第46話 朕、決断す

 朕は果報者であるとしみじみ実感する。

 よその世界からの放浪者であったこの身を迎え入れ、一国の長として認めてくれら北大陸の人々たちよ。どんなに感謝をしても仕切れぬほどの恩がある。

 今もこうして傅き、朕の言を待つ姿は涙腺を刺激する。


 そして南大陸にも同様の感謝を捧げたい。まさしく浮浪者そのものだった朕に居場所を与え、不便ながらも気の知れた仲間とともに苦労する毎日はかけがえのないものである。


 そも皇帝とは何か。

 目につくすべてを欲し、臣民に希望を与え、国運を握る。

 究極的な収集癖の体現者であり、二兎を追いては両方手にいれるものだ。

 欲張りの権化。自らの欲求を満たすまで、常に動き続けるシステムの頂点を皇帝と呼ぶのだ。


「朕は――ここに和平を命ず」


 すべてを手に入れるのは、朕よ。

 北大陸の臣民の安寧も、南大陸での冒険の日々も。どちらも朕を構成するうえで欠かせぬものである。

 

「これ以上の戦火は朕の望むところではない。故にすべての将兵は、これ直ちに和平への道を探るべし」

「し、しかし陛下! 主君の頭髪が、このように残酷な惨状に至らしめたこと、誠に無念の極みであります。どうかお命じください、この地を灰にせよと!」


 残酷な惨状って……。いいよ、朕も鏡を見るたびにやべえって思ってるから。

 朕の毛髪の敵は朕自身の手で討つ。それが道理よの。


「不許可である。アニエス・ワーウィック。これは勅命だ」

「う……ぐっ。かしこまりました、陛下。謹んで拝命致します」


 流石に近代式連発銃と火砲を装備した帝国軍と、原始的な金属兵器しか持たない軍が戦ったらえぐいことになる。接敵すれば即ミンチになるのは間違いない。いや、すでに肉塊を量産してきたのやもしれぬ。


「陛下、御身は帝国へと戻られるのでしょうか。臣としましてはその一点こそが重大と存じますが」

「戻らぬ。朕に二言はない」

「なんと……帝国をお見捨てになられるのですか」


 くっそ、何か言い訳をしないとまずいか。こいつら死兵になってでも朕を北に引きずっていきそうな面構えしてるもんな。

 もっともらしい……それでいて威厳のある……。

 お、ティンときた。


「これは朕からの試練だ、アニエス。朕がいつまでも帝国にいるとあれば、安堵の気持ちが勝るであろう。貴公らが職務精励であることは知っておる。帝国の文化も隆盛を極めた」

「左様でございます、陛下。陛下あっての帝国。民は偉業を讃えております」

「それだけでは足らぬのだ。よいか、朕が不在の時期であっても帝国が正しく運営され、新しき法理や学問、統治形態を模索し続けなくてはならない。なぜならば、進化を止めたときにこそ人類は滅びの道へと落ちるからである」


 仮に国家を企業に変えてみよう。必ず前年度よりも高水準の売り上げ目標が設定され、過酷な生存競争を耐えるべくすべての社員が知恵を絞って戦っている。

 効率的なシステム。魅力的な商品の開発。土台となるマーケティング。組織を守るコンプライアンスとガバナンス。どれが欠けても企業にとって大ダメージとなえうことだろう。


「近衛騎士アニエス。侵攻軍の指揮官は誰ぞ」

「はっ、海軍大将のイングリッド・ネルソン提督であります」

「うむ。ならば卿とネルソンで難しき和平をまとめてみせよ。朕が見守ってやれる間に、独立独歩の気概を涵養するのだ」


「そのような深きお考えが……流石でございます、陛下。身どものような矮小な考えでは、陛下がお持ちの真理に近づけませんでした。今ならばその一端をつかめた気が致します。すべては臣民の教育のため、国家の火急存亡時に団結して守り抜く姿勢こそを尊ぶべきであると、そうお考えなのですね」


