第38話 そう言われるのは慣れている

 リーゼル王国で診療を開始するには二つの関門がある。

 一つは王家の許可。もう一つは既にクリアしたが、教会の許可だ。

 何をするにも筋を通さなければ民衆はついてこない。それは北大陸で朕が身をもって思い知らされたことだ。ゆえにこうして王家に許可を得にきたのだが。


「おお、お主が薬師カヤの娘であるか。王都を襲った悪疫に立ち向かう勇気やよし。ふむ、それでは実験も必要になるだろう。おい、病にかかった奴隷を連れてまいれ」


 モモの母であるカヤさんは、王国指定の薬師だ。だから謁見まではその名前を出すことでスムーズに進めたと思う。ここまではいいんだ、ここまでは。


 薬草を焚きしめているのか、非常に甘ったるい匂いのする謁見の間で跪く。

 謁見の間……というほどでもないな。北大陸の感覚で言うと、ちょっと豪華な屋敷の一室なのだが、とにかく気に入らないものがたくさんいるのだ。


「早く奴隷を連れてまいれ。毒見は一応させんとな」

 そう、奴隷制の存在だ。

 

 王都に来るまでいくつかの町を通過してきたが、どこでも棒で打たれる奴隷が存在していた。無論同情は寄せても朕が買うわけにはいかない。奴隷全員を救うには、時間も資金も権威もないからだ。


「あのカヤ師の娘が特効薬を創るつもりとは……我が国の威信が益々高まるというものよ」

「完成しましたら近隣の国に高値で売りましょうぞ。これで優位に立てれば領土が増えるやもしれませぬ」

「となると、あの娘たちは……」


 不穏にして不快。漏れだす会話を聞くだけで吐きそうになるほどの醜さを感じる。

 そして話している豚どもが椅子代わりにしているのは、奴隷の背中なのだから。


「陛下、奴隷を連れてまいりました。手足は縛っておりますが、病をうつされぬよう奴隷には触れないでくださいませ」

 槍で追い立てられるように、三人の女奴隷が謁見の間で倒れ込む。ひどい咳と発疹、そして寒気による震えが目立つ。


「ではカヤ師の娘モモよ、その奴隷の娘たちを下賜する。なるべく早く秘薬を創り、その効果を陛下にお見せするのだ」

 大臣らしき男が言い切る前に、モモはペストマスクを取りだして駆け寄っていた。

 病人をこんな状態で放置するなんぞ、とてもではないが理性的な人間のやることではない。朕は感染しないと思うので、思う存分手伝うぞ。


「モモ、準備できるまで離れていろ。俺が教会まで運ぶ」

「無念だが受諾。吾輩研究急ぐ」

「ああ、そうしてやってくれ。みすみす死なせるわけにはいかん」


 後ろを最後に振り返る。既に立ち去った玉座がむなしく光り、陪臣たちは奴隷に座りながら談笑をしていた。

 腐ってやがる。北大陸にこのような舐めた真似をする国があれば、朕が陣頭に立って滅ぼしてくれただろう。

 

――

一週間が経過した。


 当初モモの持ち込んだ機材では疫病の解析ができなかったため、朕が多少手を出すことになった。

 具体的に言えば、顕微鏡の伝授だ。

 無論一からガラスの作成をしたり、地球で学校の教材で使用されるようなものではない。レーウェンフック顕微鏡という、金属板に球形のガラスをはめ込んだだけの、極めて単純な造りのものだ。

 これにより病原菌を直接視界に入れることが可能となる。


 まあ相手がマジもんの麻疹だったら電子顕微鏡を使わないと見えない。ゆえにちょっとだけ朕もチートを使わせてもらった。

 モモに渡したレーウェンフック型顕微鏡には、本来あるはずのないメモリがついている。本人には説明せずに、メモリを回せば小さいものも見えるよとだけ言っておいた。実際はレンズとメモリに『能力向上』の魔法をかけてある。


 モモは薬効成分のある生薬を一つ一つ試し、ついに一定の効果がある薬草のレシピを割り出すことに成功した。

 その間朕たちは対処療法に取り掛かっていた。

 熱を冷まし、砂糖と塩を混ぜた経口補水液を飲ませ続ける。幸いヒヨコ豆はアホみたいにあったので、それらを煮潰して、病人食として少しずつ配っていった。


「吾輩……寝る。無理」

「おう、休め。俺が責任もって守ってやる」

 朕も鑑定で患者を見たところ、古代から猛威を振るっていた麻疹そのものではなかったようだ。毒性が弱く、カタル期に感染力が高まるが死者は少ない。ただし病状が長引くようになっており、少しでも人が苦しむように設計されていると感じた。


 マリカもミィも、キサラもシャマナもくたくたになって眠りこけている。無理もない。ほぼ睡眠時間無しで動きづくめだったのだから、少しでも休めるときは休んでほしい。


「ジンの仕業だろうな。感染爆発しても死者が少ない。だが確実に国力は弱まっていくから、戦争の引き金になりやすいだろう。南大陸をこれ以上混沌に叩き込んだら、何千年経っても蛮地のままぞ」


