第37話 閑話:決戦 帝国軍VSダグラム王国軍
カナリス砦はあっけなく陥落し、騎士オーギュストは虜囚となった。
現実は非情である。
カント平原。
鼻先をそろえた騎兵を左右両翼に。大楯持ちの重装歩兵を中心に。
ダグラム王国の精鋭7000の部隊は、敵性勢力を正面から打ち破る気概に燃えていた。相手は少数だ。一気呵成に突撃し、蹂躙する。伊達に周辺国を仮想敵国でかこまれているわけではないと、どの兵士も自信に満ちていた。
「カナリス失陥……か。もっとも戦と縁遠い場所であったからこそ、長年の功臣であるオーギュストを赴任させたのだが。奴には気の毒なことになってしまったな」
ダグラム王国最高司令官。ダイダロス・バシャール元帥は、国王より下賜された指揮杖を手でもてあそびつつ、遠方に陣取る謎の軍隊を睨みつける。
「元帥閣下、進軍の準備が完了いたしました。ご命令があれば即座に敵を討ち滅ぼしましょう」
「ご苦労である。ふむ、斥候の報告は来ているか?」
「……五十名放ち、一名だけ戻りました。報告し終わると同時に息を引き取ったそうです」
敵の練度はかなりのものがある。多くの国々は軽視しているが、情報こそが戦場で最も大切であるとダイダロスは認識している。
「散っていったものたちの家族には、十分な手当を保障してやるのだ。それで、その斥候はなんと?」
「はっ、何やら敵兵はすべて不可思議な妖術を使うとのことです。杖のような武器を持ち、大きな音が鳴ると味方が血を吹いて倒れると」
ディアーナ教が厳重に禁止している邪術、妖術の使い手か。これまでに発見された蛮族たちとは格が違うらしいと思案する。
「敵の動きはどうだ」
「はっ、カナリス砦からおよそ300名の部隊が出撃したとのことです。これ以上のことは聞きだせていません」
圧倒的な戦力差に、ダイダロスは選択をしなくてはならなくなった。
すなわち即時全面攻撃か、硬く守って敵の出方を見るか。ダグラム王国兵は敵の二十倍以上である。このまま閉じこもっていたら、惰弱のそしりをまぬがれないかもしれない。
「いっそ敵を引き込んで包囲し、袋叩きにしたほうが安全策か。だが大音声と流血をうながす魔杖の存在が不気味だな」
「閣下、我が方はカナリス失陥の報を受け、作戦行動できる部隊をすべて集結させました。このまま手柄もなく帰還するは武人として不名誉かと」
「名誉不名誉で戦が勝てるのであれば、誰も苦労はせんよ。敵に被害を与え、こちらの損害を少なくする。それこそが至上の兵法だ」
立派にたくわえた茶色い髭をいじり、ダイダロスは周囲の部下を見やる。
誰も彼も戦功に飢えており、突撃を命じれば即座に飛び出していくことなだろう。頼もしい限りだが、敵の能力を侮ってはならないと武人の勘が告げていた。
「閣下、まずは中央の歩兵を前進させてはいかがでしょうか。最近開発したファランクス、そうそうに破れるものではありません」
「ムタル軍師、その場合多くの兵士が正体不明の攻撃にさらされることになるが、その点はどう考えておるのか」
「戦いに犠牲はつきものです。苦渋の選択ですが、敵の兵法を見破るためにも、一当てして秤にかけなくてはなりません」
「そうか……」
ダイダロスは兵糧などの物資関係から、この戦いを長引かせるわけにはいかないと判断した。
「歩兵隊前進。騎兵は敵の様子を伺い、いつでも側面攻撃を仕掛けられるように、隊伍を組んでおくのだ」
「了解しました、元帥閣下」
戦鐘が鳴らされ、大楯を構えたファランクスが行軍を開始した。
武器は鉄製。南大陸では最先端の装備を誇る鉄壁の陣形は、帝国軍を蹂躙せんと重い足音を響かせていた。
――
帝国海将イングリッド・ネルソン提督の艦隊は戦域すべてを射程に入れていた。
カナリス砦から出撃したと見せかけ、接敵近しとなれば反転防衛。
戦艦バルドルの射程内に誘い込む作戦だ。帝国軍は少数なので、あえて蛮勇さを見せつければ敵軍はこれ幸いとばかりに寄せてくるだろう。