「うむ。朕不在の帝国を、見事切り盛りしてみせよ。そこにこそ北大陸の繁栄がある」


 気がつけばすべての帝国兵が涙している。銃を落とし、カーキ色の軍服の袖で目を必死にぬぐう姿がそこにはあった。


「深謀遠慮、確かに承りました。これより敵軍との和平交渉に移る所存です。つきましては陛下」

「なんじゃ」

「我が首を交渉時の手土産として運ばせたく思いますが、ご許可いただけますでしょうか」


 こいつ何にもわかってないじゃないか。

 帝国人はやたら自害しようとしすぎぞ。アニエスの死を許可したら、明日には全軍の死骸でこの平地が埋まる予感がするわ。不許可に決まっておろう。


「断じて否である。卿は生存したまま交渉を終えよ」

「慙愧の念に堪えませんが、勅命とあらば。では私は軍を引かせる指揮を執りたく思いますので、御前より下がらせていただきます」

「うむ」


 デスノートを自分の名前で埋めそうなアニエスだったが、どうにか説得することができたと思う。

 おわかりいただけただろうか。

 朕がいかに北大陸できっつい日々を送っていたかを。


 まあいい、これで戦争も終わる。弓手として壁上に上がった部隊には申し訳ないが、これ以上の戦死者が出ないことが肝心だ。

 とっとと帝国兵を北へ送り返そう。間違っても銃や火薬を鹵獲されないようにな。

 南の世紀末人たちが新鮮な武器をみつけたら、毎日町が焼かれることだろう。


 町に戻った朕は、多くの兵士に囲まれて、胴上げをされた。

「神の子ローエン様万歳! 平和の使徒に栄光あれ!」

「敵の侵略を止めた伝説の勇者だ!」

「ありがたや、ありがたや」

「小癪な蛮族を退けた神聖な御子よ、我らの感謝を受けてほしい!」


 生粋の蛮族がインテリ蛮族を退けたとかほざいてる。もはや意味不明の状況だ。


「この町で一番の椅子を持ってくるんだ! 座していただけるのは光栄なことだぞ」


 宝石で飾られ、繊細な蔦の彫刻がなされた椅子が運ばれてくる。

「ささ、この神座へ! いいかお前ら、ローエン様に揺れを感じさせるなよ! 全員気合を入れてお運びするんだ!」

「おう!」


 お神輿かな?

 半ば無理やりに座らされた椅子は、筋肉だるまたちに持ち上げられて、町の議事堂へと運ばれる。まあ議事堂っていってもボロい集会所レベルだけどね。

「わっしょい、わっしょい」


 なにこの公開処刑。

 朕はちょっと古巣の者たちと話をしただけぞ。

 あれよあれよいう間に、朕は会議の中心になってしまった。両脇はがっちりと固められてるので、逃げようにも逃げられない。

 帝国から停戦協定の先触れが来たので、皆が勝利したのだと認識している。


「総指揮官のラミレスです。改めて神の子ローエン様の助力を感謝いたします。恐るべき短時間での敵軍鎮静化に、王国軍は尊敬の念を抱いております」


「……たまたまうまくいっただけだ。そう何度も無いことだと思うから、過度な期待はしないでくれると嬉しい」

「そうですな。しかしあの蛮族どもを平伏させるとは痛快でした。ここは一つ、やつらから絞るだけ絞ってやりましょう。全員の身ぐるみを剥いでも飽き足りませんからな」


 おい、やめろ。そういう発想が君たちのやべーとこなんだよ。

 人のモノは盗ったもん勝ちみたいなところ、火種しか呼ばないからね。


「待て。せっかく穏当に交渉に入れたんだ。相手を無駄に刺激しても仕方がないだろう。いくらかの賠償金と撤兵程度で済ませるべきだと思うが」

「くくく、ローエン様もお人が悪い。賠償金とは恐れ入りますな。つまりは賠償名目であれば金目の物をどれだけ要求してもよいと、そうお考えでしたとは。いやはや、我ら常人の考えの先におられますな」


 なんで朕が常人の枠から外れてるんだよ。あんまふっかけるとまた砲撃喰らうからマジでやめろ。交渉中に撃たれても不思議じゃないぞ。


「では、我がシンハ王国とダグラム王国を荒らした蛮族どもに、目玉が飛び出るほどの要求を叩きつけてやりましょう。なぁに、こちらには神の子がおられる。なんの心配もない!」

「おおおっ!」


 人の努力を無に帰すことに関しては、南大陸人の右に出るものはいないのかもしれない。まあいい。多少強引になるが、アニエスには兵器以外は供出しろとでも命ずるしかないか。

 テーブルの上に舞い散る毛を眺め、朕が痛む胃を押さえるしかなかった。


 夏草や、毛根どもが夢のあと。松尾芭朕。

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