第47話 朕、和平を促す
帝国軍の攻撃が停止し、各国のお偉方がウォードの町に集合するまで一週間の時が必要だった。
その間に朕は双方の仲介、というか要望を聞きまとめる役に徹した。
帝国軍とシンハ・ダグラム連合軍。もう欲望というか、自分たちの要求を100%聞かせることしか考えてない。こんなん交渉じゃなくて命令だ。
どちらも激怒するであろう内容を手に入れた朕は、頭を抱える以外になかった。
帝国軍
①南大陸のダグラム王国の統治権の要求。王国は解体し、以後帝国軍の指揮下に入ること。戦力の保持は認めない。
②現行の法律は撤廃し、北大陸のものを適用すること。
③軍施設はすべて接収。在ダグラム帝国軍の基地を建設し、費用を負担すること。
④南大陸において聖帝ローラント一世の意思を最優先とすること。不敬罪の設立。
⑤帝国軍の軍紀違反は外交特権とし、裁判は帝国で行う。
⑥必要に応じて帝国への財・物資の供出を行う。
もうやばい。
完全に植民地扱いで、ぺんぺん草も生えないぐらいの高圧外交だ。
帝国軍としては連戦連勝、技術で劣る南大陸に譲歩する必要性を感じてはいない。ゆえに勝者の特権+朕への服従という北の常識を当てはめて考えている。
和平は確かに命じた。しかし独立独歩で帝国は歩むべしとも言った。
その結果がこれだ。
完全に絞め殺しにかかってる。
「ん、もう一戦やるか? こっちはいつでも構わんぞ」と、再度の武力介入をためらわない内容になってしまった。
もう一方の南大陸側もやべー要求ばかりだ。
連合軍(シンハ王国 ダグラム王国)
①侵略行為に対して、国家元首の謝罪と被害費用の賠償。なお上限は定めない。
②帝国軍の衣服以外すべての軍事物資の接収。
③軍事技術の開示と製法の伝授。作成の資源の提供。
④北大陸に領地を用意する。面積は各王国の半分程度とする。
⑤侵略軍首謀者の処刑。戦犯の裁判権。帝国軍は以後南大陸に立ち入り禁止。
⑥ローエン・スターリングの身柄は引き渡さない。
⑦兵士の二分の一を奴隷とし、労役義務を課す。
だからそういう内容やめろっての。相手の実力をちゃんと理解してくれ。
南大陸人もこの戦に勝利したと思ってるんだよね。何もしないで敵が平伏したのだから、居丈高になるのはわかる。でもね、それをやっていい相手じゃないぞよ。
正義マンが社会的弱者にマウント取るのは、しばしば看過されてしまう行為だ。どんなに止めても一定数の自己承認欲求のモンスターがいるのは間違いない。
じゃあそいつらが893の事務所で同じことやれるかって話ですよ。自己保身を考えて、きちんと一般市民を演じることだろう。
南の人たちは戦勝気分で、触れちゃいけない人たちの前で、下半身丸出しで遊んでるようなもんだ。金看板に排泄物を塗りたくっている様は、見ている朕も冷や汗たらたらぞ?
