第12話 不死の皇帝、斬撃する
重圧感というものを久しぶりに感じた。これは帝国がまだ統一されていない時に、各国の重装騎兵を前にしたような、すべてを踏みにじる圧力だ。
「こいつぁ、大したもんだぜ」
「ゴラン。迂闊に近寄ると危険だ。まずは周りのゴブリンを殲滅しよう」
「あのデカブツは放っておくのか?」
「やりたくはない……が」
身体強化はスリングを放った後にかけてある。そろそろガタが来ているサーベル一本しかないのが心細いが、朕が相手をするのが効率いいだろう。
ゴランたちはゴブリンと一対一で戦うのが精いっぱいのようだ。彼らの真ん中にホブゴブリンを突入させてしまえば、最悪全滅する。
闇の堕天使アンヘルはゴランたちの背後に敵が回らないように、牽制しながら包囲を狭めている。貴重な薬師と弓兵を失うわけにはいかず、また優勢な陣形維持に努めてくれている彼女たちを止めるわけにはいかない。
「ゴブリンきっも! 触んないで!」
などと言いつつ、ミィが正確に締め技で相手を落としていく様は一種の芸術だ。あとは実に防御がうまい。的確に蹴りで攻撃をストッピングしている。
「死ねっ、このっ」
我がパーティーのカスタネッターはようやく短剣に持ち替えてくれたようだ。気絶しているゴブリンに次々ととどめを刺している。
最初からそれやってほしいね。
それじゃあ、やろうか。
「無茶すんなよボア殺し」
「Gランク……信じてる……けど」
皮を張り付けただけの布の服をボロボロにしながら、他のメンバーたちは期待と不安のまなざしを送ってくる。
最低ランクが格上にかなうわけがない。
南大陸基準であれば、そうなんだろう。だが朕をなんと心得る。
1700年の統治を築き、幾百の鉄火を乗り越えた帝国の長ぞ。
「グガアアアアアッ!!」
青きホブゴブリンは手にしたこん棒を俺にたたきつける。その威力瀑布のごとし。ともすれば城砦すら破壊せんとする一撃は、力の象徴だ。
荒れ狂う台風のなか、刃が通る道が開くのを待つ。
チン、と納刀した音だけが残った。
決闘での究極は力ではない。朕が幾数回も帯剣して得た極意、それは速度なり。
ズリ、とホブゴブリンの首がずり落ちる。
速度が上がればどうなるか。答えは目の前。すべて豆腐のごとき切断だ。
少し話は変わるが『レールガン』というのはご存知だろうか。
ざっくりいうと磁気を利用して金属弾頭を打ちだす未来の兵器だ。従来の砲よりも射程距離に優れ、なによりも弾頭がプラズマ化するほどの初速を得ることができる。
その数値『8km/sec』だ。秒速八キロというのは一般的な拳銃の12倍になる。
衝撃というものは速度によって威力が上昇する。
力がいかに強くとも、肉体の限界まで加速された速度の前では意味をなさない。
超高速は静止空間だ。いかなる防御も能わず。
無論レールガンのような速度は出せないが、それなりと自負している。
『神速一閃』これが朕の奥義の一つだ。
「うぐ……く」
当然我がスキルであることながら、物理法則を無視し続けるのも限界がある。吸収しきれなかった衝撃と、発生したソニックウェーブは自分が受けきるしかない。
久しぶりに使ったせいか、体が軋むように痛い。骨や腱、筋などに大きな負荷がかかり、熱病に浮かされたようにふらついてしまう。
「ローエン!」
「ちょ、このざこっ」
「うおおおおっ! やるじゃなねえかボア殺し! お前はすごい奴だ!」
「
膝をついた朕をマリカが介抱してくれた。気がつけばパーティー連合はすべてのゴブリンを討ち取ることに成功したようだ。
「ざこの癖に生意気なことするからこうなるし。ばぁか」
「そう言ってくれるな。犠牲が出なかったのは素晴らしいじゃないか」
そう、誰も大きな負傷も負わず、死者もいない。朕たちの完全勝利だ。
ぐぬ、眠い。年のせいか非常に疲れた。こうして不老不死の身でもきちんと疲労感を感じることができるのは、自分がまだ人間性をもっていると認識できてうれしい。
◆
朕たちは胸を張って凱旋した。ゴランのパーティーの斧戦士たちが即興で作り上げた、分厚い木の板の上にホブゴブリンの首をのせてわっしょいわっしょいしている。
「見ろ! こいつがゴブリン集落の親玉だ! なんとGランクのローエンが討ち取ったんだぞ! ほらこいよ!」
「ぬ、いいのか?」
「主役……
闇なのか光なのかどっちかにしてほしいが、今はちょっとおいておこう。
ホブゴブリンの討伐はダルム銀貨にして600枚。一般の平民が一か月に使う金が銀貨20枚程度なので、およそ二年半の生活費を稼いだことになる。もちろんこれはそれぞれのパーティーで山分けすると事前に決めてあったので、ここから分配だ。
ノーマルゴブリン30体で銀貨60枚。
一パーティーあたり220枚の収入。
『
たった一日で三か月は暮らせる金が手に入った。
今日からヒヨコ豆まみれの生活も少しは改善するだろう!
「よう英雄、祝勝会の準備できてるぜ!」
「主役……それはいただきに立つ天使の御姿」
ギルドの酒場スペースでは既に飲んでいる受付婆さん以外が、喜色満面で待っていた。木製の汚いテーブルも気の持ちよう次第では味のある逸品に思える。
それだけ勝利は尊い。そして一緒に分かち合える仲間がいるというのは幸せなことだとつくづく感じた。
「ああ、ありがとうな。今日はガッツリ飲もうじゃないか!」
「私ものむっすー! いえーい!」
「ミィはまだ無理かなー。ちょっとおじさん、横につめてよ」
次々と運ばれる葡萄酒とエール。合わせ合う木製の杯が宴の始まりを演奏した。
マリカのカスタネットに合わせて無茶苦茶な踊りが始まり、冒険者の苦難と勝利を込めたサーガを持つ吟遊詩人が熱を入れて歌う。
ゴランは水を飲むように杯をあけていく。もう三リットルくらい飲んでるんじゃなかろうか。見た目パワーキャラの通りに豪快な楽しみ方だ。
アンヘルは小指を立ててちびちびと葡萄酒をたしなんでいる。彼女が言うには、堕ちた悲しき天使の血を集めて作られたのがこの酒だそうだ。
「みんなー飲んでるっすかー!」
「おおおおおおっ!」
「よっしゃ、今日はローエンのおご――」
『—―神速一閃』
十分に加減に加減の極みを重ねた一撃で、マリカの意識を奪う。
よし、誰も気づいていない。
アホなことを言って、またヒヨコ豆生活に戻りたいのか、この狐。朕は最近夢にまで豆が出てきてるんだよ。
「ま、ざこにしては良い判断じゃない♡」
ミィがどこか安心した調子でつぶやいたのが印象的だった。
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