いざゆかん、新たなる旅へ!

第48話 いきなり閑話:Aces

 ああ、あの人っすか。ええ、知ってるっすよ。

 話せば長いっす。

 知ってるっすか? クズには三種類あるってこと。


 一つは強いと思って突っ込んでいくクズ。

 二つはプライドだけはやけに高いクズ。

 三つめは宗教にどっぷりはまったクズ。


 あの人は――。


狐獣人マリカ


「ヒヨコ豆ってのはいいっすよね。乾燥させれば持ち運びも楽だし、たくさん捕れる。それでいて安いっす。毎日食べるのはちょっと気がおかしくなるっすけど、背に腹は代えられないっすからね」


 私はアニエス・ワーウィック。帝国内務省・近衛騎士隊長の任を賜っていた身だ。これから先、聖帝陛下が望まれる冒険の旅に出る前に、彼女たちの話を聞いておかなくてはならない。


 きっと私の知らない陛下がそこにはいるのだろう。陛下は自分を一冒険者として扱えとお命じになった。故に私はその御意に従うべく、少しでも南大陸人に慣れなくてはいけない。


「顔を見てピンときたっすね。ああ、この人は追われてる。何か弱みを持っているって。そういう人たちってのはちょいと押すとすぐ転んじゃうんすよ。でも、中々にタフでしたね」


 聞けば彼女は元邪教徒だという。有無を言わさずに陛下を連れ、地下にある教団本部に拉致監禁をした疑惑が挙がっていた。


「普通はお金もらって、食べ物もらって、住むところをもらえば、すぐに従順になるはずっす。けど、あの人は誇りは捨てなかったっすね。まあそういうところが気に入ったのかもしれないっす」


「一緒に冒険者やり始めて楽しかったっすね。私は今までふざけた武器って蔑まれてたんですが、文句を言いながらもちゃんと最後まで付き合ってくれたっす。ふふ、いつからか私の方があの人を目で追ってたっすね。そういう人徳ってやつ、もってるんすよね」


 一介の日雇い労働者に身をやつそうとも、陛下の仁慈はとどまるところを知らないか。帝国人として実に誇らしく感じる。


元ディアーナ教シスター・ミーシャ


「最初から思ってたよ。ああ、この人ハゲるなって。だって色々しなくてもいい苦労を買ってでもしてたからね。そういういい人は私たちの住んでいたところでは、うまく使われてポイされるのが決まってる。だから髪の毛ぐらいで済んだのは、まあよかったんじゃない?」


 耳がとがっているこの少女は、年齢13歳だという。やけに達観しているが、彼女の身の上を聞くにつれ、私の中ではむしろ必然の成長だと思い始めた。


「大体さ、ミィにうるさく言われた人ってすっごく怒るんだよね。で、私のことをぶったり蹴ったりするんだ。ミィはそういう大人には近寄らない。この年で犯されて子供とか洒落にならないしね。この大陸では強くなくちゃ生きていけないの。でも戦うのは最後の手段。戦う前に敵を避けるってのが、長生きする秘訣なんだよね」


 さらりと強姦されるリスクを口にするのには恐れ入る。法治や警察機構の不十分なこの南では、略奪者のやりたい放題なのだろう。自衛手段を持つことは、空気を吸うのと同じくらい自然なことに違いない。


「ふふ、かわいいよね。ざこって呼び方。ミィはあの人好きだよ。だってちゃんとミィに向き合ってくれるし。怒るけど手は出さないし。大人って、きっとああいう人のことを言うんだよ。あ、でもいずれ責任はとってもらう予定だから。いろいろ男の人にされたらいけないことされたし」


 おいたわしや。帝国であれば陛下がお決めになられた児ポ法に引っかかってしまう。陛下がこの少女に何をしたのかを追求することはできないが、いずれ年をとれば側室として迎えてもいいのかもしれない。それが陛下が目指す万民幸福への道だろう。


薬師モモ・ヴァールラント


「吾輩の考え? ふむ、しいて言えば恩人、だと思う。吾輩は常に孤独。一人で開発し、研究し、創薬し、実験する。誰にも褒められず、なんの報酬もない。それでも続けていたのは、吾輩の母の跡を継ぐため。一族の事業は一族が守る。ウェンディゴは簡単に義務を放棄したりはしない」


 この娘は手足が毛むくじゃらの、ウェンディゴという生き物だ。最初は獣のように理性が無く、傍若無人なふるまいをするものと思い込んでいたが、その実逆であった。

 彼女、モモは実に文明人である。物事の正邪を判別し、自らの修行を怠らず、人に対しては謙虚に接する。帝国でもしばしば無礼な輩は存在するが、モモと比べればどちらが野蛮人であるか一目瞭然というものだ。


