第41話 傭兵団

 焚火に近づく気配は多数。囲まれているというほどではないが、相手もそれなりに殺意を見せてきている。戦闘になっても一向に構わないというスタンスは嫌いではないが、こちとら守る者が多すぎる。なるべく危険なことは避けたいのだが。


「おい、お前ら盗賊か? ああいい、そのまま動くな」

 高圧的な声が飛んでくる。第一声で敵かどうかの判断ということは、それなりに襲撃を受けてきてるのだろう。


「旅のものだ。姿を見せてくれないのであれば、そのまま立ち去ってくれ」

「夜中に火を使うってことは、襲ってくれってことだぜ、あんちゃん」

 チ、やはり賊徒か。朕たちも数えるのを諦める程度には、撃退してきている。それと火をつけてるのはわざとだよ。『矢避けの加護』を使っておけば、近接攻以外は通用しない。馬鹿正直に攻めてきてくれるのであれば、それに越したことはないからね。


「で、そっちの連れは……獣人に尼さんか。なんだ、あんちゃんたちは巡礼者か」

「似たようなもんだ。で、そっちはどこのどちらさんだい」

 あまり先に情報を出したくはない。くそ、意外と数が多いな、30はいるか。


「俺たちはヴィレム傭兵団だ。あちこちで兵士を募集しながら移動している。あんちゃんたちが敵でないのなら、お互い剣をおさめようや」

「そうあってもらいたいな。こっちはご婦人の護衛なんだ。手荒な真似や下品な真似は慎んでもらえるとありがたい」

「文化的な会話で助かるぜ。おい! 全員ここで休止だ。見張りをたてたら各自食事をとっておけ!」


 皮鎧で身を包んだ精悍な男が姿を現す。側に近接武器持ちが二人、後ろに弓が二人か。まあ当然の警戒だろう。


「こんな夜更けにすまねえな。俺がヴィレム傭兵団の団長、アルバート・ヴィレム四世だ。四世だなんて王様みたいな呼びかただが、単に先祖がめんどくさくて同じ名前を付け続けてるだけだ。よろしく、色男—―いや、苦労してんだな、その頭」


「旅の剣士でローエンという。今はこいつらを護衛しているんだが、まあ苦労してるよ。信じないかもしれないが、旅を始める前は髪の毛ふさふさだったんだぞ」

「おもしれえ冗談言う奴だな。そのハゲっぷりは年期が入ってるぞ」


 ちくしょう、様々な要因が複合的に重なってこうなったんだよ。


「よっこらせっと、座らせてもらうぜ。大丈夫だ、俺たちは襲いやしねえよ。こうみえても傭兵稼業に誇りを持ってるんだ。俺たちが命かけるのは戦場と花街だけさ」

「割り切りがよくて助かったよ。しかし、募兵しながらってことは、どこかで合戦でもやってるのか? できれば避けて通りたいんだが」

 南大陸の特産物は、何も疫病や不衛生だけではない。おさまることを知らない戦火も含まれるのだ。


「ローエン、お前さんたちはどこに行く予定だ? 場所によっちゃぁあぶねえぞ」

「ふむ……俺たちはシンハ王国まで行くつもりだ。あそこは宗教的に寛容だと聞いてな、俺もこいつらも移住希望なんだ」

「そうか……そいつは残念な話だ。今シンハ王国と隣国のダグラム王国は戦争をおっぱじめてる。といってもお互いに戦ってるわけじゃねえ、共同戦線を張ってるってことだ」


 オーマイゴッド。いや、あの神はだめだ。信用できん。

 それにしてもマジか、やっちゃってるのか。

「二国が組んで戦争ってことは、相当大規模なんじゃないのか? 確かに傭兵団の出番は多いだろうが、かなり危険にも聞こえるぞ」

「そりゃ危険じゃない傭兵ってのはないからな。俺たちが効いた話では、どうも海辺の部族が大規模に攻めてきたらしい。ダグラム王国は本腰を入れて戦ったが、惨敗したそうだ」


