第54話 朕は行く、新たな旅路へ

 宴はかがり火と共に。

 酒杯のぶつかる音や様々な弦楽器の旋律。笑い声とのハーモニーに、誰しもが笑みをうかべて踊りだす。


 まさしく生死の境をさまよったのだ。これぐらいの感情の爆発はあってもいい。

 朕も飲んでるぞ。マリカはすでにベロ酔いで、カスタネッターになっている。まあいつものことよの。

 ミィは今回は流石に席は外さんようだ。モモと一緒に下戸組として果物を頬張っている。


 腐れ神官どものワインの消費量よ。

「わいんはかみの血れす。ろーえんしゃまのあいなのでしゅ」

「ボクの血もまぜたいなぁ、みんなのんでくれるかにゃあ」


 最初は敬っていたウォードの町の住民も、今や腫れ物に触るような対応だ。

 子供が近寄ろうとすると、親は急いで捕まえて止めている。

 うむ。下種特有の空気が伝わって、危機管理意識が生まれたか。これも一つの文化発展ではなかろうか。


「いえー--いっ、みんなかんぱー--いっ!」

 酔い狐が再び音頭をとる。

 あいつは多分明日、空気を抜いたタイヤみたいにしぼむだろう。主に虹色の吐瀉物によって。


「神様、飲んでますかい」

「おう、楽しんでるぞ。アルバートも食いだめしとけ」

「へへ、ただ酒を断る傭兵なんぞいませんよ。腹がはちきれるまで飲み食いします」


 かちんと酒杯を合わせる。

 男同士、細々とは言わん。お互い死力を尽くして戦った。それが全てだ。


「冒険者Cランクになったそうで。おめでとうございます。傭兵団はもとに戻る感じですかね」

「すまんな、危険な時だけ借りさせてもらって。俺はやはり冒険への夢を捨てきれないんだ」

「浪漫ですからね。挑戦するものを馬鹿にするやつは、俺が叩き斬ってやりますよ」

「ふ、頼もしいな」


「御達者で。お導き、ありがとうございました」

「アルバート、諸君らの旅路に幸運があることを」


 再び酒杯を合わせる。

 あとは無言だ。朕たちがここで夜の火を眺めたことは、歴史に残らずとも、心には残るだろう。


――

 二頭立ての馬車、マールとレインも元気そうだ。

 撤兵した帝国軍を見送り、町を巡回する王国軍と別れを交わす。

 Cと書かれた冒険者カード……小さい気の板を胸に、朕たちは行く。


「みんな乗ったな? じゃあ行くぞ!」

「はい、参りましょう!」


 元気な声を挙げたのはアニエスだけだった。

 ミィやモモはもともと無口だ。ノリのいい方でもない。


 問題は馬鹿狐と駄神官どもだよ。

 顔を木桶に突っ込んで、ぜひーぜひーと荒い呼吸をしている。


「ろ、ろーえん、出発はあしたに……」

「見送りの宴も兼ねてたんだぞ。気持ち悪いからいけませんってアホだと思われるぞ。頑張れ」

「うぶ、おぶっ」


「ローエンさま……ばしゃ……揺れるのは……」

「ボク、もう臓器が出る。全部出る」


 人これを天罰という。

 夜な夜な朕の髪をむしっていた咎よ。とくと味わうがよい。

「まったく、南大陸人は自己管理がなっていませんね。陛下……いえ、ローエン様が自ら馭者をされているというのに、この幸甚を噛みしめぬとは。嘆かわしい」

「言うなアニエス。お前のように軍務経験があるわけではない。これから共に冒険をしていく仲だからな、気持ちよく介抱してやれ」


「それはよいのですが、ローエン様、次はどちらに行かれる予定でしょうか。話によるとジンなる不倶戴天の敵が闊歩しているようですが」

「うむ、ジンを追う前にな。行くべきところがある」


 金ねンだわ。


 帝国軍は必要な金銭を残してくれようとしたが、南大陸との交換レートも定まっていない。さりとてウォードの町で寄進された金は、全部復興資金に費やした。

