第24話 これが私の目的だったから
出雲を見つけ出せたのは、すっかり日が傾いた夕方のことだった。
ベンチ一つとブランコしかない寂れた公園で、古びたブランコに座る彼女を見つけ俺はホッと胸を撫で下ろす。
もし俺が目を離している間に彼女まで消えていたら、探しても探しても永久に見つからないところだった。
「いず────」
俺の声は萎んで消える。彼女の小さな背中を見ていると、あまり無神経に近寄るのは憚られた。
希蝶が消えた瞬間、俺は落ちた缶ジュースを見ていた。だが出雲は多分、希蝶のことを真っ直ぐ見ていた。いなくなる瞬間を見てしまったはずだ。
あの時、何が起こっていたのか俺にはわからない。気づけば希蝶がいなくなっていた。俺にわかるのはそれだけだ。
何の前触れもなく人が消滅する瞬間を見てしまうという恐怖は想像を絶する。あの出雲がこんなに取り乱すほどだ。心に深い傷を負ったに違いない。
だから、迂闊に声をかけられない。こういう時、なんて言えばいいのか俺には全くわからない。
俺に高度なコミュニケーション能力があれば、この場面でも瞬時に最適解を見つけ出すことができるのかもしれないが、言わずもがな俺にそんな能力はない。
「────見つけた」
しばらく遠目から出雲を観察していると、後ろから美那萌が近寄って来た。
「急に教室からいなくなったから、探した」
「あ……ああ、そういえばそうだったな。もうすっかり学校のこと忘れてた」
高校生活のスタートダッシュがどうこうとか考えていたのが遥か昔のことのように感じられる。
初日は無断欠席、二日目はバレーで悪目立ちし、三日目は朝から教師に暴言を吐いて出て行った切り戻らない。もう伝説級の問題児になってしまったな。
「松江出雲は一緒じゃないの?」
「ああ、出雲ならそこに」
俺はブランコに座る出雲を指差す。美那萌はその姿を確認するや否や、躊躇なく距離を詰めていこうとする。
「ちょ、ちょっと待った」
「……何?」
「実は、あれから希蝶までいなくなってな。今、だいぶショックを受けてるみたいなんだ。本当はお前に相談しに行こうと思ってたんだけど……」
「それで?」
「だからあんまり下手に声をかけるのはどうかなって……」
「事情はわかった。けれど、放置しておく意味がわからない」
……ですよね。ここで変に足踏みしてる俺の方がおかしいですよね。そんなことはわかってるんだけど、かける言葉が見つからないんだから仕方ないじゃないか。
「じゃあ、お前はどうするつもりなんだよ」
「どうもこうもない。彼女には用事がある」
「……用事? だから、今それどころじゃないんだって。そうだ、お前ならわかるんじゃないのか? 消えた優里と希蝶がどこへ行ったのか」
「朝も言ったけど、それはわからない」
「じゃあ、どうやったら戻って来るのか、とか」
「それならわかる」
予想以上にあっさりと、解決の糸口が見つかった。あまりに予想外だったので数秒間固まってしまったぐらいだ。
「ほ、本当か?」
念には念を入れ、もう一度確認を取る。聞き間違いだったんじゃないかとか、冗談なんじゃないかとか、そんな可能性もないわけではない。
「本当」
改めてそう答えられ、俺は一安心して長い息を吐いた。なんとかなるなら良かった良かった。それなら出雲も元気になるだろう。
「それで、どうしたらいいんだ? 俺にできることなら何でも言ってくれ」
「その前に、彼女に用事がある」
「……そういや、さっきも言ってたな。なんだ用事って」
「君にもある。ついてきて」
美那萌に促されるまま、俺は隠れていた物陰から出て、出雲の前に立った。
「宗作…………と、美那萌……か」
出雲はどこか冷めた目で俺たち二人を見る。何時間バレーの練習をしても疲れ一つ見せなかった彼女だが、今はその顔に疲労の色が滲んでいる。
「……そっか。そういうことか」
自嘲気味に笑い、深く項垂れる出雲。その反応の意味が分からず、俺は答えを求めるように美那萌を見た。
「松江出雲、私は君に用がある」
「……そうじゃないかなって思ってたよ。まだよくわからないけど、流れ的にはそうかなって」
「眞貝宗作、君はそこで見ていてほしい」
「……? お、おう」
何もわからぬままとりあえず承諾すると、美那萌は出雲に近づき、その肩に手を置いた。
「君の役目はもう終わった。元居た場所に帰るといい」
美那萌がそう囁いた直後、出雲の体は形の曖昧な光となり、あっという間に散り散りになって消滅した。
「────⁉」
驚きのあまり、声も出ない。指一本動かすことも、一歩前へ進んで光をかき集めることもできない。全細胞が硬直し、脳からの指示を拒絶していた。俺にできるのは目を見開いて驚愕することだけだった。
「見た? 見た? 良かった。これで私の目標は達成された」
「お前…………今、何を……したんだ?」
状況が呑み込めない。非現実的なことはこれまでに何度もあった。幻じゃないかと思ったことは数えきれない。しかしこれほどまでに現実感のない光景を見たのは初めてだ。
「君の望み通り、彼女には消えてもらった」
息を荒げ、目を血走らせ、ありとあらゆる感情を暴走させながら、僅かに残った理性で状況を整理しようとしている俺を横目に、美那萌は冷たくそう答える。
「お前が……消したのか?」
「そう」
「何を言ってる? お前……一体何をしてるんだ? まさか、優里と希蝶も……?」
「私が消した。彼女たちはこの宇宙の住人ではないし、最初から時が来れば消すつもりだった。本当はもうしばらく放置しても良かったけれど、君が案外早く感情移入し始めたから」
美那萌の言っている意味が分からない。到底受け入れられない。何が何だかよくわからないまま、ただ頭に血だけが上っていく。
「冗談はよせよ……早く三人を戻してくれ」
「断る」
「……なんでだよ⁉ お前が消したんだろ⁉ だったら戻せるよなぁ⁉」
「戻せる。でもしない。これが私の目的だったから」
俺は怒りに任せ、美那萌の胸ぐらを掴んだ。
小柄な彼女を持ち上げる程度の筋力すら、俺には備わっていない。それに彼女の身体能力なら、本気を出せば俺ぐらい一捻りだろう。
だからって、感情を抑えられるわけじゃない。暴力の衝動を理屈で抑えられるほど俺は賢くないのだ。
「何をそんなに怒ることがある? 君自身が言っていたじゃないか。誰にも見られたくない生き恥だと」
「な……何を……」
「君は確かに言っていた。そして感じていた。彼女らの存在を自分の恥だと。彼女らを産み出したことを後悔もしていた。誰の目にもつかぬよう、薄暗い場所に封じ込めて忘れようとした。そんなに消えてほしかったのなら、何の問題もないはず。なぜそうも感情的になる」
手が震えているのを感じる。美那萌が静かに並べ立てる言葉の全てが、俺の心の奥深くに突き刺さった。お前には怒る資格すらないと言われているような気がした。
「けれど、その怒りも私の目標の内。これは私から君への復讐。私を一方的に蔑んだ君に、報いを受けさせる。結果は良好。その顔が見られて良かった」
表情は変わらない。だが美那萌の声は心なしか弾んでいて、とても楽しそうに見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます