第30話 そんな泣きそうな顔されると……困っちゃうなぁ

 希蝶は怖がって家から動けなかったらしいが、他の二人も同じようにどこか一か所に留まっているとは限らないわけで。


「え、えっと……二人でなにしてるの? 電車ごっこ?」


 希蝶の性癖が暴走したせいで、感動の再会が台無しになってしまった。いや、台無しどころか、新たな問題が今まさに発生しようとしている。


「ああ……これは、その……」

「宗くんがどこかへ消えないように、飼い慣らしているところよ」


 希蝶はなぜか自信満々の態度で、世間話でもするみたいにそう言った。


「飼い……?」

「姉さん! そんなことより、もっと大事な話をしよう!」

「今の所、弟の変態性以上に大事な話が見つかりそうにないけれど……」

「待って。俺じゃないから。変態なのはこいつの方だから。最悪でもここだけは主張させてほしい」

「えぇ……? どうもこの首輪は受けが悪いわね……前に見た映画では上流階級の人たちがこぞってやっていたのに」


 その上流階級の人たちは絶対に悪役だったと思うが……お前はいいのかそれで。


「とりあえず、外してもらっていいですかね?」

「仕方ないわね……絶対に、いなくならない?」

「ならないならない」


 希蝶の首輪から解放された俺は、優里に事情を説明することで事なきを得た……と言っていいのかどうか。とりあえず俺の趣味ではないってことだけはわかってもらえたはずだ。


「────私、朝ごはんの準備してたはずなのに気づいたらここに居て……一体どうなってるの? かれこれ丸一日ぐらい彷徨っているのに誰とも会わないし」

「俺たちも今から探しに行こうと思っていたところなんだ。無事に合流できて良かった」


 流石年長者と言うべきか、希蝶よりも長時間この謎の世界に居るはずなのに、優里は落ち着き払っている。自分の足で街中を探索するという行動力もすごい。


「あなたもここがどこだかわからないのね。……怖くはないの?」

「もちろん怖いよ。けど、宗ちゃんと希蝶ちゃんに会ったらそんな気持ちも吹き飛んじゃった。これがお姉ちゃんパワーってやつかな?」

「どうなってんだそのメンタル……」


 お姉ちゃんパワーって……馬鹿みたいな名前だが侮れないな。姉という生き物は皆例外なくこの力を持っているんだろうか。だとすれば恐るべき生態だ。


 これで消えたヒロインはあと一人。全員と合流できた後は、この世界から出してくれるよう美那萌に何とかして頼みこむしかない。


「宗ちゃん、ひょっとして何か心当たりがあるの? ここから出る方法について」


 これも持ち前のお姉ちゃんパワーか。俺が考えていることなど、姉にはお見通しということらしい。


「ああ、望み薄だけど、一応ある」

「な、そういうことは早く言いなさいよ! で? 何? どうするの?」

「……悪いけど、説明はできない。でも心配しないでほしい、俺が何とかするから」


 美那萌のことを話すわけにはいかない。全てを説明しようと思えば、漫画のことにだって触れなくちゃならなくなる。恥ずかしいからとかではなく、彼女らに余計な負担をかけないために、知られてはならないことだ。

 それに、元はと言えば俺が引き起こした事態だ。俺がこの手で解決する以外に方法はない。


「本当に大丈夫なの?」


 優里は俺の手を取り、真剣な顔で俺を真正面から見つめる。

 俺もたった数日で随分と馴染んだものだ。この自称姉のことを、過保護な実姉としか思えなくなっている。


「大丈夫。すぐに皆で家に帰れるよ」


 だからこそ、俺は彼女と本音で向き合う。この言葉は気休めなんかじゃなく、希望的観測でもなく、俺の決意表明だ。


「……そっか、わかった。じゃあ宗ちゃんを信じるね」


 俺の真意を汲み取ってくれた優里は、首を縦に振って納得してくれた。その重たい信頼が心地よく感じる。


「ところで、姉さんは目が覚めた時どこにいた?」

「家の前だけど?」

「私と同じね。私も家の前にいたのよ」

「どうやら皆、自分の家に飛ばされているらしいな」


 となると、順当にいけば出雲も実家の前にいるはず。しかし彼女の家はこの街の中にはない。それどころか、確か県外にあると言っていたはずだ。


 俺は出雲に出身地の設定なんてしていなかったはず。していたとしても、もう記憶にないので特定のしようがない。

 だが、ここが美那萌の作り出した世界であるという俺の仮説が正しいなら、この空間はそんなに広くないと思う。せいぜい漫画で登場する範囲を再現している程度ではないだろうか。


 ならば出雲は一体どこにいるのか。希蝶や優里と同様に家の前に飛ばそうにも、この範囲には彼女の家はない。

 美那萌は三人の行方をわからないと言っていたし、その言葉を信じるならば、どこに飛ばすかまでは彼女の与り知るところではないということになる。


 それに、希蝶のようにずっとその場で留まっているとは限らない。優里と同じように街中を動き回っていることも考えられる。

 出雲の性格から考えれば、本来なら後者である可能性が高そうだが、消える直前のショックの受け具合を見るに、あまり積極的に動ける精神状態ではなさそうだ。


 どこかに留まっているのならこっちから動いて見つけ出したいが、二人と違って居場所の見当がつかない。もし動いているのなら、出会えるかどうかは運任せになってしまう。優里と遭遇できたのは幸運だったが、それが続くとは限らない。


「俺が出雲なら、どこへ行くだろうか……」


 なんて考えても、彼女の思考を完璧にトレースすることなんてできない。逆の立場ならば、出雲は簡単に俺の思考を読んできそうではあるがな。

 やっぱり心当たりを一つずつ見て回るしかないな。手分けするのが一番効率的だとは思うけど、連絡手段の無い中で下手にバラバラになったらまた一から探し出さないといけなくなるかもしれない。


「よし、二人は俺の家に向かってくれないか。もしかしたら出雲はそこにいるかもしれない。俺は他の心当たりを調べてから向かう」


 俺には美那萌との対峙も残っている。二人と一緒に行動するよりも、単独行動にした方が効率が良さそうだ。


「え、別行動するの?」

「わかったわ。じゃあ行きましょう。希蝶ちゃん」

「は、早いわよ! なんでそんなすぐ受け入れるのよ!」

「お姉ちゃんは宗ちゃんを信じてるのよ」


 希蝶は人数が減ることに心細さを感じているようだったが、頭では別行動することの利益も理解している様子。しばらくの葛藤の末、彼女は渋々ながら俺の単独行動を認めてくれた。


「なら眞貝さん。この首輪を……」

「私はつけないよ?」

「どうしても?」

「そんな泣きそうな顔されると……困っちゃうなぁ」


 この二人の組み合わせには若干の不安を感じるものの、変な化学反応を起こさないよう祈るばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る