第18話 不死の皇帝、聖女と逃げる(なお無事死亡

 私の手を取ってくださいね。

 その圧がすごい。

 世の中、この手の理不尽って多いよな。こっちが被害者なのにいつの間にか加害者にしたてられる方式。これどうにかならんのかな。

『あなたのために言ってるの』とか『どうしてそんなこと言うの』とか『大変だと思ってやっておいた』とかね。


 かくいう朕もマリカや地下教会のみんなのために必死に抑えているし、帝国人や南大陸人のために魔法やスキルを制限している。

 結局だれもかれも偽善者なのかもしれない。 


「泥棒猫にはお仕置きが必要ですね。シスター・ミーシャ、貴女の罪が許されるよう祈ります」

「謝罪する必要はないよ、シスター。キミは正しいことをしたんだ。これほどの聖なる気配を持っている方を監禁するだなんて許されない冒涜だからね」


 だから人の都合にそこまで合わせる必要は、そんなにないのかもしれない。

 ここははっきりと伝えよう。自分の都合のために、相手の気持ちを踏みにじることは、生きているうちに誰しもが経験することだ。誰も手を汚さないなら朕が成そう。


「キサラ、俺は君と一緒には行けない。ミーシャには助けられたと思ってるし、恩を感じている。罰せられるような行為はしていないと信じている」


「嘘ですよね。そんなのおかしいですよ。だってあんなにいっぱい私の気持ちを伝えたのに、それを裏切るだなんてあんまりです、酷いです」

「俺は聖女シャマナさんの意見に賛同する。君たちが俺にどんな力を感じているかはわからないが、人は自由であるべきだ。無論権利を主張するには義務を果たさないといけないものもある。生まれながらの自然権もあるが、概ね誰しもが不自由の中で自由を求めているんだ」


 本質的に人間は奴隷気質なのかもしれない。生きるためには義務を履行せねばならず、最低限の欲求を満たさなくてはいけない。社会契約、雇用契約、地域貢献。義務でも義務でなくても、推奨される行いはある。他人に気を使うことも広義での奉仕だ。

 

 だが他者から不当に自由を奪われることは断じて認めない。

 思いの良し悪しはおいておく。

 キサラは自分のために朕の自由を奪い、シャマナは朕のために自由を与えようとする。極めてシンプルな問題だ。


「一定の理解はする。だが自分の利益のために他者の自由を搾取するのは、許されざる悪行だ。なんの合意もなされていない関係は、誰かを縛ることはできない。キサラ、君は間違っている」


「無理です。そんなの、もう無理です。私はローエン様がいないと……もう駄目なんです。どうか見捨てないでください。私は誠心誠意尽くしますから、どうかキサラから離れないで」

「すまん。俺には俺の人生がある。キサラと道はつながらない」


 我ながらシリアスに言ってしまった。これで理論ガバガバって反論されたら泣く。

 恋は一時の熱病だ。キサラは熱病の体温が上昇しすぎたのだろう。

 真に相手を慮るならば、縛鎖をもって行動を制限したりはしない。例え相手の行動が自分にとって気に入らないものでも、同じ未来をみているならば埋め合わせができる可能性がある。


「ボク昔言ったよね、キサラ。信仰信仰で生きてちゃだめだよって。もう少し市井の生活を見るべきだって。勉強不足だったんだよ、君は」

「もう……いいです。もう、私は……」


 キサラは大理石の床にがくりと手をついてうなだれてしまう。生まれながらに多くの自由を手にしている者は、どこまでが自分の手が届くのかを測りづらいものだ。


「行こう聖者様。シスター・ミーシャもおいで。この大聖堂には私の個室もあるから、そこで話そう。お礼もしたいしね」


「ミィ、行くぞ」

「仕切るな、ざぁこ」


 聖女シャマナの部屋は本当に実務的な仕様だった。机と椅子が一組、簡素なベッドが一つ。飾り気はなにもなく、清貧を体現しているような在り方だった。


「この度はディアーナ教の審問官が大変な無礼を働いてしまった。ボクが代わりに謝罪するよ。ごめんなさい」

「無事解放されたからいいさ。それよりもミィがこれから不利益を受けないように働きかけてほしい。この子は恩人だ」

「勿論だ。変わらない身分の保障と、不必要な咎を受けないように私から口添えをしておくよ」


 ならよかった。下手につついてミィが異端審問なんてかけられたら、朕は全力で奪還しなくてはいけなくなる。地下教会のみんなと一緒に別の町に逃げる算段をしなければならないとこだった。

 

「おっと、お茶が来たね。まあ飲んでゆっくりしてほしい。疲れただろう?」

「ああ、すまない。もらうよ」

「ミィも喉カラカラ。いただきまーす」


 ふう、一息ついた。どれ、嫌がるだろうがミィの頭でも撫でてあげるか。

 手を伸ばした先にミィの頭部はなかった。


 バタン。

 えっ?



「あっれー、おっかしいなぁ。大熊でも昏倒させるくらいの薬をいれろって命令したはずなのに。なんで起きてられるのかな」

「お、お前、何を……」


「昔からいっつもそうなんだ。ボクはうまくいかない。いいところは全部キサラに取られる。いっつもいっつもいっつもいっつも。だから今度はボクが奪うんだ。見たかい? キサラのあの絶望した表情。最高だったぁ……」


 これが……聖女? 

「ねえ、そのお茶、美味しいでしょ。美味しかったよね? うん、しっかり全部飲んでるね。最高っ」

「生憎俺に薬物は効かんぞ。お前らが言うところの聖なるナントカってやつかもしれんな」

「そー----んなこと、どうでもいいんんだよ!! ローエン、君のお茶だけは特別だったんだ。ずっと前から作ってた、この世で一つだけの最高のお茶なんだよ!」


 毒物か? それとも何か呪物が含まれていたのか。いずれにせよ朕がもらった加護を突破できるとは思えないが。まて、アーティファクトか。あの手錠は回収してきたが、他にもアーティファクトがないとは限らない。

 飲食させるタイプ。なかなかに斬新な発想のブツだな。そうなってくると話は別だ。効果が発現する前にミィを連れて離脱しなくてはいけない。おそらくは遅効性—―


「そのお茶はねぇ! ボクの体でできてるんだよ! 茶葉にボクの髪の毛や血や体液を混ぜに混ぜて、いつか来てくれる王子様に飲ませようと思ってたんだよ!! そう、ボクはキミにボクのことを食べてほしいんだぁ」

 ニチャァ。


 あああああああ、ファッキンサイコ! この子サイコちゃんだ!

 おええ、飲んじまった。髪の毛とかマジかよ。よくヤバイ人がバレンタインのチョコに髪の毛入れてるとかいう噂を聞いたことがあるけど、こんなタイミングで出してくるのかよ。


「ねえ、美味しかったでしょ。ボクの体はすごく美味しいと思うんだ。自分でもこの均整の取れたボディと、日焼けして小麦色になった肌は味が染みてると確信してる。君と同じ黒髪だし、黒い目だし、きっとそうだ、ボクの目も口に合うに決まってるよ! 待ってね、今ほじくり出すから。君に、食べて……欲しいんだ」


 OK、理解した。このディアーナ教団は破壊するべきだ。少なくともこの上層部の首はすげ変えなくてはならない。朕は南大陸に来て、初めて強大な敵を認識したぞ。


「指もいいよ、乳房は……小さいから固いかもしれないけど、噛み応えはあるよ。ああ、お腹のお肉もないから少し不満を残しちゃうかもしれないね。その分滅茶苦茶に嬲っていいから。もう二度と後戻りできなくなるくらい、人生壊してほしいよ」


 終わらせてやろう。その破滅願望を。

 シャマナが今までにどんな経験をしてきたか朕が知る由もない。だが無関係なものを巻き込んで、なおかつ自分を食えと言っている危険人物を放置するほど耄碌してはいない。


 よかろう。

 朕茲ニ戦ヲ宣ス。

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