第25話 ウェンディゴ討伐
敵性生物の存在は北大陸では、ほぼ野生の動物に限定されていた。むしろ害獣退治とか野良の保護だとか、作物や農地を守るためにやむを得ず処理する場合があった。
「こいつも一つ何かが違ってれば、敵性種だったのかな」
隣でカチカチの干し肉を、海苔でも食べるようにバリっと食べているマリカを見る。正直朕には『亜人』と『モンスター』の違いが分かっていない。
そこには知能だったり社会性が人間と対立しない関係であったり、食物連鎖的なものもあるのだろう。だが南大陸に来たての朕がフォックスリングのマリカが敵だと言われれば、疑う余地は少なかったようにも思える。
そんな益体も無いことを考えているうちに、ウェンディゴが住み着いているであろう廃村に近づいてきたようだ。
時間は払暁。もうすぐ夜明けとなる。
「この先の村でやす。ウェンディゴは斬っても刺しても平然と襲ってきやすので、日の出ている場所に放り込んでくだせえ。それから、奴らは『人間の声』を真似てきやす。誰が何を言ったのか、確認するほうがいいですぜ」
「意外と厄介な手段をもっているな。兵力を分散させて日没までに敵を駆逐しきるか、全員で固まって捜索するかの二択か。さて」
しばしの思案の末、現有戦力を三つに分けることに決定した。やはり日没までに片をつけないと危険度が爆上がりするという判断からだ。もし万が一ウェンディゴがこの攻撃を予測して、どこかに避難していることも考えたのだが、もう二度と戻ってこれないようにしてしまうつもりでいる。
「よーし、じゃあやるぞ。火種は持ったな!」
「へい、ばっちりでやす!」
朕・ザハール・山賊・山賊・山賊でAチーム。
キサラ・ミィ・山賊・山賊・山賊でBチーム。
シャマナ・マリカ・山賊・山賊・山賊でCチーム。
もう完全に武装強盗の集まりだよね、これ。
目撃者がいたら、近くの騎士団とかに通報されてもおかしくない。それに、今からこの村を焼き討ちするのだから始末が悪い。
「いい塩梅に木も乾燥している。雨がしばらく降ってなかったからな、空気も湿度が低くてよろしい」
「ヒャア! たまんねぇぜ!」
「燃えやがれ、オラァ!」
「へっへっへ、もう逃げられねえぞ」
君たちが昔どんな感じだったのか、朕はよく見えるよ。あいさつ代わりの強盗が南大陸のコミュニケーションなのかな?
放火もやけに手慣れてるし。風上から燃えやすい藁ぶき屋根や、木製の柱を狙って着火してる手際は、初心者のそれじゃない。松明放り投げてはい終わりっていう、朕たちよりも悪い意味で洗練されてる。
「出たぞ、ウェンディゴだ!」
ついに来たか。流石に全棟片端から燃やされれば嫌でも出てこざるを得ない。
「クルルルル、グウウウ」
火がかけられた放棄された家から、重低音の鳴き声が聞こえる。
見えた。
奥にしまわれている割れた大きな水がめの後ろに、白い老人のような肌のクリーチャーがいる。顔は人の皮をはいだように凹凸がなだらかで、黄色く濁った瞳と鋭い牙が敵意を強く示している。
「屋根を崩せ! 日光のもとに引きずり出すんだ!」
脱穀につかう
ウェンディゴも自らの窮地を悟ったのか、地面に四つん這いになり、腕や足に力を籠め始めた。
「この一匹は俺がやる。戦闘能力を試してみたい」
「救世主様、どうかご無事で」
朕はもはやホスピス行き確定のサーベルを手に、白い悪魔と向かい合う。
瞬間、ウェンディゴは姿勢を地面すれすれのまま、超低空タックルで朕のマウントを取ろうと突っ込んできた。
構えているのは、鋭利な爪だ。あれで傷でもつけられれば感染症待ったなしだろう。
「
タックルに対しては膝蹴りで迎撃する。近接戦の基本だ。確かに膂力は人間よりも強く、速度も馬鹿にはできない。だが人類が磨き上げてきた格闘という技術に対処ができるかな?
サーベルを揺らす。切っ先を相手に向け、先端を微かに上下させる。
格闘技と同じように、練り上げてきた剣術がある。
いつ打ち込むかを悟らせず、相手の集中をかき乱す幻惑の構え。
『
ゆらり、ゆらりとサーベルがウェンディゴの視界を独占する。
「グガアアッ!!」
火に追われたか、それとも剣が不愉快だったのか。それは無防備な突進だった。
「はあっ!」
肩口から腰にまでザグンと切り裂く。いわゆる袈裟斬りというやつだ。
ザハールの話ではこの程度でくたばるようなタマではないという。
朕に見せてみよ。その生命力の輝きを!
「ほう……」
ガバリとばね仕掛けのおもちゃのように立ち上がる。傷口からは煙が出ており、猛烈な勢いで自己治癒をしているのが見て取れる。
この世界でも質量保存の法則はある。急激な体細胞の修復には、相応のエネルギーが必要だろう。源がマナであれカロリーであれ、確実に何かを消耗したことは間違いない。
「動きは大体見切った。早いが直線的で狙いも単純。ビッグボアの方が体躯が大きい分脅威だったかもしれんな」
遊びは終わりだ。
懲りずに朕を組み敷こうとする怪物の胴体を真っ二つに切断する。どす黒い血液が散乱し、朕の衣服にもどぶの水のような体液が飛んできた。
「これでもまだ息があるのか。見上げた生命力だが、覚悟してもらおう」
日光浴のお時間だ。
朕は二つに分かれた体をぽいっと家の外に放り出す。いい加減この家も崩落寸前なので、朕も急いで出ることにした。
叫び声を表現するのであれば、それは未知の記号で書かれることだろう。
日の下に投げられたウェンディゴの上半身は、穴を掘って逃げようとしているところを、元山賊たちに滅多打ちにされて力尽きた。
体から白い煙を発し、そのうちに白い粉になってさらさらと溶け散っていく。
「なるほど、こうなるのか――ふむ……」
わずかな疑念が頭をよぎる。朕は耳たぶをいじり、少しの間脳を活性化させたが、今はまだ答えには至らない。
「これであと四匹ぐらいになるのか。骨が折れそうだ。さて、マリカやキサラたちはうまくやってるだろうか」
燃える家々を眺める。破壊音や金属音が立て続けに発生していることから、向こうさんも接敵したようだ。
「援護に行きやすか? こいつら相手ではさすがの冒険者や聖職者様でも、ちょっと危険かと」
「そうだな。確実に一つずつ仕留めていこう。近場から向かう。ついてこい!」
朕の疑念。
それはこいつらウェンディゴの生態の異様さだ。
『果たしてこんな生き物が自然発生するのだろうか』
日光で死滅する生き物は多くの細菌やウイルスにも当てはまる。だが人間大の生物で、ある程度の社会性を構築する知能を持つ者が、長年にわたって生きていられるとは思わない。
地球を見てもそうだが、日光に弱いのは吸血鬼といった架空の存在ぐらいしかその存在を許されていない。ここまで敵対心をむき出しにしてくるような化け物が、なんの対策もなく生きながらえてきたということは、奇跡に等しいだろう。
事態は朕が直面しているよりも、はるかに複雑なのかもしれない。
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