第50話 朕、吶喊す
スタンピード、とな。
ふむ、こうして南大陸で当然のごとく語られているからには、ちょいちょい起こりうる事象なのだろう。
疲弊した軍を相手に、3000もの魔物か。とてもではないが、耐えきれる状態ではない。朕も大軍を相手に寡兵で立ち向かったことはあるが、あれは愚の骨頂だ。
基本的に戦というものは、大勢で囲んでボコるのが正しい。人類はこれを凌ぐ作戦を、未だに編み出していない。
「なるべくなら使いたくなかったが、非常事態だ。手段を選んではいられん」
「どうすんすか、ローエン。30でも死ぬほどきっついのに、3000とか……もう逃げるしかねえっすよ!」
それな。
朕もそうしたいんだわ。けど、無辜の民を見捨てて、自分の命を優先させて何が皇帝か。否、何が人間か。
朕が倒れるは一番先に。朕は常に最前列に在り。退却するときは最後尾に在り。
これが朕の哲学。朕の戦だ。曲げるわけにはいかんのよ。
新しく分けてもらった長剣を馴染ませながら、朕は一つ命令を下す。
「近衛騎士アニエス・ワーウィック。卿に命ず」
マッハで頭を下げるアニエス。もうこの子は反射神経レベルで礼儀を叩き込まれたんだろうね。そう思うと不憫なことをしてしまった。
「なんなりとお命じくださいませ。全軍の先鋒となりて地に果てるは、我が名誉。何卒、死を賜りますよう」
いや、死なんでいいってば。君たちの命は100均では買えんのよ?
「ちょいと耳を貸すべし。うむ。ごにょごにょ。いいな、わかったな?」
アニエスの顔がぱあっと明るくなる。
「勅命、謹んで拝命致します! 必ずや任務を果たして見せましょう!」
うむ。割と朕たちの生命線な任務だからね。頼むぞ。
勇んで去っていくアニエスの背中を見やりながら、朕たちは防御施設を突貫工事する案を練る。平原での会戦は自殺行為。市民の負担になるのは申し訳ないが、高い壁があるこのウォードの町で戦うしかない。
さあ、籠城戦の始まりだ。
――
叫び声は高らかに森に響く。
猛り立ったゴブリンたちは、共食いをする勢いで互いに争い始めている。
オーガたちはそんな小兵を足で潰し、くちゃくちゃと頬張り始めていた。
「素晴らしい。この軍勢、このおぞましき群れ。ふふふ、神から授かったこのタブレット、本当に万能だなぁ……。もう少し眺めていたいけどね、くふふ、僕もいそがしいからね。頼んだよ?」
「お任せください、マイロード。必ずや研究の成果を人間どもに刻み付けて見せましょう」
ジンと名乗る男は、そのまま闇の中に溶けるように消える。
気配が去ったのを知覚し、漆黒のローブをまとった禍々しい怪物は顔を上げる。
「一度死したこの身すら凍り付かせるかのような、至純の邪悪。我が主に相応しき暴虐。ああ、こんな夜を待っていた……」
ブレインイーター。
スケルトンに憑りつく、怨念を残した死者の脳が魔物となったものだ。
短期間で朽ちるため、常に生者の新鮮な脳を欲している。
ジンの力により、飛躍的に腐敗速度が落ち、こうして軍勢を指揮するまでの知恵を得るに至った、特別種だ。
「町は私の食糧庫。そして新たな仲間の誕生会場だ。派手にパーティーと行こうじゃないか」
くつくつと肩を振るわせて骨が嗤う。
ブレインイーターは自軍の勝利を、些かも疑っていなかった。
――
全ての門が閉じられた。閂をかけ、補強に補強を重ねたのだが、どれほどもつのかは誰にもわからない。
「神様、あんま気を張られてると部下が怯えますぜ」
「む、それは悪かった。なあアルバート、スタンピードってのはいつもこう大規模なのか?」
アルバート・ヴィレム四世は頬の傷を搔きながら、昔を思い出しているようだった。大きく目が開かれる。どうやら脳内検索は終わったらしい。
