第24話 エゴイスト

「聞くだけ聞いておこう。これはどういった事態だ。歓迎だとか自分は農民だなどと言われても、やってることが全然違っているのだが」


 流石に朕でも人間でキャンプファイヤーは引くよ。確かに朕も戦争で相手を殲滅したり、まつろわぬ民を追いやったりはしたが、残虐行為を許可した覚えはない。

 地球生まれ日本育ちの現代人が、じゃあスナック感覚で人焼くか? って話よ。


「救世主様。ご存じないのですかい、こいつはモンスターですよ。極めて凶暴なやつで、人間を好んで襲ってくるんでさ」

 金属の串を刺されてぐるぐる焼かれてるという、かなりのグロ映像だが怯むわけにもいかない。


「こいつは殺人妖精のウェンディゴって言うんでさ。飲まず食わずで生きていける割には、人肉や血液は好んで口にする敵性種族ですぜ。噛まれると同じウェンディゴになっちまうし、簡単な傷はアッと今に治っちまうんで、こうやって丸焼きにするしかないんですよ」


 思ったよりも大真面目に危険な生き物だった。なるほど、焼けずに残っている足を見ると老人のように皮膚がカサカサになっており、体色が白い。


「救世主様、やつらはここから二日ほど南に歩いたところにある廃村に住んでいやがるんです。何度か巣穴らしき洞窟を狙いやしたが、まだ全滅しきれてません。村を襲ってくる頻度は少ないんですが、都度人がさらわれたり家畜が殺されたりするんでさ」

「厄介な相手だな。ザハール、何か弱点はあるのか?」

 問われた彼は少し悲しそうに眉をひそめ、首を横に振る。風呂に入る習慣がないのか、頭や背中を掻きながら彼が答える。


「あるにはありやす。ですがあっしらには高くて手が出ねえんです。罠を張って一匹ずつ駆除していくのが精いっぱいで。ええ、その……純銀と塩、それに日光が弱点……なんですが」


「塩は貴重だしな。銀は言わずもがなか。人間を襲うあたり知恵は回るのだろう。日光程度は避けて生息しているんだろうな」


「おっしゃる通りで。廃屋の天井裏や井戸の中はもちろん、穴を掘って隠れているやつらもいやす。救世主様、どうかお力を貸していただけないでしょうか」


 銀は持っていない。どこか特産品だったらしく、世界に出回る量が減ったというニュースを聞いている。

 塩は調理用のものが道中分あるだけだ。効果があるといってもどの程度の分量を撃ち込めばいいのかわからないところだ。


「そっちの兵力はどの程度出せる?」

「元山賊のあっしらが15名おりやすが他の村人は戦闘には向きません。護衛も残すことを考えると10名が現界でしょう」


 現有戦力は少ない。

 剣士の朕、神官(グラップラー)、カスタネット。


 ……。


 異端審問官の棒術使いとモーニングスターを武器とする聖女。

 山賊上がりが10名。


「予測で構わないが、ウェンディゴとやらはどれくらい残ってるんだ?」

「へい、ヒリ出したクソのまき散らし具合からして、多くて五体ってとこです。村への襲撃もかなり散発ですから、子供のウェンディゴが半数を占めてるのかもしれません」

「ウェンディゴも繁殖するのか。放置しておくと危険だな。よしいいぞ。討伐に参加しよう」


 ゾンビみたいに噛みつきのみで増えるのかと思ったら、ちゃんと生活を営んでいるらしい。他種族だからといって皆殺しにするのは気が引けるが、まずは同族である人間の保護を優先したい。


「まずは話を詰めよう。どこか集まれるところはあるか」

「こちらに集会場がありやす。どうぞ」

 まずは敵性勢力の能力を知らなくてはいけない。力や敏捷性、スタミナに知能。およそステータスと言えるものをざっくりと把握しておくべきだろう。


――


「—―なるほど。これで方針は定まったな。話を聞く限りは俺や仲間たちでも十分戦えるだろう。準備を整えて出撃しよう。二日後に到着するのであれば、時間を調整して日の出とともに攻撃に移る。それでいいかな」

「あっしらはいつでも構いません。一日でも早く平穏を取り戻してえです」


 雨漏りしそうなボロボロの集会場だが、一日の宿として借りるには上等だ。夜を凌げるというのは存外大切で、低体温症や害虫の被害などを食い止めるために、屋根がある場所はそれだけで価値がある。


 夜にマリカが不吉なことをつぶやいた。雑魚寝なので誰の声もよく通る。


「なーんかコレ、始まりって感じしませんか」

「始まりってなんだよ。終わらせに行くんだろうが」


「いやー、リーゼル王国に足を踏み入れた瞬間にクエスト発生とか、先行き不安やないかなって思ったっす。行く先々で厄介事が舞い込みそうな気がして」

「冗談じゃない。好き好んで無報酬の狩りなんぞいつまでもしてられん。いちいち首を突っ込んでたら来年になってもシンハ王国に行けんぞ」


「まーざこはトラブル気質だからねー。そういうくっさい臭いがぷんぷんするもん。私はちょっと無理かな(笑)」

「うるさい。ジェリングに戻って延々と信者の相手をするよりもマシだ。確かに食うには困らなかったが、良心が痛めつけられる」


「ほんとメンタルざぁこ。もらえるもんはもらっとけばいいのに。私だったら一生神様やってるけどねー」

「お前らを養うくらいはやって見せるさ。そうでなくては冒険者になった甲斐がないし、男としての甲斐性もない」

「期待しないで待ってるねー」


 構わない。自分が戦うことで誰かを守れるなら。

 そう思って剣を執るのはいつぶりだろうか。はるか昔、1700年も前にこの大地に来たとき思ったはずだ。自分を慕う仲間を守り、コミュニティを拡大させ、多くの民を養う。

 いつからだろうか。朕が自分の座に胡坐をかいてしまったのは。

 すべてをゼロに戻し、人のために戦う。それこそが朕の最初の願いだったはずだ。


 眠れない。

 体は熱くなるばかりで、気は昂る一方だ。

「剣を振るか。最初はそこからだった。すべては一本の剣から始まったんだ」


 半ケツを出して寝ているマリカやミィを踏まないように、そっと集会所の外に出る。涅槃の境地に至りそうなサーベルを握り、朕は虚空を切り裂いた。

 誰も死なせてはならない。相手が誰であろうとも、何であろうとも。

 朕がこの世界に来たのは神の手違いだが、そこに生きる人々は地球人と同じ魂を持っている存在だ。

 

 明日、朕は同胞を守るために一つの種族を滅する。

 エゴイストの極みだが、それが人間というものと朕は言い訳をするしかなかった。

 

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