第13話 閑話:進撃の帝国軍 

 総旗艦バルドルの指揮所に立つは、帝国海将イングリッド・ネルソン提督だ。

 朝の凪をかき分け、新しく再編された『第一艦隊』を南に向けて走らせる。

 彼女の頭の中には帝国宰相クレア・ウィンチェスターの言葉が焼き付いてた。


「この度の戦いはただの合戦ではありません。帝国が今世に存在することが神から許されているのかどうかを問う、試練の一つと考えてほしい。海軍の名門たるネルソン家で歴代最高との誉れ高い貴官にこそ、この任務に耐えうると信ずる次第である」

「帝国の明暗を分ける運命の一戦に、小官が先陣の名誉を賜りましたこと、光栄に存じます。必ずや聖なる使命を果たしてご覧にいれましょう」


「私に戦果を示す必要はありません。聖帝陛下の安全を確保し奉ることこそが全てです。それ以外の成果は求めていませんよ」

「胸に刻んでおきます。近衛騎士のアニエス・ワーウィックが乗艦したいと暴れているようですが、いかがなさいますか?」

「あの小娘……まあいいでしょう。帝都に残して置いたらうっかり自害しかねません。それで気が済むのであれば乗せてあげなさいな。帝国海軍と精鋭の海兵隊の前では彼女もやることがないでしょうけど」


 くすりと笑って両名は目で確認し合う。


「それでは出撃いたします。銃後の守りをよろしくお願いいたします」

「任されましょう」


――

 水平線に黒い影が映る。

 既に観測から連絡があがってたが、実際に目視確認すると血が滾る。イングリッドは無線を手に各艦へと連絡をつないだ。


「諸君、おはよう。今船の先が向いている方にある呪われた大陸。あれこそが我らの敵、祖国の仇。そして聖帝陛下をかどわかした万死に値する輩のねぐらだ。普通であればここでは『訓練通りに』と言うのだろう」

 イングリッドの声を聞き漏らすまいと、水兵たちは生唾を飲み込んで待機する。


「訓練通りにできるのは帝国軍人にとっては当然のことだ。よって私は諸君らにこう命令する。『訓練通りの力しか出せないなら殺す』と」


 栄えある帝国海軍の将兵の雄叫びが上がる。

「聖帝陛下の玉体を守るか、それとも死ぬか。我々にはこの二択以外の道はない。粉骨砕身の気構えで任務に精励するように」


 観測士から最終報告が入る。無事に敵の防海識別圏内に入ることができたと。

「敵は我々の行動に手を打ちあぐねているらしい。この機を逃さず一気呵成に進撃するのだ! 全艦第一種戦闘態勢。目に映るすべての船を撃沈せよ!」

「了解!!」


(完全な侵略行為だな。ふっ、今更か。大義名分はあとからついてくる。最後に立っていた者こそが勝者なのが世の常だからな)


 マイクを置いたイングリッドは海帽をかぶりなおす。くわえているマドロスパイプを上下に振り、亜麻色の髪を強引に後ろになでつけた。

 はしばみ色の温かいはずの瞳は、今冷厳な光をたたえている。


「行くぞ。波打ち際を死骸と残骸で埋め尽くしてくれる。問答無用だ、見敵必殺の覚悟でかかれ!!」



 ディ=ハン王国では急いで海戦の準備に取り掛かっていた。

 南大陸初の艦砲射撃を受けたのは、ローエン・スターリングが到着した国とは二千キロも離れた場所にある国だった。それは北海道と種子島ぐらいの距離差にあたる。


 未明、漁師が水平線に浮かぶ巨大な城のようなものを複数発見し、そのまま引き返して警備の傭兵に連絡したことに端を発する。

 情報は錯綜していたが、念のためにと様子を見に行った王国のガレー船が戻らなかったことを受け、もしや敵の攻撃ではないかという考えに至ったようだ。


「陛下、どうしてもご決断いただけませんか?」

「うむむ、しかしのうハント将軍。我が国の戦力だけで外敵を侵入させぬことができうるだろうか。無用な反撃をして相手を怒らせたらどうする、それこそ滅亡してしまうのではないか」


