第39話 その発想はなかった
花火一発で解決するほど事態は軽くはない。これからは武力で脅しをかけつつ、人海戦術で投薬をしていくのみだ。
それにはまず、王国首脳部を躾ける必要がある。
「誰が誰を始末してくれるって? おい、もう一回言ってみろ」
「あ、いや、その……」
屋根を吹き飛ばすのに使った柱は、粉々になってしまった。仕方がないね。じゃあ別の柱を使うよ。
「かかってきていいぞ。俺はこう見えても肉屋の素質があるんだ。ひき肉でも切り落としでも、好きな解体方法を選ばせてやる」
一歩、王のもとへと足を進める。
へたり込んでいる兵士は、残念なことに黄色い液体をまき散らしていた。王を守る近衛がこのザマとは……帝国であれば特別教練に送られるところだぞ。
「おい、そこの騎士。お前はどうだ? 戦うのかどうかはっきりしろ」
「あ、あああ。いあ、いあ!」
邪神でも召喚してんのか。流石に朕も黄衣の王とはやりあえんよ。
まあ単に発狂してるだけだろうね。ダイスロール失敗したようだ。
「そういうわけだ。国王陛下、あなたをお守りする人間はもう誰もいない。だからもう一回聞いておこう。誰を始末するって?」
「は、はひ、おゆ、おゆ、お許しをおおおおおおおおっ!!」
ダッシュ土下座とか初めて見たわ。
まあ素直に腹を見せるのは生物として正しいよ。統治者としてはマイナスどころの騒ぎじゃないけれど、生存本能は何よりも優先されるからな。
「確認しよう。俺とお前、どっちが格上だ?」
「あ、あなた様でございます!」
「結構。正常な認識ができるやつで俺も嬉しい。では上位者としてお前に命令する、可能な限りの兵士を動員し、作った薬を王都中に配れ」
頷くだけの人形になった王に興味はもうない。モモたちの邪魔をせず、人手を提供してくれればそれでいい。
「この町の教会に兵士を集めろ。もしまた何かクソたわけた考えをしていたのなら、徹底的にすり潰しに来るからな。いいな」
これくらいの脅しはかけておいたほうがいい。残念な話だが、南大陸では強いものに従うという理念が浸透しているようだから。
悪役プレイを終え、朕は教会に戻った。モモは既に起きており、着々と水薬を生産し続けている。
「モモ、体はもういいのか?」
「問題ない。吾輩よりも患者。製薬重要」
「そうだな、手伝おう」
教会に寝かされていた患者たちも、心なしか呼吸が落ち着いてきているようだ。薬煙による空気散布もアシストしたのか、体の赤い斑点も薄くなってきている。
「王宮、無事?」
モモが問うて来る。恐らく自分の薬が認められたかどうか気になるのだろう。
「心配ない。もうすぐ兵隊が来て、薬を配ってくれるそうだ。よかったな」
「吾輩、安心。誇り大きい」
—―
やがて約束通り兵士たちが続々と集まってきた。まったくもって統率がとれておらず、指揮官すらおぼつかない有様だった。昔取った杵柄で、朕が陣頭指揮にあたることにする。
「今呼ばれたやつらはA班だ。王都の北区画を担当しろ。身分や病状の区別なく、必ず薬を渡せ。着服したやつは漏れなく縛り首だ、いいな」
「りょ、了解しました!」
「よし、次はB班—―」
少しばかりチートを使って、モモの薬を大量生産させてもらった。万が一大量に失ったとしてもカバーできるだろう。
最悪、朕が直接治しにいく手もあるが、それをやるのは文化の発達を阻害する行為だ。南大陸人の力で難局を乗り切ることこそが大切だと信じる。
―—
二週間経過した。
町の住民で新たに発症するものはおらず、麻疹もどきの疫病は終息したと言えるだろう。王都は意外と広く、入り組んでいたため、朕も自ら薬を配りに行った。裏路地は筆舌に尽くしがたい不衛生さだったが、汚泥に塗れて民を救うことこそ真の王道と言えるものだ。
故に朕は自分の体に回復魔法のドーピングをし続け、不眠不休で対応に回った。
「疲れた」
「ざこ、働きすぎじゃない? なんか老けたよね」