 一国の軍を打ち負かす部族ってなんぞや。そんなんがうろついてるとか、生きた心地しないわ。


「なあローエン、旅は道連れって言うだろ。よかったらシンハ王国まで一緒に行かねえか? お前さんは一人で娘っ子たちを護衛してるんだ。腕には自信があるんだろ?」

「多少齧った程度だが、何とかやってこれただけだ。戦場なんて怖くて想像もできんよ。でもまあ、一緒に行くのは構わないぞ。もう盗賊の襲撃はこりごりだ」


「はは、確かにな。ここら辺のやつらは血の気が多い。なんせ戦いに特化した俺たちも襲われたぐらいだ。見境なく暴れまわってるんだろうな」

「怖いな。早くこの地方を抜けたいもんだ。アルバート、厄介になっていいのか」

「数人増えたところで変わりやしないさ。まあシンハ王国も今軍備増強してるだろうから、ローエンも兵士に取られんように気を付けるんだな」


 そこは神職ということにして乗り切ろう。あ、ダメか。あっちは旧ディアーナ教のいうこと聞かないんだっけ。うーん、どうもうまく回らないね。


「すまんが、こっちは婦女子が多い。何人いるかは伏せさせてくれ。そのうちバレるだろうが、まあ一応な。悪いとは思ってる」

「構いやしねえよ。俺たちもそっちの動きは見張ってる。今もお前さんの頭を弓が狙ってるからな」

「おっかないな。信頼してもらえるように努力しよう」

「お互いにな」


 しかし戦争か。行き先を変更したくなったが、ジンとかいう悪玉菌を追わなければならないのも事実だ。徴兵されたりはせんよな……。大丈夫かな。


「そういえばローエン、ディアーナ教って知ってるか」

 あ、その話題出すの。それうちのパーティーだと禁句なんだけど。


「大陸でも大手の宗教だったんだが、崇める神を変えたって噂らしい。宗教も国土もゴタゴタで大変な時代になっちまったよ。まあ俺たちは商売繁盛で文句はねえんだが」

「そ、そうなんだ。いやー俺はあんまり宗教はよくわからないから」


 ガバッと身を乗り出すのが約二名。

「そうなんです! 私は旧ディアーナ教の――」

 慌ててキサラの口をふさぐ。ちょっとこれ以上ややこしくしないでくれるかな。シャマナにもガンを飛ばし、黙ってろと威圧する。


「尼さんたちはディアーナ教だったのか。まあ混乱してるから自由を求めて新天地に行くのは、悪い選択じゃねえわな」

「そうなんだよ! いやあほんと宗教家ってのは理解できないんだよなぁ。この子たちも一応お忍びだから、何かあっても見なかったことにしてくれると助かる」

「俺たちに不利益がなければな。追われてたりした場合には、約束はできねえぞ」


 駄目だと思う。多分、超追われてる。もう数えきれないほどの二つ名がついちゃったから、朕のいうことなんて誰も聞いてくれないだろうし。


「ふ、そんな暗い顔しなさんな。俺たちは戦って金を稼ぎたいだけさ。お前さんたちがどうしようが、いろんな意味で関係ねえことだよ」

「すまん。せめてもの礼として、こっちの保存食も食ってくれ。仲間が多いと大変だろ」


 90%がヒヨコ豆だけど、まあ重量を減らしたいからね。さすがに衆人環視の中で空間収納魔法を繰り出すわけにはいかない。ここは一つ胃袋にいれてもらうとしようか。


「すまねえな、俺たちも食料を出そう。おい、ゴメス、飯余ってるか?」

「へい、ヒヨコ豆がたっぷりの汁物が出来てやすぜ!」

「またか……もういいっつうのに、どんだけ仕入れてきやがったんだ」


 …………。

 そうか、アルバート。お前もヒヨコ豆に魅入られし者だったか。

 ちょっと親近感がわいちゃったよ。

 

「まあ、豆しかないが食ってくれ」

「あ、ああ。ありがとう。これ、お返しに……」


 そっと差し出すヒヨコ豆の袋。

「ローエン……」

「すまん……」


 二人で大きなため息をつき、両部隊合わせて売るほど残っているヒヨコ豆を片付けにかかる。

「肉、食いてえよな」

「わかる」


 シンハ王国まで豆尽くしが決定した。もう「朕と豆の木」みたいに童話ができるのではなかろうか。

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