第6話 ついに宗ちゃんも反抗期かぁ

 俺は受話器を置き、父さんとの通話を切った。

 父さんは海外にいることが多いので、電話をする時はいつも時差に気を遣っているのだが、今回ばかりはそんなものを気にする余裕もなかった。どうしても一刻も早く確認せねばならないことがあったからだ。


 確認を取った結果としては────俺には姉がいるとのことだった。


 実は隠し子がいましたとか、そういう話ではない。父さんが言うには、姉は俺が産まれた時からずっと傍にいて、一緒にこの家で育ってきたらしい。

 突然現れたわけではなく、初めからそこに居たのだと。何を当たり前のことを聞いてくるんだと、呆れられてしまった。


 だが、今さら言うまでもないことだが、俺は姉の存在など知らない。俺は小六の時に母さんが死んでから、ほとんど一人で暮らしてきたんだ。姉がいたなんて話は荒唐無稽が過ぎる。


「ちょっと、どうしたのよ宗ちゃん。急に部屋を飛び出して」


 俺を追いかけて来た自称姉の顔を改めて見る。


 確かに言われてみれば、母さんと少し似ている気もする。母さんの髪は茶髪ではなく混じり気のない黒髪で、腰まで伸びるくらい長かったので印象がだいぶ違うが、顔の造りだけを見れば血の繋がりを感じなくもない。

 ただ、それはそう思い込んでみればの話だ。俺の姉であることを確信できるほどの根拠にはならない。だから、確かめてみる必要がある。


「お前、名前は?」

「何よ。お姉ちゃんの名前ぐらい知ってるでしょ?」

「いいから」

「……眞貝まがい優里ゆりよ」


 自称姉は不服そうにしながらも答える。


 優里────それは電話で父さんが言っていた名前と同じだ。海外にいる父さんと事前に打ち合わせでもしていたというのなら大したものだが……それにしても、あの写真については説明がつかない。

 小学生ぐらいの俺と、優里が家の前で並んでいる写真。あんなものを撮った記憶はもちろんないが、合成にしては出来過ぎている。もはやただのいたずらだと思えるレベルはとっくに超えてしまった。


「これは……どういうことなんだ?」


 存在していなかったはずの姉が突然現れ、父さんもそれを当然のように受け入れていた。これはつまり、おかしいのは俺の方ってことか?

 今朝、登校中に蹴り飛ばされた時に、記憶がポロッと抜け落ちたとか? でも、俺が間違っているなんて到底信じられないな。昨日までは絶対姉なんかいなかったはずなんだ。

 俺以外の全員がいると言っても認められない。それぐらい、俺は俺の記憶に自信がある。


「えっと、優里、確認したいことが……」

「優里じゃないでしょ?」

「……え?」

「お姉ちゃんでしょ?」


 薄っすらとした微笑みを湛えながら、優里は強烈な圧をかけてくる。


「……優里」

「お姉ちゃん」

「……姉さん」

「お姉ちゃん」

「いや、姉さんはいいだろ」

「はぁ~ついに宗ちゃんも反抗期かぁ。お姉ちゃん悲しいかも」


 なんだコイツ、面倒臭いなぁ。俺にしてみれば今日初めて出会った赤の他人なんだぞ? それをお姉ちゃんだなんて呼べるわけないだろ。


「とにかく姉さん、聞きたいことがあるんだけど」


 ここは姉さんで妥協してもらおう。これでもかなり恥ずかしいんだ。これ以上恥を重ねたら、俺の心臓が爆散してしまう。


「なぁに? お姉ちゃんにわかることならなんでも答えるわよ?」

「……そうだなぁ」


 聞きたいことが多すぎてまとまらない。今、俺は一体何を確認するべきなのだろうか。一旦、状況を整理するところから始めるか。


 今日は高校の入学式で、俺は気合を入れてかなり早めに家を出た。しかし登校中に通り魔と性悪お嬢様に出会い、入学式への参加を断念して帰宅。すると家には自分の姉を名乗る頭のおかしい変な女がいた。

 この三人の女が、どうも俺が昔描いた漫画のヒロインに似ているので、一応確認をしてみようかと思ったら、封印しておいたはずの場所から漫画が序盤の一部だけを残して消えていた。


 これは漫画を盗み出した誰かが、俺に手の込んだ嫌がらせをしていると確信し、自称姉の優里を問い詰めてみたところ、彼女が本当に自分のことを俺の姉だと認識していることが判明した。

 しかも父さんに確認を取ると、どうやらそれは事実らしいというところまでわかったのが現状だ。


 うーん……整理できてるのかこれ? 余計にこんがらがってきたな……。


 一番有り得るのは、漫画をもとに嫌がらせをしてきている可能性だと思っていたけど、父さんがそんないたずらに付き合うとは考えられないんだよな……。


「なあ、蔵にあったお菓子の空き缶。知ってる?」

「お菓子の? さあ? あの中に何があるのかなんてよく知らないけど」

「じゃあ……漫画のことも?」

「漫画? あの中に漫画なんて置いてるの?」


 嘘……を言っているようには見えないなぁ。その眼は純粋そのもので、心から弟を可愛がる姉のそれにしか見えない。

 俺に向けてくる親愛の心は、到底演技で出せるものじゃない。これが演技だというのなら、俺はもう何を信じていいのかもわからない。


 一旦ここは彼女の発言を信じるとして、そうなると、漫画の行方は分からないままということになるな。


 この異常事態と漫画の展開が似ていることには関連性がある気がしてならない。しかし漫画の大半は失われてしまい、記憶からも抹消してしまった。

 何かきっかけがあれば思い出せるかもしれないが、頭を捻って唸っているだけでは、失った記憶を取り戻せそうにない。


「もし漫画の展開通りなら、次は何が起こるんだ……?」


 俺が俺を主人公に据えて描いた痛すぎるラブコメ漫画は、元気で明るいスポーツ少女と、おしとやかなお嬢様と、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる姉という三人のヒロインが登場するところから始まる。

 ここまでは残っていた部分から確認できた。細かい設定は全然一致していないが大まかな流れは今の所合っている気がする。


 となると、次に起こる展開は何になるのか。どれだけ記憶を掘り起こしても、その解答は得られそうにない。


 気になるところではあるが、今は漫画を探している場合でもないかもしれない。あれを失ったことは俺にとって命にかかわる一大事だが、突然自称姉が湧いて出て来たことの方が重大事件だ。漫画の捜索は当面後回しにするしかないな。


「────ああ、そう言えば宗ちゃん。今日は例の子たちが来る日じゃない?」

「……例の子?」


 思い当たる節がなく、首を捻る。


 ……ん? 思い当たる節が……本当にないのか? なんか薄っすらと覚えがあるような気が……。


 ────ピンポーン。


 軽快な電子音が鳴り、門の前に来客が訪れたことを示す。


「……こんなところに人が来るなんて珍しいな」

「宗ちゃん。悪いけど、見てきてくれる? 私は準備をしておくから」

「準備?」


 一体何の準備だと尋ねる前に、優里は小走りで去っていってしまった。


 繰り返し鳴らされるインターホンを放置するわけにもいかず、俺はサンダルを履いて門を開けに行く。


「はいはい、どちら様?」


 俺には家に招待するような友人はいないし、来客に心当たりもない。どうせしょうもないセールスか何かだろうと思いつつ、気だるげに外へ出た。


「こんにちは────ってあれ? あんた今朝会った軟弱者じゃない?」

「あら、あなたは今朝会った裏切り者じゃないの」


 そこに居たのは、登校中に出会った二人のならず者たちだった。

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