「うるさいよ。それよりもお前ら体調は大丈夫か? 王都から出る前に発症しなければいいんだが」
「人の心配ばっかりしちゃってさ、ばーか。ざこが倒れたらミィたちが大変じゃん」
「まあ、そうだな」
うぬ、口ではミィには勝てん。朕の体は創造神の加護があるから、病にはほぼ無敵になっている。だがジンなる召喚者も神のチートを授かっている。油断はできないな。
「ローエン様、こちらにいらっしゃいましたか! 陛下が御前にお連れするようにと仰せでございます。どうぞ同道願います」
「わかった、今すぐ行こう」
ろくでもねえ予感がする。王都沈没の危機が去り、自分の命も助かった。そうなった王者は何をするのか、朕は北大陸で嫌というほど見てきた。
「ミィ、最大級に警戒してろ。襲撃があるかもしれん」
「マジ? マリカ起こしてくる。ざこも気をつけ……いいや、別に」
「……行ってくる」
名も覚える気が無い。よかろう、リーゼルの王よ。朕と雌雄を決するのであれば、受けてたとう。よしんば朕の身内に手を出せば、生まれてきたことを後悔させてやるからな。
朕のだだ漏れの殺意に、兵は怯えきっていた。お役目ご苦労ではあるが、諸君らの処遇は王の出方次第なので、天に祈ることだ。
――
「ようこそおいでくださいました、『生き神様』」
「…………お前は何を言ってるんだ?」
風通しの良くなった玉座の間ではなく、会議用の一室で朕はえらく歓待された。そしてなんとも不穏な呼び名が口から飛び出た。
「この度は我が国をお救い下さり、まことにありがとうございます。貴方様に一時と言えど敵意を見せたこと、この身が朽ちるまで悔いと思い、懺悔をして生きてまいります」
「いや、別にそんなことしなくてもいい。それよりも用事はなんだ?」
「はっ、この度の功績を考えますに、我が国としてはローエン様を祀る教会を建立しようと。つきましてはこの国にとどまっていただき、生き神様として民に慈愛の光を授け賜らんことを……」
サノバビッチ。
おい、なんだその展開は。こいつらほんと宗教大好きだな。
「そうです、ローエン様は我らが神。旧ディアーナ教の者も喜んでリーゼル王国を迎えることでしょう。さあ、神に祈りの言葉を」
「ボクたちの信仰はローエン様と共に。聖者にして救世主、そしてこの世を創りたもうた神の力を持つお方。すなわちそれは神と同義」
キサラァアァアア! シャマナァァアアア!
ちくしょう、飼い犬に手を噛まれるとは、こういうことを言うのか!
お前ら最近影が薄かったけど、そんなことしてたのかよ!
「今ならローエン様の聖遺物である、貴重な髪の毛がついてきますよ」
「ほんの少しの寄進で加護に授かれるなんて、キミたちついてるよね」
「ありがたくお受けします。おお、王家としては町の中央にローエン様の黄金像を立てる予定でございます。そちらにも祝福をぜひ……」
れ、霊感商法。確かに路銀は怪しいけれど、まさか朕の髪の毛まで売るとは。
ん……おい、まてこら。朕は今禿げてるけど、最近まで割と髪の毛あったんだよ。
その髪の毛の束、どこから持ってきたんだ?
お前らか、お前らが夜な夜な朕の髪の毛むしってたのか!? この破戒僧どもめ。百合っプルは尊いから見逃してたのだが、もう言い訳できねえぞ。
「廃教だ、廃教。教会なんて必要ない」
「ふふ、ローエン様、実はもうすでに開設しているのです。中央広場付近の星見台をそのまま教会にいたしました。すべては生き神様ローエンの御為」
久しぶりにキサラたちのニチャァ顔見たわ。
もうだめぞ。この国は陥落した。
朕ができるのはただ一つ。一心不乱の逃亡のみ。
神速一閃でキサラとシャマナを眠らせ、朕は脱兎のごとく城から走って去る。この宗教狂いを連れて行くのはリスクにもほどがあるが、いないとミィが悲しむから仕方がない。
どこかにクソ坊主を捨ててもいい場所はないものだろうか。
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