第34話 そうあれかし
ウェンディゴの里で、モモが学士試験を受けることになった。
もともと成果物がかなり優秀だったので、記述試験と面接で結果が出るらしい。
独特な薬草学と薬学の範囲なので、残念ながら朕たちに手伝えることは少なく、ボロボロになった紙のテキストで課題範囲の復習を行うしかできない。
そう、そうなんだよ。
ウェンディゴさんたち、紙を持ってるんだよ。
人間たちが木版や粘土板、羊皮紙に書いているのに、この人たちは紙の生成方法を知っていたのだよね。
もう五週くらい差をつけられてるよ、人間さん。これからはウェンディゴの時代がくるかもしれんね。
「次の問い。アルテア草の薬効成分は解熱、沈痛、あとは?」
「整腸。ただし一日に二本以上の服用を禁ずる」
OK。筆記はほぼ問題なかろう。実践的な調剤を行っていたのだ。モモにとっては今更な内容が多いのだろう。
「マリカ、ミィ。次の問題を用意してくれ」
「難しい字ばっかりでわかんないっすよ。ミィちゃん、これなんて読むんすか?」
「刀傷による傷薬の調合方法とその等級について、ね。今更な気がするけど、一応ざこに渡しておくし」
一致協力することの美しさはどこの世界でも変わらないものよ。モモが学士ともなれば、十分に世の中に貢献できる薬師となるだろう。言い換えれば、これは朕たちによる世直しの一環であるのだ。
「ちゅっ。ふふ、照れた顔も可愛いねキサラは」
「あむ。もう、こんなところで不謹慎ですよ、シャマナ」
もうお前らどっかいけよ。
世直しする前にこいつらの精神を叩きなおさないと、朕の脳が破壊されるわ。
見る人によってはてぇてぇ光景なのだろが、ちょっと場合じゃないんだよなぁ。
勉強中の苦学生の横でいちゃこらする百合っプルとか、めった刺しにされても文句言えんよ。
「おい、旧ディアーナ教の神子と聖女。あっちに馬小屋があるから、これ以上はしゃぐつもりならそっちでやれ。マジで今は大切な時期なんだから頼むぞ」
「え、ええ。シャマナがちょっかいをだすからこうなるのです。ローエン様やモモさんの邪魔をするきは……あんっ」
「生意気な口を利くのはどこだー。ふふ、ボクたちにウマになれってさ。ねえキサラ、ウマはウマらしく小屋で、ね」
わかるかな、朕の気持ち。
こう眼球の奥が痛いというか、こめかみが突っ張るというか。
電車でいちゃつくカップル見てる、周囲の人の冷めた心。若気の至りまくりな人は、どうして他者の神経を逆なでることがうまいのか。誰か論文書いてくれんかな。
「御託はいいからさっさと出ていけ」
有無を言わさずに襟首をつかんで、家の外に放り投げる。宇宙にゴミを投棄するような行いに、若干気が引けたが仕方がない。
さて朕は朕で、そろそろ今後の行動を決めなくてはいけない。
玄関の外で一人思考に耽る。
何にせよ、朕が追うべきはジンという疫病の使い手だ。まさしく地球産の病原菌そのものなのだから、同郷のよしみで黙らせないといけない。
リーゼル王国の王都で流行り病が発生したと、モモの父であるライアスさんが言っていた。死蝋病なんていう突然変異的なものが発生したことも考えれば、ジンの仕業である可能性が高いだろう。
シンハ王国へ最終的に行く予定のようだが、その道中で実験を繰り返すつもりか。チートなタブレットとやらを持っているようだが、まだその性能をはかり知ることはできていない。ゲーム感覚で新発見の疫病を創られたら、この世界は瞬く間に終わってしまう。
「どうする。朕が一人でぶっ飛んでいけばジンなる者に接近できるだろう。その場で説得なり武力なりを用いて鎮圧したほうが、結果的に死者は少なくなるが……」
救える手段があるのに救わないのは、人として怠慢ではないか。
全力で朕が解決する。これが一つの結論なのは確かだ。
しかしながら、南大陸の人間の力で事態を収束させることも非常に重要である。
朕が北大陸を臣民にゆだねてきたように、この世界の住民の力で異物に対して抵抗しなければ、いつまでたっても釣った魚を与えられるだけの乞食で終わるだろう。
朕は南大陸では君臨もせず、統治もしない。その原則は変えたくはない。
大いなる力には大いなる責任が生じるというのが通説だが、過大に影響を与えてしまっては、人は成長することを辞めてしまうだろう。
「モモの学士試験終了を待ち、持ち出せる限りの薬草を積んで出撃だ。南大陸に降臨した癌細胞は、南大陸人に切除させるとしよう」
