第44話 朕は戻らぬ!

 ああ、歓迎せざるべきかな、この歓声。

「神の名をこの地にせまる蛮族に届けよ! 我らはクルセイダー。聖なる使命を授かった神の戦士だ!」

「ローエン様万歳! 神の子に栄光あれ! 異教徒に死を!」


 しょっぱなからアクセル吹かしまくってるな。なあアルバート・ヴィレム。マジでこれでいいのか? 朕ちょっと責任とれないよ。


「なあ、アルバート。新参の俺たちが旗印になるのはちょっと……指揮系統とか、部隊編成とかあるだろうし。長年いる人が任務にあたるのがいいんじゃないかな」

「おお、そういう細かいことは俺たちに任せてください! ローエン様はただ【死んで来い】と命じればいいのですよ!」


 君たちは宗教的権威に屈しすぎでは。されば仕方あるまい、早いところケリをつけて、とっとと解散だ解散。

「う、うむ。では頼んじゃおう……かな」


 冷静になって考えれば、二つの王国が全力出撃をしているとのこと。たかだか100名足らずの部隊が出て行っても、足手まといにしかならない。

 傭兵団の練度は低い。あちこちで徴募してきた農民あがりが多く、主力となる根っからの戦争屋は20名程度だ。まさかこの戦力で最前線にぶち込まれることはないだろう。


 地球の歴史を紐解けば、古代の中国王朝は東西南北に住まう遊牧民族との戦を続けてきた。たかだか部族と侮ることなかれ。南大陸で用いられている兵の動かしかたから考えれば、遠距離攻撃を用いた一撃離脱はかなり有効な手になる。

 海から馬を連れてくることはできないが、敵には何がしかの機動戦力があるのかもしれない。かもしれない運転は戦場でも通用する。


 一つ万全な準備をして進軍するとしよう。


――

 揃いも揃ったり。朕たちの二頭立て馬車を中心として、弓兵と槍兵が囲むように行軍する。シンハ王国に正式に雇われた朕たちは、激戦区に近いウォードという町に向かっている。


 ウォードはダグラム王国と隣接している土地で、過去両国で国境紛争も起きたことがある場所でもある。その二国が今では手を取り合っているのだから、南大陸の政治情勢は複雑怪奇なものよ。


「神の子、ローエン様。斥候が戻ってまいりました。全軍を停止させます」

「う、うん。そうしてたもれ」

 もういくつ呼び名がついたかカウントする気も起きないよ。それよりも現状の把握が優先だ。まさかもう町が失陥してるなんてことはないだろうな。


「報告します! 現在ウォードの町は海の部族と交戦中! ダグラム王国軍とシンハ王国軍が共同で防衛しておりますが、かなり劣勢の模様です」

 

 アイヤー。


 ええ、今朕たちがいる場所って、割と海から遠いよ? もう押し込まれたのか。

 彼奴らはかなり危険な相手のようだ。朕も力を出し惜しみをしないほうがいいかもしれぬ。


「救出には行けそうか? 四方を囲まれてはいないか?」

「現在町の東のみが交戦中です。敵は一点突破を図っているようで」

「正規軍を相手に力押し……か。相手をねじ伏せるだけの実力が無いとできない所業よな。よし、我らは反対側の西門から援軍として参加する。攻撃を受けないように先触れを出すのだ」