 ディ=ハン王国はただ銀が豊富にとれることと、労働力が安いということが強みの国だ。建国以来常に周囲を囲むどこかの国に属し、銀をはじめ様々なものを献上することで生きながらえてきた国である。

 今ディ=ハン王国の飼い主はオルド=ハン国という騎馬民族の国家だ。有事の際の軍事力を頼ることにより、周辺国家に「我こそはオルド=ハン一の部下であるぞ」と言って難を逃れてきている。


「オルド=ハン国に伝令は出したのだろうな? できれば我が国は無抵抗でやり過ごしてくれるよう話し合いに持ち込みたい。長引かせている間に援軍の到着を待つ方が賢明ではないかな、将軍よ」


 陸海の軍を預かるハントはそれもありかと思いをはせる。建国以来我が国は一度も勝利したことがない。陸続きの相手でも惨敗する始末なのだから、予算の少ない海戦ではどうなるか、火を見るよりも明らかだろうと。


「て、敵が……敵が見えました。陛下、窓より外をご覧ください!!」

「なんじゃ、騒々しい。どれ、よっこいしょっと。ふむ、黒い影が多くおるな。なあ将軍、あれは船ではなく氷の塊ではないのか?」

「失礼します。ふーむ、陛下の仰せの通り、この距離であのように大きな姿となると、海に浮かべることができませんな。これは自然の力やもしれません」

「であろう? ふぁっふぁっふぁ、まったく大騒ぎをしてしまった」


 ドズンッ! と深い衝撃と轟音、そして爆炎が上がる。

「な、なんじゃ! 誰か説明せよ!」

「陛下をお守りしろ! おのれ、やはり敵か!」


 ハント将軍が見た光景はディ=ハン王国の誰もが信じられないような、強大な破壊の跡だった。

「港が……港が消滅……しました」

 幸いと呼べるかは難しいところだが、旗艦バルドルの主砲三連の直撃を受けたのは、民衆用の港だった。敵らしきものの影におびえた結果、民衆用の港を一時国が接収し、手漕ぎの戦船を並べていたところだった。


「ん、なんだ。黒い塊が光って……」

 ヒュウ、と不吉な音が耳に届く。瞬間、王城の屋根が吹き飛んだ。


「陛下、ご無事ですか!?」

「あうあう、こ、降伏じゃ! 降伏するのじゃ!!」


 逃げ惑う民と、それを押しのけてモノを奪う兵士。泣き叫ぶ子供たちが後に残されるのみだった。


 聖帝陛下の残す『聖気』が検出されなかったことをうけ、イングリッドは敵の城郭を直接攻撃した。


「敵指揮所と思しき場所に直撃。相手からの応戦はない……か。ん?」

 イングリッドが双眼鏡で海を映すと、ばらばらと船らしきものが数隻、旗艦バルドルに向かってきているのがわかった。


「なんだ、アレは」

「ガレー……ではないでしょうか。櫂の動きを見ると、あまり統制されていないようですが」

「いや、そうではなくてだな。アレの目的はなにかと問うたのだ」

「失礼しました。降伏の使者と考えるのが妥当かと」


 まあ、そうだろうなとイングリッドも納得する。問答無用で敵の本部と海戦能力を奪ったのだ。まさか主砲の一撃を受けて抗戦してくるほど己が見えていないわけでもあるまいと。


「敵艦発砲!」

「何ッ!?」


 ヒュン――カン。 ヒュン――カン。 ヒュン――ポチャン。


「アレは何をしているんだ? 発砲……?」

「弓……でしょうかね。木製の矢を飛ばしているようです」

「我々にか? この戦艦バルドル相手に弓で攻撃を仕掛けていると言うのか?」

「そうとしか考えられません。いえ、私も自信が……」


 イングリッド・ネルソンは敵の意図がつかめず、次弾の発射を控えさせた。

「これは陽動だな。本命の攻撃がどこからか来るやもしれん。全艦輪形陣に移行、敵の本隊に備えよ!」


 鉄火唸るであろう海戦に臨んだイングリッドだが、彼女が目の前にいる四隻のガレー船が、敵の本隊であることに気づくのに一時間を要した。

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