好で上がっている時点で、泥棒である可能性は低いと思っていたが。


「────お姉ちゃんのこと、忘れちゃったの?」

「……は?」

「あ、なになに? これ、ドッキリってやつ? ああ、もう! 弟のくせに生意気だぞ!」

「……は???」


 俺、もしかしたらちょっと疲れてるのかもしれない。まだ昼前だけど、サッサと部屋に戻って寝よう。なんかもう、それぐらいしかすべきことが思い当たらない。

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