第10話 不死の皇帝、メスガキに煽られる
あれから四日続けてビッグボアを狩ることができた。
久々に口にした肉の味に、朕は思わず絶頂に達してしまいそうだった。囲んでいる木製のテーブルに、涙がぽたりぽたりと落ちる。
「マリカ、食ってるか」
「食ってるっすよー。ローエンのおかげで教会のみんなも喜んでるっす」
「そうかそうか、はっはっは」
にっちゃにっちゃと生で食ってるのは獣人だからだろうか。流石に他の邪教徒たちはきちんと熱を通しているようだが。そういえばこいつネズミも食ってたな。
「次もビッグボア行きますか? 肉の食いだめしときたいっすねえ」
「無論肉狙いだが、マリカ、お前カスタネットやめて」
「は? 何言ってんすか、あのカスタネットはフォックスリングの里で作られた特別製で、森の獲物を呼び寄せる効果があるんすよ」
「狼もガンガン来てるだろうが。こっちが獲物になってんだよ」
話し合いからつかみ合いになり、お互いの顔を引っ張り合ってるところで他の邪教徒に止められた。
「いい加減におよしなさい。私たちは正義の教えを広めるミストラ教徒として常に冷静であり、調和をたっとび、融和の精神を持たねばなりません。互いの主張がぶつかり合うのであれば、手を出してはいけません」
「ハイ」
くっそ。悔しいがド正論だ。朕も悪いところはあった。
というかこいつら本当に邪教徒か? 日中は町の清掃活動とか奉仕活動してるし、夜は孤児院の子供たちのために編み物をしているし。ついでにタダでご飯くれるし。
「そうっすよー。ローエン反省してくださいっすよー」
タンタンタンタンタンタンタン♪
「上等だこの野郎!」
「やるっすか、シュッシュッ」
頭を調理用の木ヘラで叩かれ、一応は二人とも鎮静化した。うむ、よくよく考えれば1700年以上生きている朕が譲らなくてどうする。後進に道を譲ったからこそ今こうして南大陸で生きていられるのだ。感謝こそすれ怒るほどではなかった。
だがあのカスタネットはいつかぶち壊す。
「あっれー、なんか新顔さんがいるー」
何の前触れもなく突然頭上の扉が開いて、一人の少女が降ってきた。
茶色い髪が良く似合う、というのが朕が持った第一印象だ。二つに結った髪に釣り目の瞳はどこか挑発的で、それでいて人懐っこさも感じさせる。
神官服なのだろうか。白を基調とした足まで覆う長いスカートに、同色の質素な上着。首にはディアーナ教徒の二重十字がかけられている。
なるほどな、合点がいった。要はこの娘は間諜なのだろう。敵対している相手に工作員を送り、内部情報を得ると同時に不和を起こして瓦解させる。朕もよく使った手段よ。
年のころはまだ十代前半だろうか。その若さで重大な任務を受け持つとは、なかなかに優秀だ。
「え、何このおじさん。ミィのこと見るのやめてくれない」
んっ?
「ああ、すまん。俺はローエン。ここで世話になっている冒険者だ。職業は剣士だな。よろしく頼む」
差し出した手を避けられた。
「うわ、手とか……ちょっと無理かな(笑)」
なんだこいつ。異常に敵愾心を持っているぞ。朕そこまで悪いことしたかな。いや、先ほども大人げない対応をマリカにして、怒られたばかりだ。若者のやんちゃは多少の目こぼしをするべきだ。
「ねえ、なんかこの部屋臭くない? あ、おじさんには話してないから」
「そ、そうか。俺は飯食ってるから、気にしないでくれ」
再び食卓に向かうと、もう肉は残っていなかった。マリカを見ると口からはみ出るくらいの肉をくっちゃくっちゃと噛みしめている。
「おい、半分ずつって言ってあっただろうがよ!」
「早く食べないと悪くなるっすよー。あーうまぁ。」
「覚えてろよ……」
この狐にはいつか然るべき罰を与えねばならない。朕は暗殺帳にこの日マリカの名前を書きこんだ。
「ふーん、このおじさんがビッグボアとか狩れるんだ。どうせマリカにくっついてばっかなんでしょ?」
「いや、一対一になれば意外と簡単に退治はできる。いつもそうだといいんだがな」
「マリカといっしょってことはー、どうせ狼とか出てきたんでしょ」
よく知っていらっしゃる。あのアホが調子ぶっこいてカスタネット叩きまくるから、二日に一回は酷い目に合う。おそらくはあの群狼もおいしい狩場として認識しているのではなかろうか。
「狼は無理だな。数が多いし、リターンが少ない。あいつらが出てきたら逃げるに限る。マリカもいることだし無理はできんよ」
「ぷっ、ざっこ。マリカのせいにしてるし」
ちょっと朕もイラっとしてきたよ。帝国を治めていた時に、哲学者や曲学阿世の無益な輩が論戦を挑んできたことがある。
あのA=Bだけど、A=Cの可能性はゼロではないと主張する屁理屈が非常にうっとおしかった。そりゃCに言及してねえもん。可能性だけはゼロじゃないってば。とかく前世でも昔でもイキってマウントを取りたがる輩が多すぎる。
「おじさんよわよわなんだぁ、だっさ♡」
「まあ、戦術と言ってほしいな。ところで君の名前はなんて呼べばいいかな」
「ドサクサ紛れにきっも! ミーシャだけどミィでいい。なんだっけ、ローガイだっけ」
誰が老害だこのクソガキ!
