第三章 新たなる冒険へ

第23話 邪教徒→聖人→ご神体→救世主 統一してほしい

 馬車での旅もまた爽なり。快なり。


 シンハ王国に向かうには四つの国を通過しなくてはいけないそうだ。直線距離を最短で縫ったとして、日程にして一か月以上の長旅になるだろう。

 まず朕たちが目指すのはリーゼル王国になる。残念なことにそこはディアーナ教の影響下らしく、このメンツで乗り込んだら大変頭が痛いことになるだろう。


「ですがローエン様。リーゼル王国では寄進や布施がかなり贈られてくると思います。私たちは旅の路銀の大部分は新教会においてきてしまいました。補給の容易さを考えるとここは進むべきかと」

 キサラが進言してくる。確かに無駄に費用を使わないですむのであれば、それに越したことはない。ただなぁ。


「うーん。俺が御神体扱いされてる事実がワンチャン伝えられてないかもしれないしな。キサラとシャマナの名前宛てで供物が来るのであれば、それは今までと同じ出来事なのだろう。俺が物申す必要もないか」


「ローエン様を新しき神として祀る旨、各国にある教会に使者を既に送ってあります。リーゼル王国では盛大な歓迎を用意していると」


 よしアウト。


「OK、逃げるぞ。そんな簡単に廃教に乗っかるような危ないやつらの中に突っ込めるか。そもそもドコも俺の存在を疑いはしなかったのか? こういうことを言うのも嫌だが、お前ら二人が篭絡されたり操られたりといった可能性は考えないのか」

「考えないと思うな。聖人様がそう仰せならボクたちは従うだけなんで……でも絶対追手が来ますよ」

「めんどくさい人たちだね、君らは。シャマナが何か言って抑えることはできないのか?」


「無理じゃないかな。ほら――」


 馬車の御者台からシャマナが前方を指さす。どれどれと示す先を見ると、怪しげな木の板が進む先の木々に括りつけられている。

 馬車を止めて確認すると


『新生ディアーナ教本尊、ローエン様一行歓迎』


 マジかおい。もうすぐ小さな村があるって聞いてたけど、割と離れてるよ、ここ。距離的にして10キロくらい。

 赤い謎の塗料で書かれた歓迎の文字は、目につく道沿いの木に偏執的なまでに掲げらられていた。これじゃあまるで呪いの藁人形だよ。


「仕方がない、行くか。もう回り始めたもんは止めようがないしな」

 覚悟なくして南大陸には来れない。如何なる目に合おうとも、朕はこの冒険だけはやめるつもりはない。


「マリカもミィもそれでいいか? 割と平然としてて逆に怖いんだが」

「やー、私ができることってなくないっすか? ミストラの地下教会も既に暗黒組織じゃなくなりましたし」

「ミィはジェリングが息苦しくなったから、もういい感じ。みんな無事だったし」


 ミストラ教は一躍時の人、いや組織になった。新生ディアーナ教が設定上、聖人でご神体たる朕を悪魔の誘惑から匿っていた正義の一団として、メジャーデビューしてしまった。最初はキサラもシャマナも滅殺モードに入ってたけど、朕の必死の除名嘆願が届いてくれた。


「もうヒヨコ豆とはおさらばか。あれ意外と美味しかったよな」

「舌が恋しくなったら、落ち着いた先でヒヨコ豆でも送ってもらいましょう。地下教会の豆レシピは100以上ありますからねー」

「はっはっは、当分これからは食料に困らないはずだからな」

 パカパカと二頭立ての馬車は進んでいく。


 馬車を引く白馬の名前は『レイン』。栗毛の方は『マール』という。二頭ともよく言うことを聞き、気性も大人しくて助かっている。


 その二頭が突然歩みを止めた。

「くんくん。人間のにおいがするっすね。鉄錆と垢に塗れた気持ちを昂らせる香りっす」

「鉄錆……ね。山賊でも伏せているのかもしれん。総員戦闘準備だ。マリカとミィは馬車を守れ。キサラ、シャマナ、前衛に出るぞ」


 了解との答えが戻され、朕はもうそろそろ休ませてくれ、楽にしてくれと悲鳴を上げているサーベルを手に馬の前に出る。

 確かに。よく潜伏しているようだが、気配を完全に殺しきれていない。自明の理か。この周辺で一番金銭を保有して移動しているのは朕たちの可能性が高い。一攫千金を狙ってこその賊徒よな。