方針は決定した。もうこれ以上はこのことで悩むまい。
屋内に戻り、モモにまた一から問題を出していく。継続は力なり。反復も力なり。
頭から湯気が出そうになるまでとことん詰め込み、三人娘を風呂場へと送り出した。マリカもミィもすっかり風呂の虜になったようである。良きかな、良きかな。
――
ライアスさんに頼み、食堂を貸してもらった。樫の木でつくられたテーブルを囲み、木製のカップにいれられた水を一口飲んだ。
モモを試験に送り出したあと、朕は仲間を集めて今後の方針を定めることにしたのだ。ジンなる者の危険性を示唆し、これを捕縛するは正義なりと熱く語る。
「そして……だ」
ジン。まったく朕の予定をことごとく崩してくれおるわ。
「マリカ、ミィ、キサラ、シャマナ。あとでモモにも言うが、大切な話がある」
言わざるを得ない。ジンの正体を話すからには、朕のことも述べなくてはいけないだろう。
「ジンは異世界から来た、疫病を使う魔法使いだ。不幸なことに神からの恩恵を受けており、その力は一国の軍隊にも匹敵するやもしれん」
「異世界ってなんすかね。どこかの島から来たんすか?」
「そうじゃない? なんか北の方には小さい島がいくつかあるみたいだし」
首をゆっくりと横に振る。
「別の世界という意味だ。想像するのが難しいだろうが、この世界とは別の世界、。ある意味別の星とも言っていいかもしれん。そういうものがあるんだ」
「ローエン様はなぜそのことをご存知なのですか? やはり神の住まう世界はあるということでしょうか」
「ある意味正解だ。ここでお前らを騙しても何の得にもならないし、意味がないことを理解してもらったうえで話す――俺もジンと同じ世界から来た、異世界人だ」
沈黙が場を支配する。
同じ大陸の地図さえ完成していない状況だ。北大陸があることも、この大地が球体であることも、地動説が正しいということもまだ伝えきれる自信がない。
「で、そのなんすか。ローエンは異世界から何しに来たんすか?」
「別に好きで来たわけじゃない。死んで気がついたらここにいたんだ」
「なにそれ。これだからハゲは無理なんだよね」
「ハゲてねえよ! お前ら、ちょっと手を貸せ。分かりやすく映像で見せてやる」
百聞は一見に如かず。
いっそもう神様見せた方が早いんじゃね理論でいくわ。
「よし、じゃあ行くぞ。『神技・天界映像』」
朕の体が眩しく発光する。魔法はなるべく使用したくなかったが、理解してもらうにはこれがベストだ。五人の精神を天界へと飛ばすぞ。
「創造神様、おはようございます、ローエンです」
【おお、丁度いいところに来たの。今メンツが一人足りなくての。点ピン――銀貨10枚じゃが、牌を摘まんでいかんか?】
「開幕から天和上がってるんじゃねえよ。ちょっと創造神様の娘さんのやらかしについて、現地人に説明をですね」
【ふむ。だから他の者を連れてきたのか。天界は気軽に足を踏み入れられる場所ではないんじゃがの】
麻雀やってんじゃん。ぜってえ暇だろ。
「紹介する。この花畑と蒼穹の世界の代表で、神様だ」
「ろ、ローエン、ちょ私死んだんすか!? まだ彼氏もできたことないのに!」
それは必要な情報なのかな?
神官組はもう色々と察して跪いている。ビジョン的にはもう見るからに神様だからね。中身の人格はさておいて、一応は信仰の対象であることは間違ってない。
「まさか光である御身の御前に在ることができる光栄、言葉に尽くせません。この奇跡を前に、御身は何をご所望になられるのでしょうか」
【敬虔な信徒よ。信仰が己が身を助けるだろう。そうあれかし」
「ははあっ」
いや、気づいて。そいつさっきまで賭博をしようとしてたからね。
そうあれかしじゃねえよ。そうあっちゃだめだろ。
【我が子たちよ、何を欲するのか】
まあいいよ。威厳は持たせておくさ。
「異世界の存在について、説明を求める。世の中の理の埒外があることを、この娘たちに知らせてやってほしい」
よかろう、の言葉をもらった。
果たして、これから見るとんでも映像を前にして、朕のことを同じ人種と認識してもらえるかどうか不安だ。
ジン、このツケは高くつくぞ。朕のレゾンデートルを侵犯した報いは、必ず受けてもらおう。
怒りの炎とともに、前髪がはらりと落ちた。
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