第3話 不死の皇帝、幼女臭に負ける
残った盗賊たちは形勢不利と悟ったらしい。急いで朕の包囲を解き、剣を構えて防御姿勢を取っている。
「こいつ……おい、お頭を呼んで来い!」
「他の奴らも集めろ。てめえ絶対にただじゃおかないからな!」
痛い痛いと喚く悲鳴の中、ついに親玉が登場したようだ。怒りの青筋が目に見えて太く張っている。大きい胸に長身。とてもいい体格だ。優れた師がつけばよい使い手になれただろう。
筋骨隆々としているが、顔立ちはとても整っていて、一見盗賊には見えない。
「よくもうちの奴らを可愛がってくれたな。覚悟はできてるんだろうな、ええ?」
こんなセリフ、演劇でしか聞いたことがない。本当に言う人いるのね。
「すまんが捕縛させてもらう。」
「俺は
南大陸怖すぎ。こんなのがうようよしてるとか、安眠できる気がしない。
「俺はロー……ローエン・スターリング。旅の剣士だ」
「ほう姓持ちか。お貴族様かもしれねえが残念だったなぁ。オォラ、くたばんな!!」
流石にお頭。一撃が非常に重そうだ。当たればタダでは済まないだろう。今の手持ちの年代物のサーベルでは耐えきれないかもしれない。
直線的な一撃は振り下ろしのあとに直ぐ、切り替えして上に斧を巻き上げてきた。油断していたら首が持っていかれるところだった。
当たれば、だが。
すり足、という技術がある。武道の基礎となる重心の管理をする動きで、相手の攻撃を隙少なく受け流すことができる。
体の各部位の連動させるために足裏を地につけたまま移動する。剣術にとどまらず各種の達人と呼ばれる人物の動きが、常人と異なって見えるのはこの動き方によるものだ。
防を攻に。
万全な状態の相手に打ち込むのは、少なからず攻め手に無理が出る。そこを滑らかに足をすって入り込み、討つ。
剣の持ち手で胃を殴り、頭を下げたところを掴んで頭突きを食らわせた。
「な……ばか……な」
ガルナは地面に膝をつく。
「あまりこういうのは得意じゃないんだが」
人間には絶対に鍛えられない場所がいくつもある。よく言われている急所というものだ。
剣の持ち手で狙った『みぞおち』
頭突きを食らわせた『鼻』
そして今から締め上げる『気道』
右腕で喉を締めて、立てた左腕の肘付近を掴むチョークスリーパーだ。酸素が供給されなくなった脳は活動を休止し、相手は弛緩して動かなくなった。
「単純な腕力勝負だったら危なかったな。寝技の効果は北も南も同じらしい」
「お、お頭っ!」
「もうだめだ! 俺ぁ逃げるぞ!」
戦意を失った賊は壊走を始める。散らばられると面倒なことになるなぁと思っていたら、彼らは立ち止まって怯え始めた。
修羅の形相をした村人たちが、農具を手に立ちはだかっている。やがて聞こえてくる盗賊たちの悲鳴。これだけ村を蹂躙されたのだから、その恨みは骨髄にまでしみていることだろう。
盗賊たちへの地獄の責め苦は小一時間は続いただろうか。彼らは作物よろしく『脱穀』されたり『刈り』とられたり『収穫』されたりしている。
このまま気づかれないうちに去った方が、と思ったのだが、体中に返り血を付着させた村人たちに「英雄だ! 英雄だ!」と持ち上げられ、逃げるに逃げられなくなった。
「騎士様ー!」
「おお、大丈夫だったか? 村のほうは片が付いたようだが」
「ありがとうございますっ!」
少女は妹と一緒に朕に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめてくる。みずみずしい髪からはふわりと甘い花や果実のような――。
って、くっさああああああ!!
花じゃないよ。摘みに行く方の花の臭いだよ!
ま、まさかこの子たち、入浴の習慣が……。
子供は基本的ににおいが大人しい。
よく○○はいいにおいするねーなんていう誉め言葉があるが、大部分は洗濯物やシャンプーのにおいだ。要は体臭<環境臭になっている。
偏った食生活だったり、不潔な状態で雑菌が繁殖していたりすると、すごく臭くなる。あと発汗も多いのでこまめに拭く習慣が望ましいのだが。
でも加齢臭はまた別格だけどね。大人になるのは悲しいね。
つまりこの子がお花摘み臭いということは、だよ。
「ご無事で何よりです! あの……よろしければ少しの間だけでいいので、村にいてくれないでしょうか。幸いにも私の家は無事なようなので、ぜひ泊っていってください!」
「とま……るの?」
いや……朕は……ゴクリ。
「……ハイ」
「良かった、こちらです!」
十二歳の少女はマリーシア(臭)という名前で、妹はティエリア(臭)という。こちらは六歳児だ。
二人とも見事な金糸の髪をそよめかせている(臭)が、将来はきっとかなりの美人(臭)になるだろう。
広場から少し進んだ道に、一組の夫婦がいた。
「お母さん、お父さん!」
「おお、マリー、ティー。無事だったのか!」
「心配したのよ。盗賊につかまっていたらと思うと、気が気ではなかったわ」
「お母さん、この人が村を助けてくれた騎士様よ。海辺で私たちを隠してくれたの」
「広場で村の連中が言ってた人ですね。本当にありがとうございます。何もない村ですが、よろしければ泊って行ってください」
「あ、ありがとう。ではお言葉に甘えてご厄介になります」
「よかった、こちらです」
掘っ立て小屋よりややマシな、異様な臭気を放つ家に案内された。
これは酷い。
帝国にも貧民層がいるが、彼らよりも厳しい生活を送っているようだ。無論ベッドなんてものはなく、板張りの床に布を敷いて寝るらしい。
垢と厠の香りに包まれて、朕の南大陸初日は終わりそうな気がする。嘆いても仕方がないので、明日からは村の復興に力を貸すとしよう。そして必要なものを作成しよう。このままでは朕は色々な尊厳がなくなってしまいそうだ。
異文化交流の難しさよ。だがこんなことでくじけてはいけない。朕の記念すべき冒険譚はまだ始まったばかりなのだからな。
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