さて、持ち帰ったこの唾棄すべき要求をどうしたものか。
どちらも相手のケツの毛までむしるような意気込みだ。こんなもんを会議の俎上に出すわけにはいかない。
仕方ない、強権発動か。朕は一介の冒険者として生きていきたいが、南大陸が灰になってしまっては意味がない。
よし、ではちょちょいと書き直して……と。
うむ、これでよかろう。これを飲ませる。顎を砕いてでも飲ませるぞ。
――
帝国軍と連合軍、両陣営の指揮官が一つの部屋に集まった。
朕は仲介人として双方の間にいる。両者の利益を確保し、退くべきところは退かせる役目を果たさなければならない。
「ではこれより講和条約の締結に向けた、会議を開始いたします。連合国代表、ジルギット・シンハ殿下。そして帝国軍代表イングリッド・ネルソン閣下でございます」
握手もない。もうお互いの頭の中には、いかに要求を飲ませるかしかないのだろう。下手ななれ合いはしない方針のようだ。
「では両者の講和条件を交わしてください。質疑応答は熟読後に行います」
帝国からは正式な書面が。連合国からはパピルスが渡される。
「なんだこの手触りは……このような技術まで持っていたのか。実に有用だ」
シンハ王国の第一王子殿下は、ふんだくる財が増えたことに満足しているのだろう。まあ紙の技術ぐらいは流出しても問題はないか。売ればもっと金になるが、一応は相手に包む実弾として残しておきたい。
「なんだこのふざけた用紙は。我々を舐めているのか」
おちつけネルソン。それが南大陸で一番上等な紙ぞ。無いものを要求しても空気以外は出てこないからな。
「熟読するまでもない。帝国にとって何の利益にもならん内容だ。論外と言わざるを得ない」
「こちらも憤慨している。全面的に平伏したのだから、素直に従えばよいものを」
だよね。だから最後の条項を見てほしいんだ。
「ん、これは……なんだ、そういうことであれば冒頭に大きく書いておけばよいだろうに。まったく人騒がせな」
「この条項は……ふむ、逆らえんか。この内容であれば締結することに問題はない」
付帯条項
帝国側:
①聖帝ローラント一世の滞在は一年ごとに北大陸と南大陸双方に住む。その際、滞在国には帝国が軍事関連以外の技術供与を行い、滞在支度金を支払うものとする。
②滞在国はローラント一世の身柄を保障し、その通行の安全と行動の自由を担保するものとする。
③聖帝ローラント一世の名のもとに、南大陸の文化・軍備は保持されるものとする。
つまりは朕が冒険者したいから、色々と便宜を図ってくれという内容だ。
帝国の民生技術と資金が流入すれば、南大陸の人々が飢えや病で亡くなることも減るだろう。
連合国側:
①聖帝ローラント一世は民間人として扱うこと。政争・戦争・宗教的儀式等への参加は、本人の意向に一任するものとする。
②南大陸は特産物の一覧を作成し、適正価格で北大陸と貿易すべく、協商条約を締結する。相互の利益を確保し、一方が不利益を受けすぎないように配慮すべし。
③神の子ローエン・スターリングの名において、北大陸は以後南大陸に軍事干渉をしない。
南にも美味しいお汁をゴクゴクさせないといけない。どの国がどんなモノを売るかは自由だし、価格設定も自然と適正化されていくことだろう。
どうだね、双方とも。この辺で落としてくれないかね。
朕は代表たちの顔をギロリと睨む。これで決めないと怒るよという仕草を見せておく必要があるからな。
「帝国側は異存はない。ただちに撤兵し、聖帝陛下の詔勅に従うことにする」
「我ら王国軍としては賠償金の存在が抜けていることが懸念されるが、貿易での便宜を図ってもらうことで解消されるものと信ずる」
ふう。よかろう。
これで手打ちとしようぞ。
もともと武力と技術で一世紀以上離れている相手に、対等な講和内容なぞ通るわけがない。朕の権威で認めさせる以外にないだろう。
「お待ちを」
何奴っ!?
手をすっと挙げたのは、アニエス・ワーウィックだった。
そうだね、朕が和平の会場に呼んだんだったね。静かだったから安心してたのに。
「この条約を反故にした場合に、責任を取る人物の記載がされておりません。しからば連合国からお一人、そして帝国から一人人質—―いや、外交官を出すのはいかがか」
「一理あるな、アニエス。で、誰が行くのだ?」
「勇猛にして忠義篤い者。陛下の徳を知らしめるに相応しい者。そしてその身を守り通すという強い信念を抱く者が相応しい」
「わかったわかった。お前が行きたいんだろう? 近衛としての役目を果たしてくるがいい」
えっ、アニエスを解き放つの?
やめようよ。帝国に連れて帰ってくれ。朝起きたら自害してそうな人選はアウトぞ。
「陛下のお側につくは我が身の幸福。万が一の時に首を差し出すのは誉れ。どうぞこの身を使い潰しください」
「いや、朕は……」
「こちらも相違ない。その線で進めてくれ」
「えぇ……」
シンハ王国も代表として第四王子を差し出してくることに決まった。一応は帝国に留学という形で迎え入れることになる。
正式に和平の調印が終わり、朕はようやく自由な生活に戻れそうだ。
「陛下がお使いの名前に、ローエン・スターリングというものがあるのですね。今まで通りに記録させていただきます」
お前か、アニエス。お前が朕の偽名リストを作ったのか。
ああ、これから毎日朕の行動録が綴られるのかもしれぬ。おのれ、いつか帝国に送り返してやるからな。
会議場で拾った朕の抜け毛をうっとりと眺めるアニエスは、いつか見たキサラたちのニチャ顔とよく似ていた。
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