帝国軍VS朕
第42話 朕 参戦
朕たちはさして妨害にもあわず(なお襲撃13回)、無事にシンハ王国の国境を超えることができた。行く先々で補給などの所用で村に立ち寄ったが、どこにもジンの影はなかった。特に疫病も起きている様子はなく、まるで煙のように姿を消してしまったかのようだ。
「ついにきたか。冒険者が集うシンハ王国へ。まずは居住先を決めんとな。いつまでたっても風来坊というわけにはいかん」
旧ディアーナ教圏の外に出れたのは、朕にとって心が軽くなる出来事だ。もう二度と崇められるのはごめんだからな。
「ローエン、お前さんがたはこれからどうするつもりだ? 俺たちはこのドルバンの町で少し休んでいくつもりだが」
「俺たちもそうしようと思う。いい加減に豆以外の物資も欲しいし、なによりも戦争の情報が知りたい」
海の部族と交戦中といったか。よほどの制海権を持った奴らなのだろう。小舟で散発で襲ってくるか、それとも大挙して町でも落とされたか。いずれにせよ最大限に警戒しておくに越したことはない。
ドルバンの町はジェリングと同様、小汚い。主に舗装系のインフラがずたぼろで、大雨でも降れば泥水で町が汚染されることだろう。
広場に続く道には商人たちが布の屋根をつけた露店を出している。名産物なのだろうか、焼き物が多くみられた。
残念なことに、朕たちは定住しているわけではない。住所不定無職には、立派な皿や壺は必要ないのが悲しい。
「俺たちは兵士の宿を探してくる。まあお前さんも頑張んな」
「世話になったな。武運を祈ってるぞ」
同じ釜の豆を食った仲だ。できれば死んでほしくはない。だが傭兵稼業には死は常にまとわりついてくる。願わくば幸運がアルバートの味方をしてほしいと思った。
「ローエン、私たちはどこで寝るっすか? 宿屋って高いんすかね」
「いつもの通り馬車で寝るしかないな。この国の通貨も持っていないし、しばらくはお馬さんの匂いと一緒におねんねだ」
「はあ……風呂入りたいっすねえ」
いい傾向だね。マリカだけではなくて、それぞれが自分の服の中の鼻でかいだりしている。不衛生な環境に対する疑問は、そのまま公衆衛生の向上につながるのだから馬鹿にならない。
「ローエン、誰かきた。兵士たち」
「なぬ、あぁまあ怪しいよな。ここらじゃ珍しい馬車を使ってるしな。俺が兵士でも職務質問するわな。よし、じゃあ答えてくるからじっとしてるんだぞ」
御者台から降り、朕はアルバートから譲ってもらった革製の黒い帽子をかぶって
兵士のもとへ。気配的にはこちらをいぶかしんでいるようだが、敵意はなさそうで安心だ。
「こんにちは、どうかされましたか」
「うむ、貴様たちは何者だ。一般庶民が馬車なんぞを使っているわけがない。一体誰が乗っているんだね」
「中をお見せしてもいいのですが、多分後悔されますよ。あえて言うとすれば、高位の聖職者の面々が乗っておられます。俺は御者件護衛でして」
「むむ、そうか。であればこの頑丈そうな馬車も納得か。ところで貴様は冒険者か? 今後の予定は決まっているのか?」
どう答えたもんか。まあ決まってないんだけど、なーんか嫌な予感がするんよな。
「これからギルドに顔を出すつもりです。護衛継続の依頼があれば受け、なければ探す予定ですが」
兵士相手に嘘をつくと厄介だ。辻褄が合わないと鬼詰めされるのはどこの国でも同じだろう。
「ほう、そうか。では護衛の依頼は終わりにするようにギルドへ使いを出しておく。今から町の西側にある詰め所までついてくるんだ」
「あの、何かしましたかね。連行されるようなことはしてないのですが」
「説明は後でするから、早く来い」
いきなりの逮捕なのか。朕たちの手配書でも出回っているのだろうか。
ありうる。キサラとシャマナの宗教中毒者ならやる可能性は高い。
兵士たちの人数は八人。とてもではないが振り切れるようなものではないし、貴重な馬を傷つけるわけにはいかない。ここはおとなしく従うが吉か。
「よし、ここで止まれ。ハゲ男、詰め所に入るんだ」
「は、はい」
心臓が久しぶりにバクバクする。後ろめたいことがありすぎて、口を開けない。
「おいハゲ、貴様の名はなんだ。ギルドでのジョブは?」
「ハ……くそ。俺はローエンといいます。ジョブは……剣士でしょうか。特に指定されてはいませんが、剣を使いますので」
「ふむ。それでハゲ、従軍経験はあるか?」」
おい、名前聞いた意味ねえだろ。ああもういいよ、ハゲで。
「従軍経験は……って、え、従軍?」
おい、これまさか……。
「戦争に行ったことはあるかってことだ。あれば歩兵に、なくても歩兵だがな」
「あの……戦いに来たわけではないんですが。それに私は外国人なので、この国とは関係がないと思います」
「冒険者は一律で徴兵だ。すまんが国家存亡の危機だからな、使えるものはなんでも使いたいんだ。諦めてくれ」
くそ、例の海の部族とやらか! 一刻も早くジンを追わなくてはならんというのに、余計な回り道をしていられん。だがマリカたちを連れて逃げるにも、もはや限度がある。せめて朕の身一つで済ませるべきか。
「連れはすべて女性なのですが。彼女たちは免除されるのでしょうか」
「さっきも言ったが冒険者はすべて徴兵だ。それから聖職者も治療のためにご足労いただいている。つまりは全員の身柄を軍が預かることになるな」
だめじゃねーか。このままでは全員まとめて、ろくに知りもしない相手とタマ取り合うことになる。
帝国での新兵の扱いは、恐慌状態を起こさないように自軍の両翼に振り分け、周囲をベテランで囲むという運用だった。それでも一定数は発狂するのだが、それは武運がなかったということで諦めてもらうしかない。
さて、では南大陸ではどうなのか。
「ちなみに歩兵といっても色々ありますけど、どのあたりに配置されるんですかね」
「ん? 徴兵したやつは順番に最前線に行ってもらうぞ。ひたすら敵を倒せばそれでいい。指揮官の命令は聞こえれば運がいいほうだな」
何その逐次投入。典型的な負け戦のパターンぞ。戦争ってのはしっかりと準備したうえで、まとまった戦力を一気にぶつけて勝利をもぎとるのが定石だってのに。
こりゃ相当押されているんだろうなぁ。末端の兵士の話であっても、勝てるビジョンが浮かんでこないよの。
「ではこの国を出ていくというのは……」
「残念ながら、出国は許可されていない。今逃げる奴は内通者とみなしている」
「左様でございますか」
うーむ、避けられんか。まったく想定していなかった事態だから、思考をまとめるのに時間がかかる。ん、そうだ。アルバートの傭兵団があったな。
「実はここに来るときに、ヴィレム傭兵団から勧誘を受けてまして。できればそこに加わろうと思うのですが」
「ふむ、傭兵団か。構わんぞ。戦争に出るのであれば文句はないし、面倒事は傭兵団が見るだろうから国軍の負担も少ない。そういうことならば早速手続きを始めよう。名前は書けるか?」
いいよわかったよ。もうこうなればやってやろうじゃないの。
どこの蛮族か知らんが、朕の足を引っ張った報いは軽くないぞ。
たとえ相手がどんな輩であろうとも、朕は己が信じる道を進む。
文字通り、海の藻屑にしてやるわ。はーっはっはっは!
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