ぐぬ、落ち着け。術中にはまるのは未熟者の通る道だ。朕は床に座ると
「ローエン、ローエン」
「今話しかけるな。なんだよ、もう」
マリカが袖を引いているので耳を傾ける。
「ミィは寂しいんすよ。この隠れ教会には同年代の子がいないっすから。まあうざいのはわかりますけど、ちょっとはかまってあげてください」
「確かに。ここに一人で小さい子がいるのは大変だろうな」
「ねぇねぇおじさん。髪の毛抜けたよ? そのうちスカスカになるんじゃない?」
「マジでこいつに構うの?」
「お願いします」
いや、これ朕ハゲるって。口を開けば罵倒しか出てこないとか、何を食ったらこうなるんだよ。
「さー、ミィもご飯食べよ。あ、おじさんの座った椅子はやめてね。臭い移っちゃう。はぁ、今日もヒヨコ豆かぁ。あっちの教会はたまにいいもの出るのに」
ここのヒヨコ豆が原因かな? なんかやばい薬でも使ってるんだろうか。毎日大量のヒヨコ豆を持ってくるのは朕も少し疑問に感じてたところだ。
「ちなみにミィはディアーナ教の正規シスターっす。もともとあっち側だったのを、ミストラ教が勧誘して引き抜いた感じですかね」
「その正規シスターってのは地位が高いのか」
「少なくとも十三歳のミィがシスターになれたのは奇跡っす。聖典の暗記とか、儀式の手順を覚える必要があります。それ以外でも教会内外での奉仕活動があるので、自分の自由な時間はほとんどないはずっす」
ほほう。なかなかの俊英だったか。帝国に生まれていれば相応の位に就けるやもしれん。生まれる大地が違っていたのが残念だ。
「そうだマリカ、次の依頼を達成すれば俺はFランクに昇格らしいぞ。あの受付婆さんが飲みながら言ってたな」
「ペース早いっすね。いい感じじゃないっすか。それじゃあ次はちょい難しめの任務を受けて、Fランクへの覚悟を固めましょうよ」
「いい考えだ。肉という戦利品がなくなるのは惜しいが、もっと稼げるようになればいいんだよな。よし、今日早速行くか」
「へー、おじさん昇格するんだ。じゃあミィもついていこうかなー」
「え、いいよ。無理すんな。あっちの教会の仕事があるんだろう」
「は、そんなん余裕だし」
随分余裕ぶっこいてるな。こいつは一回白黒つけといたほうがいいのかも。
「ざこざこを観察するのにミィもぼーけんしゃになろっかなぁって。センパイとしていいとこ見せてね、おじさん」
こんなん連れて行ったら胃に穴が開くわ。
「ええっ、ミィちゃん一緒に来てくれるっすか! いやぁこれで楽になるっすねー」
「マリカ、こいつは何ができるんだ」
「こんなことだよ」
な、早いっ。これは組み技? 違う、投げだ!
『痛覚遮断』!
あっという間に足で首を挟まれ、そのまま後方に回転。そのまま下半身で顔を抑えられる。
「ぐおっ!」
綺麗にフランケンシュタイナーを決められた。組みつきの速度といい、バランスの崩し方といい、こいつは生粋のグラップラーだッ。
「わかった、ミィは強い。認めるからそろそろどいてくれ」
「もう降参なんだぁ。ざぁこ♡」
ん? あ、やばい。こいつ……!
「ミィ、離れろ。今すぐにだ」
「えー、離れたかったら自力でやればぁ。おじさんよわっちぃ」
いや、お前のために言ってるんだぞ。南大陸の人たちって下着つけてないんだよね。顔にふにっとしたのが当たるからそろそろ気づいて。
「え、ちょ、息吸うなし。きもっ……ん゛っ!? どこ嗅いでんだよ! こ、このっ! このっ! ばかやろうっ」
「ローエン、それはないっすわ」
割と長時間ミィとマリカにぶちのめされたのは言うまでもない。
だからとめたじゃん。くそ、また毛が抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます