第35話 激しい輝きを放つ先
創造神からの説明は、少々マリカたちには刺激が強すぎたのだろうか。皆一様に押し黙ってしまっている。
そりゃそうだね。隣に住んでる人が、実は私異世界人なんです、一度死んだんですって言い始めたら、鉄格子のはまった病院に保護されてしまう案件だからな。
されど流石に神の言葉は重かろう。かの者こそが召喚されし選ばれた人であるぞよ、とのたまえば、神官組が多いうちのパーティーは信じざるをえまい。
「で、まあ俺もうっかり気分で殺害されて、この世界に拉致されてきたわけよ。魔法とか使えるのも神様からの贈り物でな、悪用や乱用はしないつもりでいるし、実際そうしてきただろう」
うーんと唸っていたマリカが一言。
「で、結局ローエンは何がしたいんすかね。無理やり連れてこられたのであれば、ジェリングで神様やってた方がよかったんじゃないっすか?」
いいこと言うね、君。100ローエンポイントをあげよう。
朕が北大陸の覇者であり、不老不死の皇帝であることは知られていない。
むしろ喋ったら天界を滅ぼすと念を押しておいた。
「せっかくだから俺はこの世界を見て回りたかったんだ。誰に気兼ねすることもなく、自由な一冒険者としてこの大陸の見聞を深めたいと思っていたぞ。ついこの間まではな」
「そのジンとかいうやつのせいで台無しってとこっすかね。まあ疫病っていう語感からして危険極まりない人物らしいっすけど」
「厄介なネタを持ち込んでくれたものだ。死蝋病—―ウェンディゴ騒動で分かったと思うが、ジンとかいうやつは意図的に疫病を流行らせては立ち去っている。何の責任も取らずにな」
朕がこちらに来る前も、バカッターとか揶揄される青少年のテロ行為が話題を呼んでいた。○○したら目立つだろ? かっこいいだろ? という一時の快楽を求める脳は矯正できるものではない。
然るべき制裁が与えられて、自らが破滅の道を歩んでこそ愚かさを知ることができるものだ。まあそうなる前に自制するのが「教養」なんだけどね。
「ジンとやらの行動には幼稚さを感じる。自分はこのような力を得た。どうだすごいだろう、何ができるのかもっともっと試すぞ、という感覚だろうか。とてもではないがこの世界の人類を対等とは思っていないだろう。下手すれば会話にすらならないかもしれない」
「なんでそんなの連れてきちゃったんすかー。シンハ王国に行くのって危ないんじゃないっすかね」
「そこはもう触れてもしょうがない。神のやることに合理性を求めても無駄だぞ」
朕たちが進む道は見えている。行く先にやばい病気が蔓延しているところが、ジンの立ち寄った場所だ。猟奇犯のケツを拭き続けるのも業腹だが、この大陸の人を放っておけるはずもない。それだけ朕はこの場所に愛着がわいてしまっているのだから。
「モモの帰りを待って、行く先を定めよう。恐らくはリーゼルの王都で間違いないと思うがな。隠れ里に住んでいる、モモの母親も狩りだされているということだから、かなり汚染が進んでいるだろう。ここで降りておくのも一つの手だぞ」
「降りるってなんすか。いいじゃないっすか、正義のパーティー。私だって看病くらいはできるっすよ。人の役に立ってお金になるのなら、言うことなしっす」
「ミィは正直行きたくないかな。でもここまで来ちゃったし、ざこたちは間抜け毛抜けだから、見捨てると夢見が悪いかなって」
「ローエン様の御心のままに。これは神に認定された救世軍です。ジンなる異端者をつるし上げ、病める人々を看護するのは私たち神職に課せられた義務でございます」
「キサラが行くって言ってるし、ボクに反対は無いよ。寧ろここで離脱したら天意に背いた逆徒として名前を残しちゃうからね。一緒に王都に行こう」
「すまんな。無事で済まないかもしれんが、力を貸してくれ。俺は必ずジンを止めてみせる」
日光が差し込む窓辺で、俺たちは手を重ね合って協力を誓う。外では雲雀のさえずる声が聞こえており、名も知らぬ桃色の花を咲かせた木が、風で気持ちよさそうにそよいでいた。
――
二日経った。
モモは学士として合格し、以後どこの町でも調剤の工房を構えることが許されたそうだ。薬学は疎いのだが、ジンとの戦いを考えれば大きな助けになってくれるかもしれない。
「モモ、いいのか? 危険だぞ」
「危険認識済み。
モモの父上にはかなり心配をかけることになるが、ここで踏みとどまっていても仕方がない。申し訳ないがモモの身柄をお預かりさせてもらう。
様々な薬草やハーブ、薬効のある結晶をすり潰したものなど、多くの素材を馬車に積む。調剤器具も忘れてはいけない。保存食や夜具なども含めるとかなりの大荷物になってしまった。
馬車を引く二頭の馬も大変だろうなあと、朕は同情を寄せる。
まあ性別比1:5で、朕の野宿は確定なのだからお馬さんたちとは仲良くしておこう。
「ふふ、いい子だ。よしよし」
レインとマールの機嫌を取っていると、ミィがよたよたと荷物を運んでいるのが見えた。まったく、あいつは人を頼ろうとしない頑固さがあるからなぁ。
モシャリ。ハグリ。
するん。
いだっ!!
え、なに、噛まれた?
「おい今のはどっちだ。怒らないからお兄さんに白状しなさい。レインか? マールか? まったくいたずらものめ。あーしゃしゃしゃしゃ」
首筋をごろごろと撫で、気を取り直してミィのもとに向かい、荷物を受け取る。流石に麻袋四つは無理だから、大人しく渡しなさい。
おっも! こいつ、何運んでるんだよ。
「おい、これ何が入ってるんだ?」
「え、ヒヨコ豆だけど。みんな好きでしょ――ねえ、ざこ、あんた……」
「いや別に好きっていうわけではないんだよな。それしか食うものがなかったからっていうだけで。この豆はマリカにでも食わせよう……ん? 何見てるんだ」
「ううん、なんでもない。あのねざこ、ミィちょっとこれから優しくするから、その、元気出してね」
ミィはぷいっと顔を背けて馬車に乗り込んでしまった。
なんだあいつ。急にらしくないことを言い出して、何を企んでるんだ?
まあいいか。静かになってくれるのは重畳だ。よいしょっと、重いなヒヨコ豆っ。
「おーい、幌をまくってくれ。豆を乗せるぞー」
「はいっすー。え、なんすか? ミィ、そんな深刻な顔して。覚悟しろ? ちょっと怖いこと言わないでほしいっすよ」
「ローエン様に試練が……そう、ですか。ここは一つ神への信仰を強く持ち、一意専心、明鏡止水の心で相対しましょう」
腕がぷるぷるしてきたから、急いでほしいな。
何を祈っているのか知る由もないが、大方ミィが大げさに何かを吹き込んだんだろう。これからコンバットゾーンに向かうというのに、意識が低いぞ。朕は悲しい。
「あ、開けるっすよ。せいっ」
そんな気合こめんでも。
「よし、じゃあ悪いがこいつを受け取ってくれ。重いから気をつけろよ」
「ぶふうー--------っ! あっはははっはは、こひゅーこひゅー。く、苦しいっす、無理っす、あっはははは」
「ローエン様……おいたわしやゲホッ……このキサラ、何があってもお仕えする所存プフッでございます」
「お願い、ボクの方を見ないで。今はだめ。もうちょっとその……慣れる時間が欲しいんだ。ごめんね」
え、急にアウェイ感出てるんだけど。
甲子園球場にジャイアンツのユニを着て行くぐらいの疎外感があるんだが。
「ひゃっははっははは、はー、はー、ろ、ローエン、はひゃ」
マリカに至ってはもう人語じゃねえし。
なんだいこいつら、ケスィの実でもキメてんのか?
「よくわからんが俺は御者台にいくから、荷物よろしくな。あまりハゲしく笑って体調崩すなよ」
「苦しい、苦しいっす。わかりましたから、行きましょう、もう!」
すごくイラっとしたが、そのまま馬車の手綱を操り、ウェンディゴの隠れ里を後にする。くそ、まだ後ろで笑ってやがる。あの狐とは一回白黒つけないとだめだな。
「ローエン、隣良し?」
「おう。モモは後ろのバカ笑いに加わらなくていいのか? 何にうけてるのか知らんが、まあ暗くなるよりはマシ……なのか、うむむ」
「これ、見る」
モモが手渡してきたのは、一つの手鏡だ。なんだ、ウェンディゴ族のマジックアイテムか何かか? 鑑定をしたほうがいいだろうか。
「ローエン、髪の毛残念。大丈夫、まだ若い」
なん……だと?
「ちょっと御者を頼む。どれどれ……」
なー---------------------い!!!
前髪から頭頂部まで、ぜー-----んぶなー-------い!!!
うそだろ? え、朝にはふさふさに生えてたやん。
「馬鹿な……こんなこと……が……」
「うぷぷぷぷ、ローエン気づいたっすね。よっ、眩しい男め!」
こいつ、知ってて黙ってやがったのか。信じられねえ、これから一緒に戦っていくって決意したのはついさっきぞ?
「俺が、俺がこんな、嘘だ……ろ」
「まあ個性の一つっすよ。頑張りましょうね、ハーゲン」
「マリカァ! お前は今泣かす、絶対泣かす!」
朕はなりふり構わず荷台に突入する。しかし衆寡敵せず、ミィに抑え込まれ、残るメンバーにじっくりと頭を観察された。
「ここにちょちょいと顔を描いてみると、ぶっひゃっははははは」
マリカァァァ!
木炭で絵を描いてるんじゃねえよ! おい馬鹿野郎、そこカメラ止めろ!!
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