「おい、かくれんぼはもういいぞ。早く出てこい。さもないと森に火をつけるぞ」

 ガサガサと木の葉がずれる。木の陰や幹の上、茂みの中からそれはもう絵にかいたような山賊フェイスの一団が現れた。


「殊勝な心掛けだな。そのまま去るのであれば見逃してやってもいいぞ。抵抗するのであれば骨を二、三本叩き折って、この先の村に放り込む。返答やいかに」


 山賊たちは無言でにじり寄ってくる。

 手に手に斧を持ち……斧……斧、じゃない?


「お尋ねしやす。『救世主』・ローエン様のご一行でございますか?」

 なんだよ救世主って。ジョブチェンジの更新頻度早くないか。

「世界を救うかどうかは知らないが、俺がローエンだ。お前たちは――」


 掲げられるプラカード。

 大斧と見まがうほどに凶悪なデカさの、木の板と赤文字。


「お待ちしておりやした! 救世主ローエン様万歳!」


 眼帯に髭面、何年洗ってないんだと言わんばかりの脂ぎった黒髪には白髪がまじっている。他にも口裂け女もかくやと言わんばかりの傷を持った男や、この南大陸では前衛的であろうモヒカン頭の賊もいる。


「あなたたちに問います。私は異端審問官にして旧ディアーナ教次期当主候補の、キサラ・シャルロウです。我がを歓迎すると申しましたが、この先の村はどうなりましたか?」

 ん?


「へい、あっしらはそこの村の住民でさ。救世主様がお立ち寄りくださると教会の神父さんから聞いて、護衛のために一肌脱ごうかと思いやして。驚かせて申し訳ありやせん」


「元ディアーナ教聖女。シャマナ・バロウズだ。ここで偽りを口にするとの天罰が下るぞ。ボクの目を見て同じことを二度言えるか?}

 んん?


「はい。あっしらは賊抜けした男衆でして。見た目はこんなですが、今ではまっとうに畑を耕して暮らしてやす。誓って救世主様に危害は加えやせん!」

 頬をぽりぽりと搔きながら、男がにじりよってくる。


 殺気は無し。斧と思っていたのはすべて看板。よく見れば栄養がいきわたっていないのか、少し瘦せているようだ。

『邪念感知』『罠感知』『梟の瞳』

 探索網を広げ、心と土地と村の気配を探る。

 おお、なんか焼いてるな。村の中心で。ゆっくりと金属棒を回しているところから、牛か豚か。


「キサラ、シャマナ、大丈夫だ。こちらも高圧的で悪かった、お前の名前を教えてくれないか」

「へい。あっしはザハールと言いやす。村ではウリを育てておりやす。他にも山の見回りや時には狩りもしやすぜ」

「勤労精神あふれてるな。せっかくのお出迎えをもらったのだから、ぜひ立ち寄らせてほしい」


「ははっ! てめぇら、救世主様のおなりだ。兎一匹通すんじゃねえぞ!」

「へい、お頭!」

 やっぱお頭だったのね。道理で他の自称村人たちよりも圧が重いと思ったよ。



 村についてまぁぶっ飛んだね。

 めっちゃ人間焼いてるもん。

 あれ、朕この光景前世のゲームで見たことありそう。


「ねえざこ、あれなにやってん?」

「見るな。ってかこの村やべえぞ。なんか雰囲気がおかしい」

 

 村民総員が武装している中、朕たちは知らぬ顔で広場に向かう。

 人間バーベキューしてる笑顔の人々から歓迎を受け、朕はもうどういう顔をしていいかわからなくなってきた。

 深くは聞くまい。早めにここを立ち去ろう。

 

 この村で出てくる肉だけは、絶対に食べないと心に誓う。

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