 薬効を抽出した水薬を大量生成し、教会で配ろうとしたのだが、問題が発生した。

 まだ治験を申し出てくれた奴隷の三人娘にしか投与していない状況で、兵士にとがめられてしまった。


「陛下への献上が先である。下民に薬を勝手に渡すとは何事か」

「そう言われても困るんですよ。見てください、ここにいるだけでも死に瀕している市民であふれているでしょう。陛下へは献上致しますが、同時進行で治療もしないといけません」

 朕は青筋が立っていたに違いない。笑顔を無理やりに作るが、気を抜くとぶん殴ってしまいそうになる。


「ならぬ。この薬は王家が管理する。速やかにすべての調合法を提出し、沙汰を待て」

「モモ――薬師は今疲労で気を失っていますので、ご下問に耐えうる状態ではありませんから」

 やってやろうじゃないか。構わん。朕一人であればいかようにもできる。


「ではハゲ男、貴様が来るがいい。準備が出来たら出発するぞ。投薬したという奴隷の娘たちも連れてくるのだ」

 地雷の上でタップダンスを踊るのが上手い男だな。気に入った、お前は生かしておいてやろう。


――

 謁見の間に再び上り、水薬のレシピを献上する。モモには悪いが、既に写しは朕が保管しているので今後の治療に差支えはなかろう。

 

「はっはっは、ついに薬が完成したとな。結構結構。これで我が国は他国に大きな貸しを作ることができる。奴隷どもの状態はどうか?」

 国王が陪臣に問うと、その男は嬉々として結果を報告する。

「熱が下がり、体から赤い斑点が消えてきているようです。まさかこれほどの効果があるとは思いもよりませんでした。大成功ですぞ、陛下」

「うむ。それならばよい。この調合法があれば宮廷薬師でも作成できよう。ならばもう用はないな」


 王は朕の顔をつまらないものを見るように一瞥し、ひじ掛けによりかかったまま手をそっと振り下ろした。

 途端朕の周りに完全武装の兵士が群がる。

「ん、殺しておけ。薬の出所を知るのは、王室のみでよい。教会も燃やしておくのだぞ。うむ、そうだ、こやつらの仲間が放火したことにすればよいの」


 ほうほう。

 ほうほうほう。

 楽しいことを考えるね、君は。

 あまりに陳腐な発想すぎて、朕は面白いリアクション取れないよ。


「よし、やれっ」

 命令一喝と同時に繰り出される槍だったが、そんなテレフォンパンチで躓く朕ではないよ。兵士の股の間をスライディングで通過し、朕は一本の柱の前まで逃げる。否、誘い込む。


「何をしている。早く仕留めんか。くく、まあこれもよい余興か」

「ああ、余興だな――あんま調子こいているとブチ殺すぞ、クソガキどもが」

 朕は柱に手を突っ込む。比喩や叙述ではなく、文字通りずぼっと。

 そして力任せに柱を引っこ抜く。どうだ、これが朕の槍よ。その粗末な棒切れで石柱と殴り合うつもりかね?


「な、なんじゃとっ!?」

 見かけは初老。リーゼル王国内では威厳のある国王なのだろう。だが性根はその辺の小僧と同じよ。


 自分がちょっと成功すると相手を見下し、自分の意見はさも正しいと思って謙虚さを失う。だからはっきりと言っておこう。その栄光は一瞬の輝きであって、自分が一番の絶頂期に見下していた者にこそ、最後には助けを求めることになるのだと。

 

「五秒やる。死にたくなければ伏せろ」

 いーち、にーい、ごー。

「え、話がちが――」


 OK。吹き飛べ。

 朕は石柱を思い切り振り回し、スキルを発動する。

『神速一閃』

 普段は片手剣で行う不可視の一撃を、広間を支えるほど大きい柱で行うとどうなるか。答えは簡単、頭上にあるすべての障害物を木端微塵に撃滅し、直射日光100%の住環境を提供することになる。

 

「ば、ば、化け物……」

「そういわれるのは慣れている。お前らのクソ茶番に付き合うのはもう終わりだ。俺は俺の方法で王都を救ってやる。邪魔したら屋根と同じ末路になるぞ」


 朕は持っていた水薬を開け、空中に水球として漂わせる。『水操作』の初歩中の初歩だが、これだけでは終わらない。


『体積増加』『加熱』『爆裂術式付与』『空気感染』『効果長期化』


 謁見の間に集ったものたちは、発光する朕の体に怯えている。無理もない、禁忌の術者が目の前に現れ暴威を振るったのだから。


『爆轟術式:烈華彗星』

 雨では効果は薄い。建物にも地下にも、王都全域に浸透するには「煙」が有効だろう。これは朕からの宣戦布告よ。

 

 ドゴン、と音を発し、朕は花火を打ち上げる。

 これが仲間たちの成果よ。味わうがいい。


 王都の空に咲く大輪の花。薬効成分を含んだ煙は何度も大地に吹き付けられ、人々の肺腑に染み入っていくことだろう。


「たーまやー」

 とでも言っておくか。まったく風情もない昼の花火大会よな。

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