「吾輩は新たな使命を得た。ジン。それが吾輩が倒すべき相手であり、あの人と一緒に挑戦する敵である。疫病というものは根深い。経済活動を麻痺させ、人々に疑心暗鬼の念を植え付け、罪もない者が多く死ぬ。吾輩はそれが我慢できない。必ず粛清すると胸に誓った」


 陛下がおっしゃられていた、ジンなる怨敵。このシンハ王国に入り込んだと聞いているが、そこで情報は途絶えてしまったようだ。今後は冒険の旅をつづけながら、各地で足取りを調査していくことになるだろう。

 疫病を憎むモモは、諸国民の中の正義であると保証できる。願わくば彼女の悲願がかない、この世から苦しむものが一人でも減ることを祈るばかりだ。


元ディアーナ教 神子 キサラ・シャルロウ


「あの人のことを語るのは、神に対して論評を述べるのと同義。私の口からは疑義をさしはさむことはできません。それでもよろしいのであれば、あくまで第三者的な見方を申し上げましょう」


 こいつはクズだ。ど、がつくレベルのクズだと聞いている。

 畏れ多くも陛下の頭髪をむしっては、霊験あらたかな逸品であると販売し、無責任に神として祀り上げ、挙句の果てには陛下が湯あみをされる場で同性愛を強行した、正真正銘のクズだ。


「そうですね、あえて属性をつけるとすれば、父親……でしょうか。私たちの行いを見守り、時には怒り、時にはなぐさめる。そして行動に嘘がありません。心根は善良にして公平。尊敬に値するに十分なお方であると断言できます」


 驚いた。ドクズの口からこのような評価が出るとは。てっきり宗教的権威の具にしているか、金ヅルの一つと考えているに違いないと思い込んでいた。

 私ははっきりと言わなければならない。陛下は真に神から祝福を賜っている存在であると。唯一無二にして、この地上で信じるべき価値のあるたった一つの存在だと。

 だが妙にためらってしまうのは、なぜか。きっとこいつの蕩けた笑顔に邪気を感じているからだろうか。


「あの方の教え、存在、思想、価値観。すべてを民に教育せねばなりません。わわわ私は、ふへへ、そこで新たなる神子として、ぐへへ、指導の立場を得るのです。ああ、素晴らしきユートピア。全人類の魂が一つになるのです。考えるだけで、もう、もう、ああああっ!」


 訂正しよう。こいつはゴミだ。最大級の侮蔑をもって応じよう。

 陛下のご命令があれば、即座に斬り捨てるべき愚物だ。


元ディアーナ教 聖女 シャマナ・バロウズ


「ボクは目覚めたんだよ! これもあの人のお導き、教えがあってこそさ!」


 ものすごい勢いでまくし上げられたが、こいつもクズだ。陛下のお側にはあってはならないレベルの危険物である。


「女の子同士っていいよね。ボクは今までどうしても自分を誰かにあげたかったんだ。だから爪をきったり、皮膚を削ったり、髪の毛を砕いたり、血を混ぜたり。他の人と一体化することを望んでたんだよ。ああ、あの人になら滅茶苦茶にしてほしかった」


 斬るか? 

 いや、陛下からのご命令がなければ許されない、か。危険思想の持ち主だが、一寸の虫にも五分の魂、無下に扱うのは陛下の御意ではないだろう。


「でね、キサラは言うんだよ。ボクの肌は張りがあって舐めやすいって。もうそれだけで達しそうだよ。この鍛えた体から出る汗を、愛する人が体内に入れてくれるんだ。これ以上の幸福ってこの世にあるのかな」


 意味がわからない。

 こいつと話す価値があるのか疑問だ。しかし戦闘に関しては陛下もお認めになるほどの腕前と聞く。冒険者として生きるためには彼女のようなゴミともうまくやっていかなくてはならないだろう。

 私は試されているのだ。社交術とは何も同じ水準の知能を持つ相手ばかりではない。自分よりもはるかに頭が弱く、狂人一歩手前の者とも意思疎通を図らなくてはいけない。

 近衛騎士の道はまだ半ばというところか。私も修行が足らないと痛感する。


「でね、その指先が――」

「ありがとうございました。大変参考になりました」


 陛下、申し訳ありません。この二人は私には荷が重うございます。

 十全の働きが出来ぬこの能無しを、どうかお許しください。


――

 後の世に発掘された、近衛騎士アニエス・ワーウィックの手記より。



※冒頭はパロディです。

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