妄想世界はほどほどに

第22話 なんで知らないんだよ⁉

 いつまで経っても顔を見せない美那萌を叩き起こし、俺たちは学校へと向かうため登校時間にギリギリ間に合う電車に飛び乗った。


「まったく……優里さんは一体どこへ行ったの? あれだけ探したのに見つからないってことは、もう家にはいないってことだよね?」

「そうだな。今日は何か用事があって、早く学校に行かなきゃいけなかったのかもしれない」

「あんなに急にいなくなるかな?」

「うーん……早く行かなきゃいけないことを急に思い出したとか?」


 それにしたって、朝ご飯を床に叩きつけ、それを放置したまま家を出るなんて、優里がそんなことをするとは考えにくい。

 だが、家のどこを探しても見つけられなかったのだから、もう学校へ行ってみる以外に心当たりなんてない。


「どうしたのかしら。私、何か怒らせるようなことでも言った……?」

「言ったか言ってないかでいえば言ったでしょ。明らかに見下すようなこと言ってたじゃん。一般階級だからどうとかって」

「それは……だって……」


 もしかして自分が原因なのではないかと不安になり始めた希蝶は、さっきからオロオロと落ち着かない様子。

 確かに希蝶の上から目線な態度は、人によっては我慢ならないかもしれない。しかし優里はそんなことで怒ったりしない。


 じゃあなんで急にいなくなったのか。その答えまではわからない。後で本人に直接聞いてみるしかないな。


「あーあ、あの優里さんを怒らせるなんて相当だねぇ」

「やっぱり私のせい? 私のせいなの?」

「そうに決まってるじゃん。それ以外には考えられないんだから」

「うぅ……謝ったら許してもらえるかしら……」


 出雲は半分冗談でからかっているようだが、希蝶はかなり本気で狼狽えている。そわそわと指を組んだり離したり回したり、あっちを見たり、こっちを見たり、かなり挙動不審だ。


「美那萌、お前何か知ってるか?」


 俺は二人には聞こえないよう、こそっと耳打ちした。


「何かとは?」

「優里がいなくなったことについてだ。優里と出雲と希蝶をここに連れて来たのはお前だろ? だから何か事情を知ってるんじゃないかと思って」

「彼女の行き先が知りたいと? それならば私に知る由はない。彼女らは私がこの宇宙に連れて来たというだけで、私の支配下にあるわけじゃない。どこへ行ったのかなんて把握していない」


 美那萌なら何か知ってるかもと思ったが、その当ては外れてしまった。

 全知全能とまではいかないまでも、美那萌に不可能なことがあるイメージがなかったので、優里の行方をしれっと知っていてもおかしくないと思ったんだが。


「もうすぐ駅に着く。時間に間に合わない危険性が高いなら、急いだ方が良い。遅刻はよくない」

「……そうだな。初日欠席の俺としては、今後は遅刻欠席早退はなるべくゼロで行きたいところだ」


 これ以上変なイメージがついたら、もうあの高校で生きていける気がしない。今後は優等生として、とにかく悪目立ちしないように生活しなくては。


 電車から降りた俺たちは、四人揃って学校へ向けて全力疾走した。唯一の男子ではあるが、一番遅いのは言うまでもなく俺だ。へとへとになりながらも何とか時間内に教室へとたどり着き、一息つく。


「────おーい、全員席着けー」


 それとほぼ同時に、教室に若い男の教師が入って来た。あと三十秒遅ければ遅刻扱いだったな。なんとかギリギリ間に合ってよかった。

 しかし見たことの無い教師だな。うちの担任は宮部とかいう女教師だったはず。もし彼女が不在なら、代わりに来るのは昨日と同様優里ではないのか?


「今日も宮部先生は休みだから、昨日に引き続き俺が代わりにホームルームを担当するぞー」


 俺の疑問に答えるように、男はそう伝えた。しかしそれは、俺の疑問を一切解消してくれないどころか、さらに特大の疑問をぶつけてきた。


……?」


 こいつは一体何を言っているんだと思った。ひょっとして、言い間違えたのだろうか。

 昨日このクラスのホームルームを受け持ったのは優里だったはずだ。昨日は俺も登校したのだから間違いない。クラス全体の前で宗ちゃんだなんて呼ばれて恥をかいたのは記憶に新しい。


「あ? どうした? 何かあったか?」


 不審に思っている俺に気づいたらしい男は、やや不機嫌そうに俺に聞いてくる。自分の話に茶々を入れられたと感じたようで、今にも怒鳴りつけてきそうなほど顔をしかめている。


「えっ……あ、いや……その……」

「眞貝先生はどうしたの? 昨日は眞貝先生が担任代わりだったはずなのに」


 口ごもる俺に代わって答えたのは、近くの席に座る出雲だ。彼女もまた俺と同じ疑問を持ったようで、聞きたいことを代わりに聞いてくれた。


「はぁ? 何を言ってるんだ。昨日は俺が担当しただろ。それに、眞貝先生って誰のことだ?」

「へ……? いや、うちのクラスの国語の担当で……」

「おいおい、国語の担当は俺だろうが! なんだ? 俺の授業に不満があるから変えてくれってか?」


 男は意味不明な文句を付けられ、苛立ちを隠す気もなく声を荒げる。しかし意味不明なのはどう考えてもそっちの方だ。


「不満とか、そういう話じゃなく……」

「なんだよ。じゃあなんだ? 俺の話を遮って下らない話をしやがって。後で職員室に来い!」

「いや、だからそうじゃなく……」

「うるさいぞ! ホームルームの邪魔をするなら出て行け!」

「……っ」


 男は全く聞く耳を持たず、一方的に出雲の話を遮断した。その態度は、何だか俺たちや優里のことを馬鹿にしているような気がして、俺は我慢できなかった。


「眞貝優里、この学校にいる国語教師だろ⁉ なんで知らないんだよ⁉」


 ────気づけば、机を叩いて勢いよく立ち上がりながら叫んでいた。


 普段黙っている奴が急に大声を出したせいか、教室はしんと静まり返る。さっきまで不機嫌そうだった男も蔑むような目で俺を見たまま硬直している。


「あぁクッソ……」


 やってしまったと思った時にはもう遅い。クラス中の注目が俺に集まっていて、全員が全員、奇妙なものを見る目をしていた。


 俺は逃げるように教室を飛び出す。本当は朝からずっと嫌な予感はあったんだ。でも考えないようにしていた。

 しかしさっきの男と、クラスメイトの反応、あれらを見せられてしまえば俺の予感は当たっていたんだという確信が得られてしまう。だから俺は冷静さを失って、あんな風に叫んでしまった。


「ちょっと! あんた、どこ行くの!」


 振り向くと、後ろから出雲と希蝶が追いかけてきていた。俺の足の速さでは二人との距離が離れるわけもなく、あっという間に追いつかれる。


「何よ。あなた、どうしたの? あの男のことは気に食わないけど、あんなに怒る必要ないじゃない」

「……確認しに行こう」

「確認って、何を?」

「優里がこの学校に勤務してるかどうか、確認するんだ」


 二人は不思議そうに顔を見合わせ、首を傾げる。俺だってあまり考えたくはない話だ。しかし大いに有り得る話でもある。


 なにせ彼女は突然現れた。本来存在しないはずの、俺の姉として。だったら何の前触れもなく突然消えたとしても不思議はない。眞貝優里なんて、そんな人間が存在した事実はないとばかりに、一切の痕跡が消えていたとしてもおかしくない。


 そんな考えが頭を過ってしまえば、確かめずにはいられない。俺はその足で職員室に向かい、眞貝優里のデスクを探した。


「────はぁ? 眞貝? そんな人うちにはいないよ? というか君らさぁ、まだホームルーム中なんじゃないの? あのねぇ、君ら、そういうとこからちゃんとしていこうよ。そうじゃないと、誰も協力してくれないよ? 先生に用があったのかもしれないけど、まず名前をちゃんと確認しないといけないし、第一来るなら休み時間とかじゃないと…………」


 ただでさえ鬱陶しい説教が、今日ばかりは本当に遠く感じた。俺はだらだらと語り続ける中年教師の話を最後まで聞くこともなく、職員室を出た。

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