「御意!」


 敵意がないことを示すため、ゆっくりと進む。幸いにして守備兵からは矢を射かけられることはなく、諸手を挙げて援軍を喜ばれた。

 しかしどうするかね……。大火にコップで水をかけても鎮火するのは望めないだろうしなぁ。


「シンハ王国第三軍団のラミレスだ。ローエン二重十字軍の参戦を歓迎する。早速で悪いが、壁に上がって弓手として戦ってくれ。心得が無いものは投石でいい」

「……わかった。準備をしよう」


 まさかの最前線。

 しかもろくな防衛設備のない町の、敵を食い止めるテトラポット役だ。


「マリカ、お前はミィたちを連れて馬車に乗っておけ。ここは落ちる。お前らだけでも逃げられるようにしておくんだ」

「ちょ、そんなことできるわけねーっすよ。ローエンはどうするんすか!?」

「知っての通り俺は魔法が使える。逃げ出すことぐらいはできるだろう。残念だがここでお別れだ」


「そんなのってないっすよ……一体何のためにここまで……」

「陥落寸前の町。相手は見知らぬ蛮族。お前らは女。ここまで言えばもうわかるよな。逃げろ、これは命令だ。ミィやモモ、ついでにキサラとシャマナを助けるんだ」


 まだ何か言おうとしているマリカを抱きしめる。

「お前たちに死んでほしくない。辛い思いをさせたくない。だから行け。振り返るなよ」

「うう……ずるいっすよ。そんなこと言われたら、逆らえないっすよ」

「必ず生きて戻る。信じろ」


 マリカの体を押し戻そうとした瞬間、そっと口づけをされた。

 ふ、戦いに赴く戦士にこれ以上の賛歌があろうか。

 振り返るなよ。朕も振り返らない。


 もはや原型をとどめているのが奇跡なサーベルを抜き、朕は部隊を連れて壁上へと昇る。参るぞ、者ども。戦争だ。


軍務命令オーダー! 敵を一掃せよキルゼムオール!」


 押し寄せる軍を一望し、朕は剣を指し示す。

 いくらでも来い! 朕はここにあり! いざ! 



 ん、あれ……?



 おかしいな。朕、抜け毛に続いて目まで悪くなってきたのかな。

 はるかに続く地平線。そこに帝国の旗印が見えたような。


 ドゴン、という妙に聞きなれた発射音がする。そして弾着、炸裂。

 火薬……兵器、だと?


 第二射の発射音、弾着まで十三秒。

 朕これ知ってる。帝国製10式榴弾砲じゃないかな。


「撃てー! 矢を放ち続けるんだ!」

「もうだめだ、壁が崩落する……」

「天の怒りだ……我々は今神罰を受けているのだ……」


 すまん。これ朕の軍隊だわ。


 ってなんで帝国軍が南にいるんだよ! 絶対に来るなって勅命だしたよね、朕。

 まあいい、詰めるのは後だ。とりあえず停戦だ停戦。何が海の部族だこんちくしょう、1000年以上も技術に差があるバリバリの近代部隊じゃねえか!


「ちょっと行ってくる」

「え、神様、どちらへ?」


 壁上から飛び降り、帝国軍の陣営まで一気に加速する。もうこの期に及んで魔法を出し惜しみする場合じゃない。


「単騎で突撃してくる蛮兵あり! 射撃用意!」

「うむ、ん? ま、待て! あれは……あのお方は……!」

「発砲中止! 全軍攻撃をただちにやめよ! あのお方に銃口を向けるは大逆罪だぞ!」


 相変わらず索敵と行動が早い。地方軍の動きではないね。めちゃクソ選りすぐった精鋭だわ。


 朕の動きを止めること能わず。

 ましてや相手が同胞なればこそ。


「久しいな、お前たち」

「せ、聖帝陛下! ご無事で……ご無事でいらっしゃいましたか!」

「うむ。朕は壮健である。してこの軍の司令官は何処に」


 見慣れたスミレ色の髪が戦場の鉄風に舞う。

「近衛騎士アニエス……ワーウィックか」

「せ、せ、聖帝陛下ぁぁぁぁぁああああ! ああああ、お許しを! お許しを! 陛下をこのような蛮地の空気に触れさせた、我らの不忠をどうか、どうかっ!」

「よい。よくぞ朕のもとにたどり着いた。そなたの忠義を認めるものとする」

「ははあっ! 全軍、聖帝陛下の御前だぞ。頭が高い! 平伏せよ!」


 火砲の音は止み、剣戟や銃火の音もない。ただ次々と跪く我が家臣たちの姿がそこにはあった。


「忠勲大儀である。それでお前たちはまさか、朕を追って……」

「それ以外にございましょうか。聖帝陛下のご沙汰に嘴を差し入れるは、まことに畏れ多きこと。しかしこの一命を以て嘆願致します。どうか帝国にお戻りくださいませ! 帝国三億の臣民は聖帝陛下の治世こそが生きる道なのでございます! どうか!」


 え、手紙おいてったよね? 読んでないの?


「うむ……時にアニエスよ、朕の執務室はどうなっておる?」

「神聖不可侵な場所でございますれば、厳重に警備し、蟻一匹も通さぬよう命じております。聖帝陛下がいつお戻りになられても万全に運用できるよう、近衛が管理させていただいています」


 そっかー。誰も入れないのね。

 思いに耽っていると、アニエスが短剣を抜き、自らの喉に当てていた。そして他の兵士たちも小娘同様に構える。


「待て。何をするつもりだ」

「陛下に銃口を向けし大罪、このアニエス・ワーウィック及び全将兵は責任を取って殉死する所存! 我らが命をお捧げ致しますので、どうか帝国にお戻り下しさいませ!」

「ええい、やめよ! 朕は無為に臣下が死ぬのを見とうない。こら、袖をつかむな」


 涙をぼろぼろこぼしていやいやするアニエスを、どうにか引っぺがそうとする。


「陛下、どうか、どうか!」

「ええい、放せ、朕は帝国には戻らぬ!」

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