第53話 朕、完全回復
朕の宣言は戦場に木霊した。
この勝利は我が民、我が臣、そして文化を連綿と受け継いできた帝国の力によるところが大きい。
そして朕の宣言は、今後意味を変える。
「朕は国家であった」
となる。
今後は民主主義、資本主義、福祉国家へと変貌を遂げていってほしい。
涙を流すものがより少ない国。それこそが朕の理想の帝国なり。
「ローエン! ローエン! ローエン!」
ウォードの町に凱旋した朕は、住民から歓呼の声で迎えられた。
すまなかった、南の民よ。中には犠牲者も出たことだろう。そも皇帝とはすべての責任を負う者である。町への被害は朕の不徳の致すところだ。
だがよく頑張ってくれた。信じて送り出してくれた姿は、朕はいつまでも忘れないだろう。
「アニエスよ、この声の意味がわかるか」
「臣に問われるということは、喜び以外にも意味があるということでしょうか。うむむむ……」
「見よ、我が自慢の軍を」
朕とアニエスが目を向けた先。
ウォード守備兵と帝国軍が握手をし合い、住民らしき幼子からは花を渡されている。その姿は先日まで殺し合いをしていた軍同士ではない。この一戦をもって、我々は【戦友】になったのだ。
「ああ……これが陛下の目指される世界……力のみでは至れず、徳のみでは守れない笑顔。これこそが……」
学ぶのだ、アニエスよ。
いずれ帝国は世界に旅をするだろう。だが忘れてはいけない。
現地に住む人々と文化の調和。そして互いに敬意を忘れない姿勢。
朕はそれこそを望んでいる。
「ローエーンッ!」
「うわっぷ、マリカ、おい、舐めるな、よせ!」
「うえええええん、よく生きてたっすよおお! あんなボロボロになって、もう、もう!」
「馬車で隠れていろと言ったのにな。しょうがないやつだ」
話を聞くと、朕が去ったあとは誰彼ともなく、武器を手に城壁の上に上がり、迎撃をしていたそうだ。
マリカやミィは弓手や投石係として。モモは衛生兵として。
手に何も持たず、得られる平和はまやかしである。
これは朕が誤っていた。南大陸人の民族自決の精神を、もっと尊重するべきだった。ご婦人も老人も一丸となってスタンピードに耐えた。きっと誇りを胸に、今日は安らかに眠れることだろう。
「このざこ!」
「あいだっ」
ミィのローキックが突き刺さる。やめよ、朕はまだ体の修復が間に合ってないのよ。モノホンの格闘技巧者の蹴りは、凶器と同じぞ。
「貴様、陛下に何を!」
「やめよアニエス。いいのだ。これがいいのだ」
朕はミィの頭を撫でようとして、指を折られそうになった。
「あいだだだだ」
「気易く触るなし。まあ、ざこにしては頑張ったじゃん、強がっちゃって。ばーか」
「はっはっは、かなりヤバかったが、人間何とかなるもんだな。ほーれ頭撫でるぞ」
「やめ、ちょっ、くぁぅ……やめろっつの!」
いつも煽られてばっかりだしな。たまには朕が揶揄うのも一興よ。
「モモ、血塗れだな。お互い様だが」
一瞬だけ俺の前に出てきて、モモは一言残して去って行った。
「吾輩、使命果たす。これが吾輩の戦い」
そうだな。薬師の戦いはすべての負傷者がいなくなるまで続くだろう。
獅子奮迅と人は朕を賞すが、真の立役者はモモたちよ。
町の中心部にたどり着き、朕は帝国製サーベルマークⅡを手に、高らかと宣言する。
「この戦い、我らの勝利だ! 全てのモンスターは、ここにいる皆の手によって討ち取った! 勝鬨を上げよ!!」
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
「ローエン様万歳っ! 万歳!」
「っしゃああああ! ざまあみやがれってんだ!!」
感情の爆発がそこかしこで起きる。
どうだ、見ているか、名の知らぬ彫像よ。
広間にある馬に乗った貴人の石像は、万感の思いを込めて喜ぶ民を見下ろしている。さぞ、満足に違いない。この大陸を生きた先人に恥じることなく、今の世代の人民は強く生きておるぞよ。
「あれは……光が……」
「雲が割れて、ローエン様に光が降り注いでいる!」
ん、なんぞ?