「主砲、爆裂榴弾に換装準備良し。提督、いつでも発射できます」
「ご苦労。さて、釣り野伏など基本中の基本だが、敵軍はどう動いてくるだろうか」
寡兵が突出し、反転退却するとなれば当然伏兵なり罠なりを警戒する。帝国で教導されている兵法にも、多用は避けるべしとされている手垢のついた戦法だ。
「敵軍、進軍を開始しました。砦を指揮している近衛騎士アニエス様から支援砲撃の要請が入っています」
イングリッドは天井を仰ぐ。なぜことごとく南大陸人は兵法の禁忌を犯してくるのかと。小銃による発砲を防御する術を持たず、砲撃に対して塹壕を掘るわけでもない。一体今は何百年前なのかと時代感覚が狂ってしまいそうであった。
「ひょっとして私は、大きな間違いをしていたのではないだろうか」
彼女が行きついたのは、作戦を立てるという行為は無意味であるという可能性だ。何も考えずに火力で押しこむ。ひたすらに前方の撃破に注力し、敵が逃げれば追う。
「何を馬鹿な。士官学校の子供でもこんな愚かな作戦は是としない。これではただの喧嘩ではないか」
現実は非情なもので、イングリッドが否定した事実こそが南大陸では至上の戦法なのだ。真正面から棍棒で殴り合う。これが定石だ。
今回の相手は槍を構えたファランクスだが、艦砲射撃の前にはどちらも大差ない。
苦虫を噛みつぶした表情で、イングリッドは戦場への砲撃を命令した。
――
「イングリッドは深く考えすぎなのよ。敵が馬鹿正直に来るのであれば、最大火力で叩き潰せばいい。幸いにも兵法のへの字も知らなさそうだしね。刈り取り放題だわ」
アニエスは占領したカナリス砦から、オペラグラスで戦場を見渡している。
先に出撃した海兵隊は規律よく退却し、敵兵力の誘引に成功したようだ。
「ネルソン提督より連絡! 艦砲射撃にて支援を開始すると」
「そうよイングリッド。それでいいの。もう私は目が覚めた。この大陸はただの蛮地、私たち帝国に対抗する武力は存在しない。ならば陛下をお探しするのに邪魔なすべての勢力を平定するまで」
ヒュルル、と死を音声化した悪魔が降り注ぐ。
帝国製三式榴弾は、敵ファランクスの中心で炸裂する――はずだった。
遥か空中で大輪の花が咲く。
「何だ、爆破しないぞ。どうなっている!」
アニエスが甲高い声で疑義を唱える。すぐさま観測兵が状況を確認するが、驚きの結果が帰ってきた。
「報告します! 先ほど一斉発射した艦砲射撃は、その……聖帝陛下を迎えるときに使用する予定の、長距離花火だった模様です!」
アニエスは盛大にこけ、その拍子にオペラグラスを取り落とした。
「海兵は馬鹿しかおらんのか? なぜ榴弾と花火の区別がつかん」
「無線によれば、ディ=ハン王国で使用した砲弾以外、全て花火になっていたと。補給艦も同様です。帝国を出航したときには、既に置き換わっていたようで……」
許されざる失態。おそらく今、指揮所ではイングリッドが顔面蒼白になっていることだろう。
「敵陣に動きが!」
「何っ! 報告せよ」
目を細めて眺めるアニエスにもはっきりと分かるほどに、敵のど真ん中に白い旗が掲げられた。
「敵軍より使者が……全面降伏とのことですが……あの、ワーウィック閣下?」
アニエスは再び髪をかきむしる。一体この大陸はどうなっているんだと。何一つ常識が通じず、それでも勝利してしまうのは、何かの呪いなのだろうか。
「武装解除して敵将を連れてこい。私は疲れた、一時間ほど泣かせ……いや、仮眠させてくれ」
「承知いたしました!」
はあ、と大きなため息が出る。
こんな摩訶不思議な場所から、早くローラント一世を救わなければと思うのだが、その表情は暗い。
「もうなるようになれ。こんな戦場なんぞどうでもいいわ」
アニエスはその後予定をオーバーして、三時間ほど泣きながらむずがっていた。
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