第二章 神子と聖女 こいつら狂ってやがる!
第14話 不死の皇帝、審問官に連行される
酒の勢いはスキルで中和できるもの。だが、回る世界や滑らかになる喋り、笑いあう仲間の前でいきなりシラフになるのは無粋の極みというものだ。ゆえに流れに身を任せて様々な者の酔い上戸を楽しみつつ、のどを潤していくのが醍醐味だと思う。
そう、はしゃぎすぎなければ。
「じゃあ全員の昇格もお祝いしてーかんぱーいっす!」
「うおおおっ!」
マリカは気絶からの復帰が異常に早かった。衝撃に強いのは獣人の特性なのだろうか。検証の余地はある。
しかしまあ、あまりに嬉しかったんだろう。もうべろべろになっているマリカが音頭を取り続けている。酒は飲んでも飲まれるな。適切な酒量を弁えてこその呑ん兵衛よ。
「くっかぁー! おいしいっすねー。ローエンも飲んでますかぁ」
「ああ、楽しんでるよ。お前大丈夫か? そろそろ控えておいた方がいいぞ」
「お酒くっさ。ミィに近寄らないでね♡」
なんで朕の方に言うんだよ。
ミィは酒の匂いが辛かったらしい。「私そろそろ帰るし」って言って、後を振り返りもせず、銀貨を数枚置いて去って行ってしまった。ダメな大人たちですまん。
「やぁーこんな気持ちいいのは初めてっすよー。それじゃあもういっちょ」
「おいおい。椅子に乗るな。あぶねえぞ」
案の定落下してきたマリカを受け止める。
「わー抱っこっすー。んちゅー」
「噛みちぎられそうだから嫌だ。ほれ、もうそこで寝てろ」
宴も盛り上がり、燃えるようにはしゃいで、そしてやがて誰も動かなくなった。
「いるいる、こういうとき一人だけ無事でいて、後片付けする人」
まあそれ朕なんだけどね。
「早く片付けな! ピカピカにしといておくれよ!」
婆さんの叱咤が飛ぶ。
何が悲しくて明け方にこいつらのゲロを水洗いしないといけないんだか。
翌日。
「ぬああああああ、頭痛いっす!!」
朕はいつものヒヨコ豆をもりもりと咀嚼しながら、マリカの二日酔いに冷たい目を向ける。全身の水分が酒になるんじゃないかってレベルで飲んでたからな。そらそうなるよ。ミィも今日は表の教会の方に行っているので、ストレスが少なくて済む。
「ローエンさん、申し訳ないけれど、ちょいと物資を受け取りに行ってくれないかねぇ。担当の子が腰を痛めてしまったらしくて」
ここの責任者、司祭ヨハンナさんがすまなそうに話しかけてきた。お安い御用だ。いつも寝泊まり食事をもらっている身、朕でよければ何でもします。
「構いませんよ。何をすればいいんでしょうか」
「ヒヨコ豆60袋が支援者から届いたんだけれどもね。運悪く台車も壊れていて」
またヒヨコ豆か。この教会にもだいぶ備蓄されているが、一体誰がこんな酔狂な贈り物をしてくれるのだろうか。
「少し時間がかかってもよければやりましょう。マリカ、行くぞ」
あまり語りたくなかったが、実は毎度の食事の前にはミストラ教の祈りを捧げている。地球で言うところのバフォメット像に向かって、悲しくも頭を地につけて謎の経文を唱えているんだ。
「無理っす……うぷっ! そこどいてっす!」
「厠まで行け! あーあー」
虹色の光を垂れ流すマリカは、今日は使い物にならないだろう。
使い古された木の椅子を元に戻し、マリカを寝床に投げ捨ててくる。ちゃんと回復姿勢を取らせておき、寝ゲロで窒息しないようにしておいた。
町は今日も変わらず臭い。やはりこのぬかるんだ地面に汚物がしみついているのが一番の問題だと思う。浄化槽の設置が急がれる。舗装はマカダム式がいいだろうか。上水と下水の整備もしなくてはそのうち疫病で全滅しそうだ。
「下がれ下民ども。異端審問官殿のお通りだ!」
おっと、天敵が来た。こいつらとは目を合わせてはいけない。余計な情報が流れると、マリカ含めて教会の人間が全員えぐいことになる。
朕はフードを被ってそっとその場を離れようとして――
「今だ、かかれっ!」
えっ?
朕の周囲にいた奴らが剣を抜いて、馬車に突進していく。
「ほら、お前もびびってないで行くんだよ! 突っ込め!」
馬鹿野郎、勝手に仲間にするなっ!