「まあ、無くはないってとこですかね。よく町が飲みこまれたとか、城砦が落とされたとかは聞きますよ。ただなぁ……」
「何か問題でもあるのか」
「こいつは俺の勘なんですがね。ちょいと統制が取れすぎてるんですよ。普通、モンスターってのは集団行動なんてとれやしない。本能のままにワラワラと攻めてくるもんです。けど今回は違う」
「つまりは、奴らを指揮している頭があるってことだな」
「有体に言うと、そうなりますね。モンスターってのは10匹でも共食いを始めるくらい無軌道なんですよ。それが3000も固まってるってのは、よほどの奴がいるんでしょうね」
現実にも、3000の異なる兵科で編成された部隊を指揮することは、困難を極める。その才があるのであれば、立派に将校待遇で迎えるだろう。
敵にもいるらしいな。有能な将が。
「南門に敵接近! ゴブリン、数およそ300!」
ちっ、裏を回ってきたか。
こちらが兵力を集めている北に、これみよがしに軍を並べておいて、真後ろから攻撃とはな。しかも相手は決死隊同然の捨て駒だろう。非常に厄介だ。
「始まったか。アルバート、麾下の部隊で迎撃に回ってくれ。俺は北を守る」
「了解です、神様。野郎ども、目障りな小鬼どもをブチ殺しに行くぞ! 弓と石を持って俺について来い!」
「おおおっ!」
喧嘩慣れした部隊を回すのは苦しいが、門を抜かれて雪崩れ込まれたら負けだ。確実に討ち取っておきたい。
「敵接近!」
こちらも動いたか。その数、およそ2500か。ほぼほぼ残存兵力をぶつけてくるか。敵の方が戦力投入の何たるかを弁えているな。
「ローエン……」
「心配するな。マリカ、ミィ。モモを頼むぞ」
「わかってるっすけど……でも……」
「ばーか、ざーこ! 死んだらぶっ殺すからね!」
ふっと肩をすくめる。
そうそう、朕たちはこういうのがいいんだよ。
「だそうだ、マリカ。ちょいと遊んでくるから、守りを頼んだぞ。カスタネットはマジでやめろよ」
「えー。まあわかったっすよ。じゃあモモっち、馬車に乗るっす」
「モモっち。吾輩、困惑。でも微妙に感謝」
良い感じだ。やはり緊張がほぐれるのは、仲間の笑顔よな。
さて、狂信者ども。出番だ。
「ローエン様」
「救世主様」
今回は冗談は抜きだ。こいつらには戦力になってもらう。
「お前らは常々、俺に迷惑をかけてきたな」
「え、そうなんですの!?」
「初耳だよ……ボク何かしたっけ?」
お前らニワトリさんかな? 鳩だってもうちょい記憶野広いぞ。
「まあいい。心苦しいが、お前らに命令をする」
ピキンと凍り付いたような。主に空気とか、気配が。
「つまり神託ですね、ローエン様」
「う、うん。まあそんな感じ、かな」
「へへ。えへへへ。ボクがついに、神の御供に! ふへへへへ」
「ああ、そうね。そうだといいね……」
教団組はこう、いろんなところに信仰スイッチついてるのな。もうこいつらと喋ること自体がリスキーなんじゃなかろうか。
朕、すごく怖い。
「コホン。命令する。キサラ・シャルロウ。その聖なる杖を以て、陶工の器物がごとく邪を打ち砕くべし」
「聖なる御言葉、確かに」
「シャマナ・バロウズ。その神威の星にて、馬蹄で踏みしめるがごとく、魔を払うべし」
「御主に従うことを誓います」
征くぞ。最前線に。
明日の誰かの笑顔のために、朕たちは今日ここで魂を燃やす。
「ついて来い。壁から飛び降りるぞ」
「はっ!」
総数3名、見参。
朕たちと一曲、お相手願おう。
かかってくるがよいぞ!
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