第40話 逃げるのが得意になってきた

 出立するにも物資は必要だ。仕方なく町を出歩けば、民に止められる。


「生き神様、いかねえでください! どうかお見捨てにならないでくださいませ!」

「ああ、なんと神々しい……どうかこの王都にお住まいになられますよう」

「我々の信心が足りぬのだ! 全員で指を切れ! 神にこの身を捧げるのだ!」

「俺は耳を削ぐぞ!」


 街路を歩けば朕を称える声が聞こえる。


 やばすぎて乾いた笑いが出てくるわ。このてのひらドリルっぷりはある意味清々しいまである。

 さりとて朕がここにいれば、供物として、毎日毎日体の一部分が届けられるのだろう。闇に飲まれたウーバーイーツなんて相手にしてられない。


「ローエン様、ここを聖都といたしましょう。そして新たな信仰で皆の魂の土台を上げましょう!」

「みんなから、供物が届いてるよ。ボクも見習わないといけないね」


 さらっと言ってるけど、君たちがやろうとしてること、ただの教化と虐待だからね。何事も過ぎたるは猶及ばざるが如しと言うのよ。アステカ人が泣いてるぞ。

 こういう人たちを相手にするとき、そして自分が置かれている絶対的な立場を鑑み、朕が指すべき一手は決まっている。


「む、創造神よりお告げが!」

 適当に環境にやさしい魔法を使用し、体を発光させる。

 うお、一斉にこちらに向かって手を合わせて座り込んでる。まるで狂信者の波だ。


「ふむ、ふむ。おお、そうでございますか。なるほど、かしこまりました」

 光を点滅させ、あたかも天界と交信しているかのように両手を頭の上に広げる。


 すう、と光を消し、朕は重々しく言葉を紡ぐ。

「創造神様より託宣が下った。心して拝聴するように」

 飲まれる固唾。熱意を通り越して、結膜症にでもかかったように赤く充血した瞳が、朕の次なる発言を心待ちにしていた。


「我、東の地にて神命を果たさんと賜りき。さればこの身は僅かな従者と共に試練に向かわん。民草の献身・奉公・信仰を以て世界に仕えよ。さればかの者は幸いなり」


 もっともらしいことを言ってるが、要は「仲間とトンズラかますからついてくんな」ってことだ。地道に生活をして、経済を回し、社会貢献をして世の中をよくしよう。普通の感性だと思うが、南大陸の人たちに通じてくれるかどうか。


「おお、生き神様が使命を授かったぞ! 皆の者、お言葉を聞いたな!?」

「この大地の果てまで神の威光を届けられるとは……まさに神聖なる御方よ」


 聖者スマイルで民の間を分け入る。もう嫌だ、早くこの町を立ち去ろう。

「いてっ、おい誰だ、今髪の毛抜いた奴は!」


「生き神様のご聖印をくだされ、娘の十歳のお守りに!」

「噂ではあの髪を煎じて飲んだから、流行り病がおさまったそうだぞ!」

「死んだ母の墓に生き神様のおしるしを埋めたいのです、どうか!」


 亡者の手が伸びる。

 あ、ちょ、やめ、やめろ!

 ブチ、ブチと、朕の頭の残存兵力がむしり取られていく。民に暴力を振るうわけにもいかず、朕はひたすらに頭を押さえて逃げ惑うしかない。

 おのれ……必ずいつか滅ぼしにくるからな。それまでせいぜい朕の髪を大切に保管しておけよ。


 キサラとシャマナは非常に不満そうだったが、こいつらがほぼ元凶だからね。首から「ただいま懺悔中」と書いた板をかけさせている。そうでもしないと、昨日までの所業をコロっと忘れて、また聖遺物かみのけを売り始めるからな。


「よし、これで食料も問題ない。そろそろ寄り道せずにシンハ王国へ行こうか」

「そうっすね。町の人に聞きましたけど、どこぞで疫病が発生してるっていう話は特に聞きませんでした」

「ふむ、つまりジンは真っすぐシンハ王国に行ったのか。途中で余計な病気がないのは救いだな」


 いく先々で巻き込まれては気力が持たない。いちいち持ち上げられるのもこりごりだ。朕たちは水たまりでドロドロの街路を歩き、しばらくは見納めになるだろう石造りの建物に別れを告げた。