住人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
その虚を突かれた異端審問官の護衛は非常に脆かった。銅製の鎧ごときでは鉄の武具を完全に防ぐことはできない。それに襲撃者の数が護衛の倍以上いるのも運が悪かった。騎士階級なのだろうが、この町を闊歩するには些か手薄だったようだ。
「キサラ・シャルロウ審問官、貴女だけでもお逃げください!」
「……神をも恐れぬ暴挙に屈するわけにはまいりません。異端を許すぐらいであれば……ここで殉教します」
「なんと立派な志か。行くぞ、我ら聖戦士の力を見せるのだ。押し返せ!」
衆寡敵せず。最後まで守ると誓ったであろう人物を残して、護衛たちはあっという間に全滅してしまった。白昼堂々街中で審問官を襲撃するとか、南のやつらはやっぱネジが飛んでるよ。
「へへへ、おい、その鳥のマスクを取りな。ひゅう、こいつはたまんねえ、なんて上物だ。神官ってことはまだ初物なんだろう。売るか犯すかどっちにするか悩むな」
まるで織物士が丹精込めて作り上げたような、さらりと流れる銀の髪。
「馬鹿なこと言ってる場合ではない。さっさと縛って連れていくぞ」
「ちっ、まあこれも商売だ。おいお嬢ちゃん、悪く思うなよ」
バシンと縄をみせびらかし、髪をそり上げている男に涙ぐみながらキッと睨んでいる。珍しい蒼と紫のオッドアイだ。神秘的で繊細な顔立ちをしている、まだ十代中ごろの容貌だ。
くそ……。ああ、しかたない。義を見てせざるは勇無きなり、ともいうしな。
「待て。それ以上は許さん」
「なんだぁ、てめぇ。おいおい、こいつ仲間じゃねえじゃねえか。しかも俺たちの顔を見ちまってやがる。もう殺すしかねえよなぁ」
血に染まった鉄剣を朕に向けてくる。その数13名。
残念だが、南大陸基準でも手加減してやる必要はないな。そろそろ限界にきているサーベルだが、この場だけでも持ってくれればいい。
「おらっモツぶちまけろやっ」
「ふ……セイッ!」
「ぬぐ……あっ!?」
足蹴りをみぞおちに叩き込み、小手打ちで武器を無効化。そして肩口を斬る。剣術に体術を組み合わせた喧嘩殺法だが、こういう乱戦では使えるものは何でも使う主義だ。
「フッ!」
落ちた賊の剣を拾って、体をひねって真後ろに投擲する。後ろから襲おうとしていた奴の太ももに刺さった。
「野郎っ!」
相手に組み付かれるが、そこは朕のテリトリーよ。体崩しからの大外刈りで地面に叩きつける。
「さあ来いっ! 全員まとめてでもいいぞ!」
彼らは顔を見合わせた後、捨て台詞を残すことなく無言で撤収を始めた。なるほど、練度がそれぞれ違うのか。それとも組織が違うのか。
くそ、少し出血をしてしまった。宴会で体がなまったか。
「立派なのはガラの悪い態度だけか。おい、しっかりしろ!」
銀の少女—―異端審問官キサラ・シャルロウが目を閉じて倒れそうになっていた。神官に直接触れていいのかどうか悩むが、救命行為ということで我慢してもらおう。
朕はお姫様抱っこをして馬車に向かい、座席にシャルロウを座らせる。
「勝手に触ってすまなかった。怪我はないか?」
「貴方様は……」
「通りがかりの冒険者だ。思わず加勢してしまったが、何かバチ当たりなことだったら申し訳ない」
「……この……気配は……!」
少女の顔に朕の顔から出ている血が、ポタリと落ちる。それは頬を伝って彼女の口にすっと入っていった。
「あむ。ゴクン……ほぁ、これは……」
ぞくり、と背中に氷柱が刺さったような感覚が走る。
「これは……この……霊水は……! お名前をうかがってもよろしいでしょうか……使徒様」
「し、使徒様? 俺の名前はローエンだ。ただのFランク冒険者だよ」
「尊きお名前、頂戴いたしました。今日は不幸もありましたが最後には恩寵を受けることができて、感謝の気持ちです」
朕の警報が金切声で叫んでいる。こいつはなんか大事になりそうだと。足早に立ち去ろう。今日は朕は何もしなかった。ただヒヨコ豆を運びにきただけだと。
ガシッ。すっげえ力で手を握られた。
「……ローエン様からは今まで感じたことのないほどの、聖なる気配がいたします。このまま恩人をお返しするのは我が教義にも反します。どうか大聖堂までご一緒していただきたいのです」
「や、ちょっと俺は。やることもありますし」
「審問官権限は使いたくないのです。是非ともご同行を……お願いします」
これまでか。逃げられるような雰囲気ではないし、通りの奥からは武装した兵士たちが駆けつけてきている。ここで引っ張ってもしょうがない、か。
「わかりました。お供します」
「はい。末永くお願いします」
「えっ」
「えっ?」
朕悟る。これ帰れないやつだ。すまんマリカ、ヒヨコ豆はお前に託した。
意地でも地下教会のことは口にしないと、心に誓う。
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