第20話 不死の皇帝、宗教弾圧する

 先手を取ったのはキサラの銀の杖だった。

 合わせた手を巻き込み、そのまま腹を打とうとして突きに変化させる。朕はそれを封じるために巻き込まれた腕に逆らわないように体をひねり、距離を取る。


「お前の攻撃は無駄だ。杖を捨てて降伏しろ」

「中々の才能をお持ちですね。それでこそローエン様です。ですが……」

 キサラが杖で地面をたたく。

「ローエン様には理解できない力というものが、この世にあるんですよ。さあ、私の愛を受け取ってくださいね」


 白い霧。鼻孔の中の体液が収縮して刺激を放つ。

 これは冷気か……。こいつ、まさか。


「ご存知でしたか? 私たちが日ごろ吸っている空気にはお水が含まれているんですよ」

「ご存知だよ。で、どうするんだ」

「はい、こうします」


『—―氷葬・虚空薔薇地獄』

 キサラの周囲の空中に、氷でできた薔薇状の刃が発生した。

 ディアーナ教は魔法使いを囲っている。キサラは審問官という名目でジェリングの町に来たが、その実は本人が魔法使いだった。同族を探すには同族というわけだ。


 連鎖。咲き始めた薔薇は茨が伸びるように花模様を描き、朕の顔面を耕そうとしている。いかん、一旦確率操作を止める。先ほどは『物理攻撃』のみに焦点を絞って操作していたので、魔法には無力だ。

 確率操作の大きな欠点は、その持続力と消費、そして対象を絞らなくてはいけないことだ。運命や世界に与えるすべての影響。すなわちバタフライ・エフェクトを魔力でねじ伏せなくてはいけない。


『かくあるべき』姿に干渉して『こうあるべき』形に変えるものだ。当然そこには差異があり、世界は辻褄を合わせなければいけない。

 加護を持っていない個人が使用したのであれば、一瞬で骨になるレベルで消費する。朕も自己治癒をしながらの使用だから、連続すると体にかかる負荷が洒落にならないものになる。


「まさかの魔法使いとはな。しかも水属性か。なかなか手を焼かせて……いや、濡らせてくれるな」

「かかりましたね」

 ん――。水、空気、水分を吸う……まずい!


『氷葬・臓腑食い』


 激痛とともに、肺から氷の薔薇が咲いた。肋骨を折り、胸部を引き裂いて、深紅の花弁を誇らしげに聖堂に捧げる。

 やって……くれるわ……。

 口から吐血した瞬間に凍る。どうも肺にある水分を凍らせただけにとどまらず、血中や細胞内の液体をも凍結させる技のようだ。


「どうします? 降伏……でしたっけ?」

「お前愛してるとか言いながら、本気で殺りにきた……な」

 呼吸が安定しない。自己回復を必死にかけ続けるしかないのだが、体中の神経を氷で刺激されてうまく集中できない。


「治せますよ」

「なんだと?」

「私、実は二つ魔法が使えるんです。ローエン様のお体を痛めつけてましたが、私ならばその傷を癒すことができます。さあ、お部屋に戻りましょうか? ふふっ」


 調子に……のるな、小娘。

 人の怒りは時に火に例えられる。人間の体の60%は水分であるにも関わらず、精神的なものは烈火、とか業火などと形容されるのだ。

 本質的に人間は内なる火を飼っているのだろう。

 朕も飼っているぞ。ただし想像上の熱ではなく、現実を焼き尽くす紅蓮の炎をなぁ。寒々しいこの空間には、身を焦がす炎熱こそが相応しい。


「薔薇が……溶けて……!?」

「やってられるか、ちまちまと。おい氷使い、全力で守れよ。さもないと死ぬぞ」

「っ! ひっ、熱いっ!」


爆炎術式—―起動イフリート・イグナイト』。

 この世界には精霊がいる。多神教である日本人には受け入れやすいものだが、万物の現象を司る神の手があふれており、魔法を使うものはその姿を見て、感じて、共生していくのだ。


 キサラ・シャルロウ。お前の氷には魂が宿っていない。

 北大陸でもあるが、精霊の加護を得ていないものが使う魔術のことを『理術』と呼ぶ。現象を構築する式に、自分の演算を介入させて発現させるものだ。

 精霊の『魔法』に対抗するには、理術では弱い。書き込んだ数式を『許可』するのは精霊だからだ。精霊が拒否すれば当然術式は発動しない。


「偽りの聖堂よ、灰燼に帰せ!」

 収束させた光を解放する。例えキサラが人間一人分の水を自由に操ろうとも、こちらは星に宿る原初の炎を以て焼き尽くす。質量勝負では朕は負けんぞ。

 さあ、吹き飛べ。


「きゃああああああっ!!」

 轟音は天を衝く。

 聖堂の屋根は消し炭になり、今では陽光がその伽藍洞を静かに照らしている。

「ほう、生きてるか。なかなかやるじゃないか」

 まあ無論手加減したけどね。炎の方向をキサラよりも上向きに修正しておき、直撃はさせないようにしていた。流石に後ろに町があるのにぶっ放したら、朕は虐殺者になってしまうからな。