 わずかな食料と武器と仲間。これだけが朕たちの財産だ。


「—―つまりは活動資金を得ると。帝国から黄金を取り寄せれば……いえ、それは本意ではございませんね。自らの糧は自らの手で、でした」

「その通りだ。働かざる者食うべからず。朕たちは今から労働しに行く」


 カッポカッポと馬の蹄の音がリズミカルに聞こえる。

 ウォードの町から三日ほどの距離に、同程度の大都市であるサラミスの町があるそうだ。


 冒険者ギルドの動きが活発だそうで、今回のスタンピードではいち早く冒険者を囲い込み、防衛の準備をしたらしい。

 おかげでこちらは苦労したが、誰も死にたくはない。危機的状態において、自分の命を優先するのは本能というものだ。


 モンスターと武装強盗の襲撃も慣れたものだ。

 たった三日の距離を進むのに、11回も襲撃されるとか、ほんと南はギャングスタ・パラダイスだよ。


――

 ウォードよりも町を囲む壁は低いが、防御塔が建築されている。

 サラミスの町は相当に防衛力がありそうだった。


「そこの馬車、止まれ!」

「やあ、こんにちは。神職の尼さんの護衛できました、Cランク冒険者です」

「今行く! 出ろ!」


 まだピリピリしているのか、気配は察していたが、周囲に伏せていた兵士たちが朕たちの馬車を囲む。

「中身を見せてもらう」

「女子供がいるんだ、手荒な真似は勘弁してくれよ」

 朕は御者台を折り、後ろに向かう。


 ばさりと幌がまくられる。

 ゲロ臭い馬車の荷台の中、跪いてキサラとシャマナが祈っていた。

 こういう敬虔で清楚な振り、なんで素知らぬ顔で出来るんだろうな。こいつら、脳が三つか四つあるんじゃなかろうか。


「これは……旧ディアーナ教の……大変失礼いたしました、どうぞお通り下さい」

「町に入るにはいくらかかるんだ? 全部で6人だが」

「神職の方からいただくわけにはまいりません。そのまま町へ入っていただいて結構です」

「すまん、助かる」


 やはり南では宗教的権威が強い。

 アニエス一人が臨戦態勢になっていたが、目で大丈夫だと知らせる。

 そんな一つ一つの出来事にマジになってると、南大陸ではハゲるぞ。朕みたいに。


 馬車は進む。

 石畳の道路があるだけで、朕からの期待度は株高爆上がりだ。あのくっそ汚い泥水の中を歩かないで済むだけ、天国のようなものだ。


「よし、宿は兵士に聞いたところにしよう。ええと、水車亭か。ここだな、参るぞ」

「お供します、ローエン様」


 朕たちは滞りなく手続きを終え、厩と部屋を三つ借りた。

 朕は一人部屋にしようと思い、女子同士で振り分けようと考えてたんだけどね。

 

「陛下! お一人で眠られるとは、危機感が無さすぎると愚考しますが! このアニエス、近衛として陛下の盾となり……」

「陛下は禁止だ、ばかもの」


 ここで騒がれても困る。出ていけと言われると非常に面倒くさいしな。

「ではアニエスよ、朕の寝所を守るがよい。近衛の任を全うせよ」

「ははっ、この身に変えても任務を完遂致します! 今宵はどの娘を夜伽の栄誉に浴されますか?」

「……朕は疲れておる。夜は一人にせよ」

「ははっ!」


 手なんぞ出してたまるか。

 朕とて男だ。時にはムラっとするときはある。

 けどなぁ……あいつらはなぁ……。


 まあいい。

 まだ日が高いうちに、冒険者ギルドへ行くとしよう。

 さあ、始まるぞ。朕の冒険者サクセスストーリがな!


 待っているがいい、金銀財宝よ。朕がこの両腕でかき集めてくれよう。

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