やけに朕の周囲が眩しい。
「おおお、万物をお創りになった神が、ローエン様に宿っていらっしゃるのか」
「ありがてえありがてえ……」
モフン、と変な音がした。
慌てて体を確認しようとして、視界が全くないことに気づく。
なんだ、この闇は。やけにもじゃもじゃしてる。
「か、髪が……軍神様の頭に、髪がっ!」
んがっ!?
急いで手を頭に当てる。
ふさっ、ふさりっ。
あ、あああ、ううああああ。
落涙を止めることが、誰に出来ようか。朕の、朕の頭に、毛が……!
「創造神様のご加護だ。ローエン様の聖なる御髪が蘇った!」
「でもちょっと、長すぎじゃないかね。いや、罰当たりか」
「どんどん伸びてるぞ。まずくないか?」
歓声はやがて困惑の声になり、誰かが悲鳴を上げたのを皮切りとして、逃げ惑う足音が聞こえてきた。
「あ、待って。おいていかないで! ち、朕はどうすれば。これは今何が起きてるんだ!」
仕方あるまい。
【神界通話】
――
「神様、創造神様。ちょっといいですかね」
やべーことは大抵この神様たちの仕業だ。もう直で本人に聞いた方が早い。
民衆が逃げるほどの毛ってなんだよ、おっかねえ。鏡がないのが救いかもしれん。
【ふふふ、満足したかなローラント一世よ。そちが望んでいたものを授けてやったぞ】
「いや、どう考えてもアウトですよ。確かにハゲはちょっとって思ってましたが、そのうち適度に生えるものと」
【難しかったじゃろうなあ。あの神官たちが毎夜毎夜、呪詛に近い喜びをもって髪を切っておったしの。いわばお主の頭は呪物化してたのじゃよ】
「なん……だと……。あいつら、どれだけの煩悩をこめたら、朕の頭をあのように……許せん!」
あの百合っプルには、いつか然るべき制裁を加える必要がある。
あ、そういえば戦勝の雄叫びの時に、姿を見てないな。
【うむ。しかしまずは、伸びた髪を整えんとな。ほれ、そこに神官が二人おるじゃろ。よく切れそうな刃物を持って、嬉しそうにしておる。ははは、こやつめ。果報者余の】
「や、やばい。神様、それじゃあ朕はこれで。また連絡します!」
【うむ。己が道を進むがよい】
うるせえな。くそ、余計な真似……とも言えんか。自分のハゲが呪物とか言われたら、もう絶望しかなかったじゃん。
――
「チョッキンチョッキン、チョッキンと~♬」
「御髪にナイフを入れましょう~♪」
あ、だめだこれ。めっちゃしがみついてる。
恍惚の表情で、キサラとシャマナが朕の髪を刃物で削ってる。
「ローエン様、すぐにお手入れして差し上げますね。あ、髪の毛の処分はお任せくださいませ」
「ボクたちがかっこよく整えるからね。何も気にしなくていいんだよ、救世主様」
誰か、誰か助けてくれ!
足をモーニングスターの鎖で縛られ、腕にクソ重たい杖を置かれてるんだ。うおおお、動かない。がっしりと拘束されてる!
「やめろ、お前らマジでまた禿げたら、本当に許さんぞ!」
「ちょっきんちょっきん♪」
「ちょっきんと~♪」
「やめろ、止むべし。これが、これが報酬であってたまるか! マリカ、ミィ、モモ! 誰かいないのか!」
朕の嘆きの声は、小一時間は続いたという。
ウォードの町にはスタンピードを退け、勝鬨をあげた戦勝の広場がある。
またの名を、禿鷹の巣とも呼ぶそうだ。
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