 その日の夜、リーゼル王国首都より逃げるように走る馬車が一台。その行方は杳として知れず。生き神様を失った王都は俄かに混乱をきたしたという。


――

 シンハ王国への道のりは苦難の連続だった。

 道順は創造神様にナビってもらったので間違いはなかった。だが、盗賊どもとのエンカウントが多すぎる。もう畑に生えてるレベルであちこちにいるから、面倒くさいったらありゃしない。


 勝者の権利として、盗賊を締め上げては物品を少し頂戴した。保存食はあっても困らないし、鉄具は換金用として重宝する。たまにどこの通貨だかわからないものも持っていたが、拾えるものは拾っておくことにした。


 もうこれどっちが盗賊かわからないね。


 夜。


「さて、明日にはいよいよシンハ王国に入る予定だ。体調は大丈夫か?」

「座りっぱでお尻が痛いっす。あとお風呂入りたいっすねー」

 うむ。まったくその通りだ。マリカも文明の力に平伏したか。よきよき。


「ミィは柑橘が食べたい。あと野菜も。葉物を食べないと体壊すよってママが言ってたから、ちゃんとしたいし」

 確かにそうだな。ビタミン欠乏症は軽症で口内炎、大ごとになると壊血病になる。

 バランスよく食事をとるということは、人間の叡智ともいえよう。


「で、お前らはどうするつもりだ」

「私はシンハ王国でもローエン様の神威を示すべきかと。そして全世界に神の教えを広げ、朝起きたときから夜寝る時までに、常にローエン様の御名を心にするように教え込まなくてはいけません」


「まずは組織化だね。ボクはこう見えても軍事訓練を受けたことがあるから。腕に覚えのある信徒を兵装して、親衛隊をつくるのはどうかな」


 一ミリも反省してないね、君たち。もう逆にどうすればそこまで信仰一筋になれるのか、朕はサンプルとして帝国に連れていきたいくらいだよ。


「宗教的権威を出すのは禁止だ。破ったら折檻するぞ。そもそも神様扱いが嫌だから、多神教のシンハ王国に行く予定だったんだ。余計なことはするな」

「多神教が容認されるのであれば、ローエン様をお祀りするのも許可されるのでは?」

「現地の状況を乱すな。宗教的内乱の火種は消しておくに限る。それから大切なことを二つ話す。よく聞いてくれ」


 朕はコホンと咳ばらいをし、気を引き締める。

「一つ目は俺と同じ異世界人で、疫病の申し子、ジンの存在だ。ザハールの言葉が正しければおそらくシンハ王国内でまたぞろやばい実験を行うだろう。防疫体制確立の観点から、モモの守備を強化してもらいたい。現状ジンに対抗できるのはモモの知識と能力だ」


「吾輩赤面。だが頑張る」

「頼りにしているぞ。さて二つ目だがね」


 こっちは個人的なことなので、まあ、うん。

「今後一切、俺の髪を抜くことを禁ずる。お前ら、この輝く頭を見て罪悪感とか抱かないのかな? これ以上刺激を与えると、二度ともとに戻れなくなる。そうなったらほんとに呪うぞ」


 キサラ、シャマナ。お前らに言ってるんだぞ。

「まあ、知りませんでしたわ」みたいな顔やめろ。お前らの記憶は一日で消えるのかな? 脳に直接文字を刻んでやろうか。


 焚火を囲んでの熱弁。朕の言葉が届いてくれると嬉しいのだが、まあ無理だと思う。経験則から、南大陸人は一度決めたら貫徹する傾向がある。それはそれで素晴らしい精神だが、間違った方向で頑張られると非常に厄介だ。


 焼きあがった干し肉を齧っていると、人の気配を感じた。

 マリカは既にカスタネットを手に、臨戦態勢を整えている。果たしてその武器のチョイスは正しいのかはさておき、何者かがこの場所に向けて接近していることは間違いない。


「全員警戒だ。モモ、馬車に入れ。油断するなよ」


 何物かは知らんが、相対してみよう。ここに来るまでに、朕たちは数々の試練を乗り越えてきた。そう易々とは好きにさせんよ。


 朕は暗闇に向かって、もう殺してくれと泣いている、ボロのサーベルをかざした。

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