 

 ガゴン、と鈍い音を立てて、ディアーナ教の二重十字のシンボルが落下してきた。熱で歪み切り、その教義の形に沿った姿になったようだ。ざまあみさらせ。


「ぷしゅー」

 口から煙を吐いて目を回している。キサラは意外と頑丈な奴だった。あとで治してやるにしても、多少黒焦げになるくらいには炎を浴びせたつもりではいたのだが、案外に防御力が高かったようだ。


「さて、どうするかな」

 集まってきた住人たちが騒いでいる。城館からは粗末だが上下鉄製の防具をつけた兵士や傭兵が囲んできていた。これはもう説明してもどうにもならんね。


「おい、あいつFランクのボア殺しじゃねえか?」

「この前ホブをやったっていうアイツだ。教会に火をつけたのか」


 朕も割と顔が知られてるみたいっすね。言い逃れできねえわ、これ。

「おい、キサラ。起きろ。ぺしぺし」

「あああああ、おゆ、おゆ、お許しを! 私が愚かでした。私が誤っておりました。ローエン様に逆らうなど、あってはいけないことでしたぁぁぁ!」

「いいから、ちょっと協力しろ。詫びだと思って俺の言うとおりに喋れ」

「仰せのままにー--」


「テステス」

「てすてす」

 それは真似んでいい。


『神の怒りが落ちました。調査の結果、ジェリングの教会は不正な蓄財を行っており、各地の支部に虚偽の報告をしていました。私異端審問官キサラ・シャルロウと、聖女シャマナ・バロウズで協議した結果、この教会は破棄するべきとの結論に至りました』


 おおお、と住民たちから怒りの声が上がる。自分たちを押さえつけている存在が、不正を行っていたとなればボルテージは上がるだろう。


『そのことをディアーナ様に報告した結果、このように教会の崩落という神のご意思が示されました。この地は神罰を受けた証拠としてこのまま瓦礫のままにしておくこと。ジェリングの町に我々が来ることはもうありません。皆様、大変なご迷惑をかけて申し訳ありませんでした』


 ぺこり。


 これでいい。こいつらを追っ払える。教会の目も無くなる。地下教会も助かる。住民の溜飲も下がる。もう勝者しかいないね。


「私、キサラ・シャルロウと聖女シャマナ・バロウズは宣言します」

 ん? 朕はもう台詞合わせしてないぞ。


「これまでのディアーナ教を廃教とし、指導者と聖女の座を捨てることにします。私たちは新しき神の御姿を拝することができました。紹介します。ローエン・スターリング様、この方こそが新しい宗教の神となります! 以後この御方をご神体と定め、そのご慈悲をあまねく民に注いでいくこととなるでしょう!!」


 お前えええええええっ!!!

 それ取り返しのつかないことだってわかってんのか、この大馬鹿野郎!!


「おおお、ディアーナ教が滅びた! 新たな神が降臨されたというのか!」

「俺は見たぞ、大聖堂が壊れたときにローエン様が悠然と立ってらしたのを!」

「我らが神よ!」


 ねえキサラさん。これマジでどうしてくれんの?

 朕、こういうのが嫌だから南大陸に来たんよ。


 ガタガタと瓦礫の中から、シャマナとペストマスクの教徒たちが出てきて、朕の前に跪く。


「私も同感だよ! この元聖女、シャマナ・バロウズは新たな神ローエン様に服従することを誓う! これから新しい指導部を発足し、みなの幸せのために祈りを続けていくよ!」

「私たちも誓います!」


 ファァァァ! もう駄目ぞ。

 嗚呼……一点の曇りもない瞳が無数に朕に降り注いでる。神を求める大衆のまなざしは、これほどに強いものだったのか。あまりに敬虔で涙が出そうだよ。


 ってか、やってられるか! もうこんなところにはいられない。朕は逃げるぞ。

 すっかり周りを囲まれていて、今後24時間の監視体制がつくであろうことを除けば、朕は自由を求める一市民なのだ。 

 おのれ……いつか必ず脱獄してやるからなぁ!!


「おい、ざこ。一人で盛り上がってんなよな」

 すっかり忘れてたミィにドロップキックを食らって冷静になれた。

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