第9話 不死の皇帝、やっと冒険者登録をする
ギルド。それは職業同士による組合の形態だ。帝国でも今は各種商工業組合として存続している、由緒正しい市民活動である。情報の共有や相互扶助など、社会を発展させるために必要なものだ。
マリカに案内されてたどり着いたのは、冒険者ギルドと言うものだ。様々な社会の機構から依頼が出され、冒険者として登録されている人材が問題を解決しに行く。つまりは便利屋だ。
「ここですよー。ローエンって文字書けます? 無理だったら私が代筆するっすよ」
「大丈夫だ。よし、登録しよう」
うお、受付の婆さんが酒飲んどる。なんか目の下のクマが濃いし、オーラがよどんでる。どう見てもアル中なんだが。胸元が汚れてるのを見て床に視線を落とす。案の定の有様でげんなりだ。
「あたしゃ酔ってないよ!」
「何も言ってねえよ!」
あからさまにやばい婆さんを指さして、マリカを見る。目が『そんなもんです。慣れてください』って語っていた。そうか、これが南大陸の常識か。よろしい、朕も元皇帝ぞ。怖気づいていても仕方がない。
「すまない、新規で登録をしたいんだが」
「銀貨三枚。あとこの羊皮紙に名前書いておいて」
ぽいっと用紙と羽ペンを渡された。あーあー、またそんなラッパ飲みして。朕も南大陸の酒を飲んでみたが、かなり強いものが多くて悪酔いをする。
「敬虔なる教徒ローエン。銀貨を所望っすか?」
「ぐぬ……ほ、施しを……」
「いいでしょう、はいどーぞ」
歪んだ銀貨を受け取る。これ、朕じゃなくても偽造できそう。
しかしこのマリカのヒモ状態を解消しなくてはならない。飯も寝床も洗濯も町の案内も全部してもらっている。この借りは必ず返そう。
収納魔法を開いて何か財を処分すれば、そこそこの金にはなるだろう。だがそれでは南大陸に来た意味がない。この手で稼いで返す。それが男気と言うものだ。
「書いたぞ。確認してくれ」
「ひっく、もう書けたのかい? まあ適当に書く奴多いからねぇ。名前が読めればそれでいいんだよ」
何がおかしいのか、婆さんが朕の肩をバシバシとたたいてくる。
楽しいか? 朕はちっとも楽しくないぞ。
「はーい切れない切れない。じゃあこれがランクカードっすよ。一番下のGランクからっすね」
きれいに切られた横十センチほどの木の板だ、Gと翻訳されて見える焼き印が押されている。まあ新規で来るのが多いから、ストックしてあったんだろう。
「切れてないやい。まあとりあえずカードを……ってほんとに木の板じゃねえか。こんなん偽造し放題だろうに」
「そんなん誰でもやりませんか? 私も二十枚はカード持ってるっすよ」
「おま、まさかCランクってのは……」
「まあどうでもいいじゃないっすか」
「こっちにあるのが依頼っすね。Gランクは一つ上のFランクまでの依頼を受けられる仕組みっす。どれどれ。これとかいいんじゃないっすかね! あ、こっちも!」
「ケスィの花採集……二十本で銅貨十五枚。初心者には無難な採集依頼ってやつだな。マリカ、これにしよう」
銅貨百枚で銀貨一枚。マリカに返金するには全然足りないが、地道で誠実な仕事をこなしていくのが早道だろう。
「おー、なんかローエンっぽい案件っすね。無難に見えて大胆なとことか」
大胆ってなんぞ。まあ盗賊とかが出てくるんだろうか。
ん、ちょっと待て。なんでこんなちょろそうな依頼が残ってたんだ?
「マリカ。ケスィの花って何に使うんだ?」
「麻薬っすね。花が咲き終わった後の実を傷つけると酩酊効果のある汁が出てくるんすよ。持ってるのがバレたら奴隷落ちっすね。まあ行きますか!」
「行くわけねえだろ。アウトだよ! 羊皮紙を戻しておいてくれ。こういう初見殺しは避けてくれると嬉しいんだが」
「ちなみにギルド内は治外法権なんで、依頼を出すのは自由なんすよ」
「なんでアウトローってテリトリー作りたがるんだろうな」
結局ビッグボアと呼ばれている大猪一匹討伐という依頼に落ち着いた。持ち帰るのは皮と牙だけでいいらしく、肉は自由に扱っても大丈夫とのことだ。
町から出ると周辺には畑が広がっている。ビッグボアは野菜や穀物を食い散らかすらしく、放置しておくと被害額が馬鹿にならないらしい。
ウルドの森と呼ばれている場所がビッグボアのねぐらになっているところだ。
肉。何は無くても肉だ。
バズ一家では黒パン、野菜くずスープのヘビーローテーション。
邪教徒の地下教会ではひたすらに豆、豆、豆。
動物性のタンパク質がいい加減ほしい。だから今回の狩りは南大陸基準の本気でいかせてもらう。
「マリカ、そっちに行ったぞ!」
「うぇえええ、ちょ無理っす、無理っす! 私は遠距離専門ですってば!」
偽造Cランク冒険者、マリカ。その武器は二つ。
サブウェポンは短剣。むしろこれをメインに使えと言いたい。
問題のメインウェポンは……カスタネット。
「ねえ、それマジで何に使うの?」
「遠くで鳴らすとムカつくっしょ!? 私は素早さを生かして敵を挑発するのが専門っす! ほらほら後ろから殺っちゃってくださいよ」
「お前今までよく生きてこられたな……」
いいよわかったよ。朕が戦うよ。
「フッ!」
『
朕の体はトップスピードを超え、さらに前へと飛翔するように速度を出す。
『
「捉えたっ!」
「がんばれー! そこっすー! タンタンタンタンタンタンタンッ♪」
スカッ。
「マリカァァァァアア! お前、グーで殴るぞ!」
「早くとどめを! 私が引き付けているうちにっ!」
頑張ってる感とカスタネットやめろ。朕のほうがイライラしてきたわ。
十数分の追走の末、ようやくビッグボアを仕留めることができた。よくサーベルが通ったなと思うほど皮が厚く、体躯も巨大だ。この分だと肉もよく締まっていることだろう。
「やったっすね。私たち名コンビじゃないっすか? タンタン♪」
「…………そうだな」
こいつはいつか泣かす。
だが今はいい。まずは肉だ。もうそれしか考えられない。
「あー、その。ちょっと」
「なんだよ、今忙しいんだ。内臓取るの手伝え」
「あれはまずいっす」
大切な過程を邪魔された朕がマリカの指さす方を見ると、茂みの中にいくつもの輝く瞳が見えた。
「群狼っすね。肉のにおいでつられてきたんすかねー」
どう考えてもお前のカスタネットだよ。
だがマリカの言うとおり、これはまずい。朕一人ならどうとでもなるが、このアホ狐がいるのでは無事では済まないだろう。こいつの前で外見上変化がある魔法を使うのは危険極まりないのでチートは不可能。だからといってサーベル一本でマリカを守り切れるとは限らない。
「依頼は延期だ。撤退するぞ!」
「はいっす。命あっての物種っすからね!」
また、ヒヨコ豆か。いや、贅沢は言えん。なんせヒモ扱いだしな。
朕は薄暗い教会の床で、木皿に盛られた大盛りの豆を匙で崩す。
次は必ず、必ず肉を取る。固く決心して今日も一日が終わる。
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