第17話 不死の皇帝、修羅場に会う
「ごめんなさいローエン様。どうしても外せない用事が……。祈りの時間だけは教徒も一緒に行う必要があるのです。お一人にするダメな私を嫌いにならないでください」
「義務ならばしかたがないんじゃないかな。飯も食ったし用もたした。今は別に用事はない」
朕はこれみよがしに手錠をガチャガチャやってみせる。どこにもいけねーよという諦めた顔をするのが肝要だ。
「では少しだけお側を離れます。すぐ戻ってきますので――絶対に、どこにも、行かないでくださいね」
「行けるはずないだろうが。ちくしょう」
妖艶かつあどけない笑顔を見せ、キサラは身をひるがえして『愛の巣』から去っていった。と、思ったらまた一瞬顔を出して、ちゃんと朕がベッドにいることを確認してきた。
こっわ。すぐ動かなくてよかった。
朕は気配が完全になくなったことを読み取り、口から足元に向けて『パンに仕込まれていた針金』を吹く。ベッドに落ちてきらめく針金がこの状況を打破する命綱だ。
「ぐ、もう少し柔軟をしておけばよかったか。攣りそう」
足の指で針金を掴み、そのままベッドの頭に当たる位置につながれている手に渡す。キサラはカギを見せつけていた。フェイクの可能性もゼロではないが、この手錠は物理的な要因で開けることができるかもしれない。
朕のスキル『怪力』や『軟体』、『形状変化』を強制的に無効化する恐るべきアーティファクトを、是非とも持ち去らないといけない。こんなのだだ甘やかしと病み介護をされ続けたら。いつかキサラのこと『ママーー!!』って呼びそう。
カチカチとロックに挑むこと数分。ガチン、という喜ぶべき音が鳴った。
よし! よし! これで朕は自由だ。
「……いかん、音を出してはならないな」
キサラが無警戒で部屋を空にするはずもない。どこかに見張りがいると予測する。先ほどあえて『教徒全員で祈る』とかほざいてたが、必ず保険をかけているだろう。
「ドアは……む、ロックなし。外に気配もなし。天井、ベッド、窓に仕掛けは……」
む。そっと窓の外を見てみると、太陽に煌めく光が見えた。
それは透明の細い糸だ。
脱出したときに切れるように張られており、よくよく見ればドアの隙間にも挟まっている。あぶねー。この大陸の神子はワイヤートラップ使うのかよ。
くそ、困った。無制限に能力を使って暴れるという選択肢もあるが、それをやるからにはディアーナ教団をことごとく潰さないといけなくなる。
それにアーティファクトがどれほどまでに朕の力を制限するのかも不明だ。
下手に証拠を残すとマリカたちがターゲットになるだろう。それだけは避けなくてはならない。
コツコツ。天井から叩くような音がした。
コツコツコツ。間違いない、ネズミなどではなく、誰かがいる。
「何か棒のような長いもの、よし、この杖でいいか」
下から朕もコツコツと返す。
ギィ、と天井の一枚が外れ、中からペストマスクを被った教徒が顔をのぞかせる。
教徒は縄梯子を静かに落とし、指でくいくいと上がってくるように指示する。それに従い登りきると、相手はマスクを脱いで見知った顔を晒した。
「ほんとよわっちぃんだから、おじさんは」
「やはりミィだったのか。すまん、助かった」
「もっとざこをいじめたいんだけどさー。あのキサラっていうの、マジで頭おかしいから早く逃げた方がいいかもね。十八にもなって信仰こじらせてるとああなるよねー」
君十三歳だよね。妙に達観してるね。
やはりキサラは同僚から見てもやはりドン引きなんだろうなぁ。人格がころっころ変わるから、何が地雷だかわからんよ。
「ざこのおじさん、ついてきて」
ミィに従い、朕たちは天井裏をはいずる。ときたま木のきしむ音が大きくなるので、そのたびに動きを止めている。
「ねえ、ざこおじさん。あれ見える?」
天井板を少しずらして、ミィが指さす。
「スカスカおじさんは目も悪いのかな」
「スカスカなのはお前だよ」
すまん。絶対に言うべきでないことがある。ミィ、お前スカートでなぜこのミッションに臨んだ。それから下着をはけとあれほどわからせたのに、学習しない子だよ。
「すまん、ここからじゃ見えん。何がある」
「聖女様が来てる。あーこれはやばやばかも、キサラと胸倉掴み合ってるし」
うそでしょ。何があったディアーナ教。ツートップが真下で乱闘騒ぎとか、宗教崩壊するぞ。
朕が心配することでもないなと先を急ごうとしたら、威嚇し合う大声が聞こえてきた。
「手を離しなさい、聖女シャマナ。貴女は今各地で巡礼をしているはず。どうしてここにいるのですか」
「ボクは物資の補給に立ち寄っただけ。で、何あの有様。教徒を使い走りにさせて自分は男を飼ってるとか、神子も落ちたものだね。指導者様が見たらどういうことになるかわかってるの」
「父上には『どのような手段』を使っても『笑顔で了承』してもらいます。貴女が心配することではありません。私は時間が惜しいのです。シャマナ・バロウズ、使命を果たしに行きなさい」
「その眠たそうな目はほんとうに機能してるのかな。ボクも伊達に聖女やってるわけじゃないから、流石にあの聖なる気配には気づくよね。で、その尊き人を囲って何してんのさっていうことだよ。説明できんの?」
「貴女には無縁なお方です。ああ、結婚式にはお呼びしますので、それまで各地を回っていてください。これは私の信仰の問題です。私は私にしかできない仕え方がありますから、貴女は貴女の寂しい道を歩いてください」
「喧嘩売ってるの? 強大な聖人がおられるんだ。それを助けるはボクの使命の一つだよ。どんな手段をとってもね」
おお、まともな人がいる! 流石に朕、これ以上はメンタル持たないからね?
「ねえざこ、出口に行くにはこの上を通過しないとなんだけど。できんの」
「やるしかねぇだろ。こんなところに居れるか、俺は地下に帰るぞ」
熱意を込めて境地を語る。ああ、マリカのカスタネットを聞いて、ヒヨコ豆食べてた時間があれほど自由だとは思いもよらなかった。朕もまだ未熟だな。
「じゃあ行くよ。ちゃんと梁の上を移動して――ね゛ッ!?」
「曲者!!」
ドゴン、という轟音と共に、天井が崩落した。
「うおおおおっ! ミィ!」
なんとか空中で小柄な体をキャッチし、スタンと地面に着地する。良かった、どうやら怪我はなさそうだな。
「ローエン様。その女と天井で何を……?」
「へぇ、この人が聖人様か。—―ふぅん」
撲殺できそうな大きさの、ディアーナ二重十字の杖。キサラの爪が持ち手に食い込んでいる。
聖女シャマナはモーニングスターだ。これで天井をブチ抜いたのか。
「ご説明いただけますか、ローエン様」
「キサラが失礼しました。よろしければボクとお話しませんか。二人で」
そして再びつかみ合う。
「何言ってんですか、この売女。地虫みたいにあちこちを転がってるがいいです」
「職権乱用だよねえ。聖人様はボクが救ってみせるから、あんたの出番は終わり」
「そこまで言うなら決めてもらいましょう。聖なる審判に従うというのは」
「構わないよ。信仰に身をゆだねることが教義の一つだしね。ボクは聖人様に自由に生きてほしいと願ってるから」
「「ローエン様、どっちを選びますか?」」
朕知ってる。これ刺されたり、首取られたり、素敵なボートが放送されるやつだ。
どうしよう。
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