第21話 不死の皇帝、拠点を変える

 この町はもう駄目だ。少し出歩けば「神様、こんにちは」とか挨拶される。ギルドには毎日のように旧ディアーナ教のやつらが朕を探しに訪れ、見つけると跪いて礼拝を始める。

 供物として腐りかけの生肉とか、得体のしれない果物とか、黴の生えかかっているパンがどっさりと届けられたそうだ。面と向かっては口に出さないが、ギルド職員のフラストレーションはかなり高まってることだろう。


「マリカ、俺はこの町を出る。これ以上ここにいると様々な人に迷惑をかけるからな。世話になった」

「えー。私は別に気にしてないっすよー。だって働かなくても食べ物がどっさりもらえますしー。お布施もジャラジャラ入ってきて、かなり美味しい生活なんすよね」

「不労所得で生きるのは、やむを得ない場合だけにしておけ。労働できる能力があるときは働かないと社会が回らないぞ」

「うーん、それもそうっすね。確かにこのままだと体が鈍るっす。で、どこの町に移動しますか?」


 うん?

 なんだ、マリカも一緒に来るつもりなのか?


「いやよく地理を知らんからどことは言えないが、俺の話が伝わっていない場所がいい。最近の信者の訪問で抜け毛が半端ないんだ」

「もうすぐスカスカになるんだね、ざぁこ。二人だけでいくとマリカが妊娠しちゃうから、ミィも見張りでついていってあげる。嬉しいでしょ?」


「別に来なくてもいいし、マリカに手を出すほど飢えてはいない。お前が男だったらマリカを嫁にするのか?」

「…………まあ、うん」


「おいコラァ! 本人を目の前にして好き放題言い過ぎっすよ!」

「だってなぁ……」


 とりあえず挨拶回りをしておこう。はた迷惑な冒険者だったが、世話になった人への礼儀だけは通しておきたい。

 朕はマリカとミィを連れて、冒険者ギルドやいきつけの酒場、各種の商店を訪ねる。歩くたびに後ろに信者が増え、謎の行列になってしまったのが不気味ではあったが、滞りなく別れを済ませることができたと思う。


「ローエン様! 新たなる地に布教に行かれるというのは本当ですか!?」

「聖人様も働き者だね。ねえ、ボクも連れて行ってよ」


 はい、出た。


 まあそのうち信者から伝わるとは思ってたけど、だいぶ早い行動だった。既に荷物をパッケージしており、完全武装で待機している。

「キサラ、シャマナ。お前たちはこの地に残って信者を導け。俺はまだ見ぬ新しい冒険を探しにいきたいんだ」

 もう言い訳も出ないよ。欲求をストレートに言っても構わんだろう。


「なるほど。しかしながら新天地で神威を示すにも、その偉業を喧伝する従僕が必要となります。キサラ・シャルロウ、この身を粉にしてローエン様のために仕える所存です」

【本音】『ローエン様と一緒に居ればそのうちにお手付きになるかもしれません。嗚呼、神の子を産み育てる。これほどに尊い行為が他にあるでしょうか。ああだめっ、懺悔、懺悔っ」


「ボクも同じかな。聖人様のなさることを止める権利は持ってないけれど、せめてそのための手伝いはしたいな」

【本音】『道中でいっぱいボクを食べてもらうんだ。ふふふ、最初はほんのひと削り。爪や皮膚や髪の毛や血液。ボクのすべてが聖人様と同一化するって思うと……イキそう」


 朕を見る四つの瞳には一点の曇りもない。

 なんと清らかな……。


 その昔、地球ではキリスト教は襤褸を纏った説法師が家々を回りて神の教えを伝えたという。中世ではキリスト教が行き過ぎた行為を行ったこともあるが、まだ黎明期には弾圧され、迫害される対象だった。

 

 宗教を否定することはしないし、信仰を馬鹿にするつもりもない。朕は今まで創造神という絶対的な存在を目にしてきたため、よその事情について無頓着だったのだ。

 だからこうして涙をたたえて手を組み、一心に祈りすがる姿を見ると無下にはできなくなってしまう。


 こんな綺麗な目をした人間が、やましいことを考えているはずもない!


「いいだろう。同行してもいい。でだ、行く場所はできればディアーナ教も俺の名も知られていない土地がいい。そして心躍る経験を味わいたいんだ。どこかいい国を知っているか?」


「ふむ……そうなると」

「あそこしかない、かな」


 彼女たちが口にしたのは、シンハ王国という名前だった。

 ディアーナ教の排他主義をあまり受け入れておらず、自らが起こした多神教を信仰しているらしい。多神教ゆえに他者の思考に寛容であり、各国から冒険者が拠点として利用しているという。


 ただシンハ王国には絶対的な身分制度があり、序列を乱すことは許されざる悪とされている。また王国人は絶対に他国の冒険者と結婚することはない。血が混ざると身分制度の一番下に落ちてしまうため、自分や一族を守るためにも恋愛事情に関しては排他的であるそうだ。

 聞く限り地球にあるカースト制度のようなものだろうと予測する。


 だが素晴らしい環境だ。余計な茶々が入らず、冒険に専念できるのは大きいメリットである。


「よし。そのシンハ王国に行こう。この町で地図を売っている場所を知ってるか?」

「地図は旧ディアーナ教が保管していますよ。ローエン様がお使いになられるのであれば、すぐにお持ちしますが」

「是非とも一枚もらいたい。南大陸の諸国も載っているのだろうか」

「ボクたちが発見した国々だけどね。世界全体を描いたものなんてあるわけないよ」


 人工衛星がないこの世界、全体像を知ることは不可能に近い。だが不完全でも地図があるのとないのでは大違いだ。

 

 大聖堂跡地から運ばれたバカでかい地図によると、冒険者のメッカであるシンハ王国に至るには四つの国を超えていかなくてはならないらしい。

「ローエン様、徒歩で行かれるのですか? よろしければ馬車を用立てしますが」

「おっと、いいのか?」

「はい。お使いいただければ馬も恩寵に授かれましょう」


 朕・マリカ・ミィ・キサラ・シャマナ。

 これだけ女性が多いと何かと便利な馬車があったほうがいい。できれば頑丈で屋根がしっかりしたものだと嬉しいが。


「ボクが移動で使ってる馬車はかなり丈夫だよ。まあ、一応は元聖女だしね。それ相応の造りにはなってるはずだから心配しなくていいよ」

「それは助かる。よし、準備をして三日後に出立しよう。既に荷物を持ってきてもらっていて悪いが、今日から物資を買い付けたりする時間にする。一緒に行くか?」


「お供いたします、ローエン様」

「ボクたちがいればきっと『安く』買えると思うよ」

 ……しくじったか。


 衣服や保存食、食器に武器防具。馬車や装備の手入れ道具もそろえなくてはいけない。ボア狩りで稼いだ銀貨はオルド藩王国内でしか使えないので、隣国との両替もしつつなるべく残さないように調整していくほうがいいだろう。


 さらばジェリング。さらばオルド藩王国。朕は行く。まだ見ぬ地平の彼方へ!

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